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4-32 可愛らしい魚屋さん

 そこは割合と活気があるというか、主に魚を売りに来ている子供達で賑わっていた。


「おいちゃん、おいちゃん!」


 そう言って子供達が集まってくる。


 うちの村で、一番俺の相手をしてくれる年代層の子達だった。

 ついつい俺の顔が綻んでしまったのは仕方がない。


「この世界で、俺の相手をしてくれる暇そうな子はこの歳くらいまでかな」


 思わず柔らかい笑みがこぼれるのを抑えきれない。


 これより上になると、家の手伝いが容赦なく待っているので、ハズレ勇者の相手なんかはあまりしてくれないのだ。


 これも同じ世界の中では、どこの土地でもそう変わらないような日常風景なのだろう。


「魚、買いにきたのう?」

「あたしが魚を納めているお店で買ってえ」


「ああ、いいけれども。

 俺は魚が大好きなんでな。

 なあ、ここで獲れる魚って何があるんだい」


「そうだね、一番多いのはイワシ」


 ああそう。

 ここでもイワシって言うんだ。


 まあ、あれは堤防で簡単によく釣れる魚の代名詞だよな。

 その次がアジあたりかな。


 あまり俺の好みではないのだが、おそらく師匠や姐御あたりは好きそうだ。

 どちらかというと男性よりも女性の方に好まれる魚ではないだろうか。


 うちの母も姉も青魚が大好きだった。

 確かに新鮮なイワシの刺身は悪くないものさ。


 そういや山葵(わさび)がなかった!

 またショウの仕事が増えたな。


 いや前から頼んではいるのだが、あれは清浄な水域にのみ育つ山奥の産物で、そう簡単に見つかるような物ではないのだ。


 俺はちょっと子供達に訊いてみた。


「そいつの小さいのはいないかな。

 今、イワシならどちらかというと、大きい奴よりもそういうのが欲しいんだが」


 俺はそう言って、紙に田作りサイズの絵を描いてやったら子供達が目を丸くした。


「小さい魚はあまり取っちゃ駄目なんだよ。

 次の魚が生まれて来なくなっちゃうんだから」


 あう、確かにその通りなんだが!


 痛いところを突いてくるな。

 さすがは港町の子だぜ。


「ああ、それはそうなんだけどな。

 このイワシは、割合と数や種類が多くてな。

 早々いなくなってしまうものではない。


 こういう小さなイワシの幼魚を食べる料理もあるのさ。

 俺達勇者の国ではな」


 相手は子供、きっと勇者の威光は通じるはずだ。

 だが、そこにいた男の子は鼻で笑った。


「またまたあ、何が勇者だよ。

 髪が黒ければいいっていうものじゃあないんだよ。

 いい?

 僕だってこうすればさ」


 彼はそこの店に飛び込むと、しばらくしてから明るめの茶色だった髪を真っ黒にして飛び出してきた。


「おやまあ」


 勇者の国では、せっかく生まれ持った綺麗な黒い髪を下品な汚い色に染めるのが流行りだというのに、ここでは子供がわざわざ黒く染めるのか。


 もしかしたら炭かな、その着色料は。

 いや、このような場所でも簡単に手に入る染髪料といえばそれしかないよなあ。


 ああ、ああ。

 頭が竈の炭でべたべただよ、それは後が大変だぞ。


 そして、店のおばちゃんが外に出てきて呆れたように言った。


「シェビー、お前はまたそんな事をやって。

 勇者様の黒髪に憧れる気持ちはわかるけれど、後が大変じゃないか。

 おや、あなたは」


 あー、そういう子供の御遊びもあったのかねえ。

 どうやら大人は俺が勇者だとわかってくれてくれているみたいなのだが。


「こんにちは、俺は勇者カズホ。

 すみません、幾種類かの魚を捜しているのですが、ここではイワシが獲れるのですね。


 実はイワシのかなり小さな幼魚が欲しいのです。

 勇者の国では新年の祝いの食事でイワシの幼魚を保存食にして食べる習慣がありまして。

 なんとか手に入れられないでしょうかね」


 それを聞いて、そのおばさんは手にした魚の香りを携えた木箱を抱え気味にしながら爆笑した。


「あんれまあ。

 勇者さんというのは奇天烈な方々だとは聞いていたけれど、大きなイワシではなく小さなイワシを欲しがるのかい」


「奇天烈……」


 うーん、まあそう言われても仕方がないかな。

 ここではイワシを干した保存食が喜ばれたりするのだろう。


 小さかったら、普通は嫌がるもんなんだよな。

 これがメザシとかだったら、あまり小さくてもみすぼらしいのだろうが。


「まあ、どうしても欲しいのなら子供達に言えば獲ってくれるがね。

 それ、お前達。

 お店に持ってこなくていいから、勇者様に小さなイワシを獲っておあげ。


 ああ、勇者様。

 魚を獲った子供達には、お小遣いをあげてください」


「ああ、わかりました。

 ありがとうございます。

 それとは別で、新鮮な極上の丸々と太ったイワシもプロの目で選んでおいてほしいのです。

 これに入れていただけるとありがたいです」


 俺はいわゆる魔道具のクーラーボックスに、眷属の雲魔獣ライデンに作らせた氷を詰めて渡した。

 おばちゃんは驚いたようにそれを見た。


 このような、都とは縁がないような辺鄙な場所では、勇者の国で作るような製品は見慣れないだろうな。


「出来れば生食できるほどの新鮮な物を」


「ええっ、海の魚を生で食べるので?」


「まあ、新鮮な奴ならば。

 まあ絶対に安全とはいえませんがね。

 川や湖の魚は当たり前のように寄生虫がいるので絶対に生で食べてはいけませんが」


 まあ海の魚でも、寄生虫が皆無ではないのだけれど。


 例えば寄生虫に当たりやすい海の魚としてサバがあげられるが、あれも種類や生息域によっては内臓にしか寄生虫がつかないので比較的安全な物もある。


 ここ異世界の魚がどうかなどはっきりとは言えないのだが、状態異常を癒すポーションに回復魔法やエリクサーなどもある。


 まあこれだけ対処法があるのであれば、却って日本よりも大丈夫といえなくもない。


 何しろ、体が熱光線で気化してしまっても復活してしまうような世界なんだからなあ。


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