4-62 聖域寄生体
「なあに、ちょっとあんたに尋ねたい事があってね。
俺は怪しい者じゃないぜ。
こいつが紹介状代わりだ」
俺はそう言うとノームの加護をアクティベートして、全身を加護の霊光で輝かせた。
こうすると、ノームの奴も俺がハイドラのところに辿り着いた事を知るだろう。
とりあえず、今はフウの話を切り出さない。
相手の機嫌がここまで悪い時に相手から利益を引き出そうなど、無益でとんでもない話だからな。
商談は相手の好感度を十分に上げてからにしよう。
特にこの大精霊とやらは取り扱い要注意の代物なのだから。
「ほお、あの偏屈なノームからの紹介か。
そいつは面白い。
なれば、この緑の芥を片付けてみせろ。
さすれば、話くらいは聞いてやろうではないか」
おっと、なんと向こうからこう言ってくれるとはな。
このハイドラが、自ら貸しを作るチャンスを与えてくれる豪儀なクライアントだったなんて。
これも、偏に精霊達の加護のお蔭なのかねえ。
かなり手こずっておられた御様子だから無理もないのだろう。
だが、どうやって片付けたものかな。
「わかった、やってみよう。
じゃあ、その間はこいつでも食っていてくれ。
あんたも好きなんだろう、こういう物が」
俺はチョコを詰めた大型バッグを二つほどそいつに投げ渡してやった。
ここは湖の上だからテーブルが作れない。
「ほお、こいつはまたいい匂いがするものじゃないか。
どれ」
それから、この精霊類の例に漏れず、ハイドラも激しくチョコを口に放り込み始めた。
俺は肩口に座っているエレにもチョコを渡して訊いてみる。
「なあ、これはどうしてやったもんだと思う?」
「そうねえ。
植物だから本来なら火には弱いはずだけど、再生というか増殖というか、そういう力が異様に強いようだから火では退治できないのではないかな。
水気も多い場所だしね。
あんたの眷属魔人にやらせると湖が大ダメージを受けてしまうよ。
ここはノームの湖とは違い、湖自体がハイドラのテリトリーなのだから、それは却下だなあ」
「火を使うのはやめておくれ。
あと、これのお代わりをおくれ」
「はいはい」
俺は手慣れた感じに用意しておいたチョコの莫大なお替りを渡すと、また思案する。
本人からもクレームが来たので、うちの火焔魔獣の出番は完全に無しだ。
「この魔物はあれかな。
このハイドラの聖域である湖にダメージを与えて国の力を削ごうとしているのか、それとも水を駄目にして川などへのダメージを与え、直接被害を与えようとしているのか。
水がやられると作物の収穫に影響を与えそうだし。
ただでさえ、この独裁者のいる国は食い物なんかも不足がちなのだろうしなあ。
魔王軍ってやる事が結構細かいから、この国でもあれこれとスパイを使って調査しているんだろう」
「そうだね。
とにかく、こいつは湖にいればいいだけの魔物なんだ。
それだけに始末に負えない。
今までのように魔人や魔獣の眷属を出して戦わせればいいという訳にはいかないだろうね。
早く片付けないと毒もさる事ながら、君らのいうところの水中の酸素が無くなって魚一匹いない死の湖になるよ」
「冗談ではない。
勇者よ、さっさと片付けるのだ。
しかし、困ったものよ。
この藻どもは、採っても採っても直後に瞬間増殖するので片付かん。
忌々しい事に、わしの聖域の力を吸い取って増えておるようじゃ。
それとは別に、普通に藻が増える条件でも増えるようだしのう」
「そいつはまた面倒な。
その『栄養源』を絶ってしまえばいいという事か。
ハイドラ、一時的にここを離れてそいつらを飢えさせる事はできないか」
「その代わり、こいつらに寄生された湖が死んでしまう。
ひとたび死んでしまうと、また聖域を構築するのに時間がかかってしまうからのう。
その間、この国も厳しい事になるだろうのう」
そんな事になったら、特にこういう国の場合は大量餓死者とか出そうで鬱だな。
へたをすると、この国がそこまでいってしまった場合には、ここ以東の国がヨーケイナ王国も含めて魔王相手に真面に戦えなくなってしまう可能性があるかもしれんな。
植物系の聖域寄生タイプとは、なかなか面倒で厄介な敵だ。
強化種による旅団編制というよりも、寄生攻撃をするための生物兵器みたいなものだな。
「植物、植物ねえ」
藻の退治の仕方はいくつかあるのだが、一つは池の水を抜いて藻を回収してしまう方法だ。
だが、その思考を読んだハイドラからクレームがついた。
「駄目じゃ、こいつらは水を減らしても、その減った分は自分達を増やして同じだけの体積を保つので始末に負えぬ。
収納で仕舞おうとしてもこれには弾かれるぞよ」
「うーん、やっぱり駄目だったか。
そいつは俺の十八番なんだけどな。
普通の物なら土から抜けば仕舞えてしまえる植物類だけど、こいつは生きている魔物だから魔力抵抗にひっかかるんだなあ」
俺の思考を読んだものか、先に大精霊から釘を刺されてしまった。
伐採した木材とかは、まだ細胞が生きていても収納できるのだが、強力な意思を持つ魔物は抵抗が強いか。
「どうしてやったものかねえ」
「カズホ、チョコ」
「はいはい」
もうこういう精霊絡みで、緊迫しているのかいないのかよくわからないような空気にもすっかり慣れっこになってしまったな。
とりあえず藻や苔の退治の仕方には、後は何があったかね。




