4-51 校長先生現る
「へ? こ、ここ……がアジトなんだと?」
「へい、こっちでやす」
そこは、何と言ったらいいのだろう。
酒場や地下室のような場所ではなく、いわゆる教育施設、いわば学校のような場所であった。
そして案内してくれたのは、『校長先生』とでもいうような感じの人物の下へだった。
学校の校長室に悪の元締めがいるのかあ。
カムフラージュのつもりなのか、本当に学校をやっているらしくて、途中で教室から子供達の声が聞こえていた。
だが、なんとなく独裁国家独特の何かこう緊張した空気というか、堅い雰囲気が通り縋っただけでも伝わってくる。
もしかして、監視のための政治局員なんかが授業に同伴しているのかもしれないな。
だがそれこそが、まさに隠れ蓑としてのお墨付きを与えてくれているのかもしれない。
まさか独裁政権の政治関係の人間が常駐しているような教育施設が、アウトローのアジトになっているとは役人も思わないだろうからなあ。
「どうした、ラビット」
小男め、お前はそんな名前だったのかよ。
そういや結構、げっ歯類を思わせるような出っ歯だな。
どっちかというと、こいつなんかはドブネズミといった感じの人物だと思うのだが。
その件の人物は、スーツのような格好でパリっとしており、悪党面でもない。
まるで他の国で見るような、冒険者ギルドのギルマスか何かのようだった。
「そいつは何だ。
黒髪黒目という事は勇者なのか。
ここへ連れてきたという事は、王国連合の勇者といえども、さすがに総帥の関係者ではあるまい」
「はは、もしかしたら魔王なのかもしれないぜ。
野郎だって容姿は勇者と特に変わらん」
「冗談でもそういう事を口にするのはよせ。
口に出すと災いの方から寄ってくるぞ。
最近、ヨーケイナ王国で勇者を召喚したそうだな。
今までに例が無いくらいの、かなりの人数が来たそうじゃないか」
「ああ、よくそう言う言い回しをするよな。
俺は勇者カズホ。
あんたがブラウニーの兄貴とやらかい」
「ああ、元は王都の冒険者ギルドで、サブマスと現役を兼任していた」
「あの今でも元王都の煤けた人気のないギルドに、たった一人でいる爺さんだか何かがいる場所の事か?」
そう言うと、そいつは苦い顔をしてこう語ったのだった。
「彼に会って来たのか。
それは俺の親父だ。
昔は凄まじくパリっとしていてああじゃあなかったのだが、国が今みたいになってギルドシステムがぶち壊れてからは、あの通りの惨めなザマだ。
目も不自由だしな。
昔の蓄えで細々とやっているよ。
俺もたまには差し入れなんかを送っているのだが。
他の冒険者連中は出ていっちまったが、俺は立場上の事もあって、この国を出ていくのがあまりに癪でな。
アウトローしながらでもここに居残っているのさ。
これくらいの事しか、あの総帥達に反抗する手段も碌にないからよ」
「うわあ、そいつはまた大変だなあ」
俺のその外野丸出しの言い草に、その名の如くブラウンの髪を片手でくしゃっと掴みながら、彼は少しムスっとしたように毒づいた。
「なんだ、お前は勇者のくせに、そんな事をわざわざここまで言いに来たのか」
「いや、俺はあんたに訊きたい事があったから来ただけさ」
「わかった、わかった。
頼むから聞くだけ聞いたら、さっさと帰ってくれ。
この国は何かにつけ勇者に拘っている。
今もお前には凄い数の監視がついていただろう。
俺達にとっては大迷惑以外の何物でもない。
ここへ来る前に追手はちゃんと撒いてきたんだろうな」
「ああ、かなり苦労したんだぜ。
そこの小男がミスったりしていなければ撒けているはずだ」
「それで用件はなんなのだ」
「さっき、お前が言ったように勇者の俺には監視がついている。
俺よりも前に来た若い女の子二人組の勇者がいたはずなのだが、何か裏の情報はないか。
実は彼らと音信普通になって困っているのだ。
お前の親父の話によると、どうも首都へは入れていなそうだから、多分捕まったのならこの国境近辺でどうにかなっているはずなのだがな」
「余所者の女二人だけでこの国へ入国してきたというのか。
なんとも無謀な奴らだな」
「はは、あの二人は強者だぞ。
王都勇者の中では最強ペアなのだからな。
魔王本人さえ倒すとまで言われた強者の姉妹だ。
そうそう簡単にやられたりはしないよ。
