4-37 大河にて
師匠と姐御もおっとりと駆け付けてきて、俺の戦利品に頬を緩ませる。
「でかした、一穂。
とりあえずは煮干しと田作りだな」
「師匠、せっかくのカタクチイワシなんだから、縮緬雑魚もお忘れなく」
「こっちでも千枚漬けとか栗きんとんなんかも作っているのよ。
胡桃なんかもあるわ。
これで正月に蛸が付けられるとなると、あとブリと海老が欲しいところね」
最近は、安いのか地場産だからなのか、近所のスーパーでいつも買う正月の御節セットの蛸がいつの間にかイイダコっぽい小さい物に代わっていた。
そうか、イイダコは初めて食べるのかと思っていたが、あれでイイダコを食った事があるな。
あの美味しいと評判の、名前の由来にもなった米粒のような卵は持っていない物なので、そこそこの味だったが。
「しかし、やはり鰹が必要だ」
「わかってますって。
じゃあ、料理や加工はそっちで頼みましたよ。
俺はまた魚の仕入れに行ってきますんで。
海老はどこかで手に入るんじゃないかと思うんですがねえ。
縁起物の鯛がどこかで手に入らないものかな」
しばらく城の勇者近辺が魚臭くなってしまいそうだな。
俺は泉の部屋の窓から空へ飛びあがると、南へ向かって飛び、そこから海岸沿いに例の港へと向かった。
あちこちに集落はあるが、そう大きな物はない。
もしかすると、貝や陸からの釣りなどのみで量は少なくて自家消費だったりしても、そこでしか獲れないようないい海産物があったりするのかもしれない。
またそのうちにあちこち回ってみるかね。
チビどもを一緒に連れていくと喜ぶかもしれない。
あの子達は、まだ海を見た事がないだろう。
俺が来てからも基本的には街道沿いに、空からとはいえ一次元的にしか移動出来ていないのだ。
打ち上げられた海藻なんかは、船を出す港なんかよりも案外とただの浜の方があったりするのかもしれないし。
それから、ザムザに教えてもらったやり方を用いて魔核の力で緯度経度などを測りながら行くと、ビトーの管轄を越えてからも結構な村々があり、それはヨーケイナ王国の国内にあたり、カイザの守備範囲になる。
彼ら辺境の民には特に領民としての自覚もなく、年貢さえ収めた事がないのではないだろうか。
それらの民は、王国ではどういう扱いになっているのものか。
カイザの村から東へ二百キロあまりで国境の川に出る。
そこはもう辺境のそのまた奥地の、中央には実態が把握できない、ただの秘境だ。
街道の設置や開拓の手間がかかるので、ここへは統治の手が伸びていないようだ。
はっきり言って山が深くて、残りは岩だらけで灌木が生えまくったような荒れ地が殆どだ。
まあそれでも、砂漠でもなく泥地なんかでもない。
開拓すれば使える土地になるだろうが、かなり手間がかかるだろう。
東の隣国とは川を境にした地続きなのだが、繋がる街道が存在しないので他国を通じて海運で貿易しているらしい。
アルフ村のあたりにだって、まともな街道は引かれていないくらいだからな。
俺が引いた短い区間の石畳の奴があるだけだ。
ヨーケイナ王国自体は内陸国なので海運も海軍もないようだったが。
川の辺りにはまた集落が点々と集まっていたが、それは川の幸や対岸の隣国の民との取引で生きているのじゃないだろうか。
へたをすると、隣国のその周辺の領地を治めている領主の傘下に入っていて、そこの領民扱いとなっていて税まで納めている可能性がある。
そうなると揉める可能性がある。
国同士では川境が国境であると取り決めがあり、それは明らかな線引きなのだ。
だが実際には、税制上は向こうの領民が対岸のこちらに無断に植民しているという形になってしまう。
また向こうの領主がヨーケイナ国の領民を力づくで支配下に入れていたのなら、歴史的な期間に渡る侵略という事になってしまい、また王様や元老院の頭を悩ませる事になるだろう。
「面倒な話にならなけりゃいいんだが。
こっち側は長年辺境をほったらかしで、向こう側は川岸まで街を開いていた、か。
こちら側の辺境にアルフェイムが存在した関係もあったのだろうが、こいつはまた厄介な」
俺は港へ行く前に少し話を聞いてみる事にした。
大河ドラム。
何かどこかで聞いたような気がする名前なのは、きっと気のせいだろう。
そして、そこの渡し船がある河口の大きそうな町へと降りて行った。
反対側にも同じような物があり、これが橋の代わりをしているものと思われる。
大きな川で広い河口は緩やかな流れなので、帆と人力で動かしているようだ。
こんな辺境で魔導船なんかは使っていないだろう。
大きな港はこちら側にはなく、反対側の方にあった。
さすがに、他国であるこちら側に自国の港は作っていないか。
そこは海運も兼ねてはいるようだが、貴重な魔物レスゾーンにおける漁業基地のような港だった。
街道も整備され、海の幸を送り込むための物なのだろう。
ここの港は思っていたよりも、かなり大掛かりな物のようだ。