実際に今まで何体もの魔王軍幹部を倒した事もある真の勇者なのだ。
俺と同じSSSランクの冒険者なのだからな」
「ああ、まあいくらそいつらが最強と言っても、この特殊な政治体制の国ではそういう物が通用しない場合もあるな。
たとえば、冒険者証なんかを手続きがあるからと言って預けさせられて、そのままにされてそこを出るに出られなくなっているとかな。
そういう事態は外国人にとっては、この国ではよくある事なのだ。
特に総帥は勇者の力を欲しがっているのだからな」
「自分達が本当は勇者の子孫じゃないからか」
ブラウニーは喉の奥でおかしそうに笑うと、奴らの事を小馬鹿にしたように言った。
「ああ、親父から聞いていたのか。
まさにその通りだ。
だが勇者達は現状、全員がヨーケイナ王国の紐付きだから、そのような事をしても無駄だろうになあ」
「ああ、でも実はその子達は脱走勇者なんだ。
王国だって引き渡しを求めるだろうが、外国で拘束されていたりすると面倒くさいな。
ちっ、そういう事なのかよ。
あの子達が捕まっているというか、引き留められているとしたら一体どこなんだ。
そのうち、終いにあの子達の堪忍袋が切れて、暴れて飛び出してくるぞ」
ちなみに、この世界には収納袋の底が抜けるという言い回しもある。
俺の収納の底が抜けたら物凄い事になるだろうな。
奴はまたしても、さもおかしそうに咳込むようにして笑いながら言った。
「まあそうだな。
たとえば国境警備兵の詰所、その宿舎のような場所とか、あるいは日中はその詰所にいたかもしれんしな。
お前なんかの場合は、なんやかやで強引にあっさりと通させたんだろうから、もしそこにいたとしても顔を合せなかっただけなのかもしれんぞ」
カラカラと笑うそいつの話を耳にして、思わず俺も呻くしかない。
「なんだと、畜生!
そういうのも有りだったのか。
あー、あと他には?」
「そうだな。
身分証を預かったまま、客人としてどこかに丁重に案内されているとかあってもおかしくはない。
この国境の街サカイには、その手の貿易商人の泊まるようないい宿がいくつかあるから、そこらを適当に当たってみるんだな。
あるいは、元上級貴族のような役人の責任者の豪勢な家に留め置かれているなどの可能性もある。
そうだな、大体その手の目的の場合に使われるような施設の心当たりを地図上で認めてやろう」
そう言って奴は、街の地図らしき物に何か所も印と名称を書き込んでくれた。
「こんな国でよく地図なんてヤバイ物を持っていられるものだな」
俺が感心していると奴は不敵そうな笑みを顔に張り付けて、相当阿漕な事で稼いだと思われる、かなり高級そうなソファにそっくり返った。
「そりゃあ、お前。
元は王都冒険者ギルドのサブマス待遇で、今はアウトローの首領の一人なんだ。
この程度は当然の嗜みっていうものさ」
「すまん、いや助かったよ。
ありがとう」
何しろ、こいつの手下を脅して強引に連れてこさせちまったからな。
「ああ、いいから早く行ってくれ。
あんたと関係ありと見做されたらまた面倒な事になるだろうからな。
おい、ラビット。
そいつをさっさと抜け道から案内してやってくれ。
そうしたら、お前もまたそのまま仕事に行け」
「へい、兄貴」
そして俺は、情報の礼としてそれなりの量の金貨が入った袋を机の上に置きながら、気がついたので言っておいた。
「ああそいつ、さっき女子供を泣かせていたぞ。
あまり阿漕にやると街の衆から恨まれるからな。
お前のような男がこの国にいてくれると何かにつけ有用なのだから、『俺のために』お前自身には何事もないように気をつけていてくれ」
そしてまたそいつは『校長室』のソファにもたれて、一頻り豪快に笑い声を上げてから立ち上がった。
「この勇者様は、俺のような悪党を有用だというか。
また変わった野郎だな。
おい、ラビット。
勇者様のお言いつけだ。
その辺はちゃんと加減しておけ」
「へ、へい。
ではその、まお、いえ勇者様。
こちらへどうぞ」
まお? まあいいけどね。
魔人魔獣眷属持ち勇者の俺と自分の兄貴分に、自分の仕事の悪行について言われてしまったので、もうへこへこな具合に背中を丸めて卑屈になっているラビット。
日頃から悪徳な仕事をしていやがるのだろう。
さあとっとと、きりきり外まで案内しろよ。




