4-18 親愛なるものへ
日本の結婚披露宴とは異なり、王侯貴族の宴会のようにテーブル上に御馳走の並ぶ披露宴の会場では次々とお祝いの言葉が述べられていった。
俺達の傍にも、一人給仕の人間が控えてくれている。
こりゃあまた、ハズレ勇者様にしては過分な待遇だね。
まず国王から、カイザが王命により辛い辺境の任務に赴き、そして本日の組み合わせでの婚姻が遅れてしまった事などを話し、今日の結婚式がいかに目出度い物であるのかという意味について語った。
そして花嫁の父は「まったく今頃まで待たせおって。ようやく昔に支度しておいた花嫁衣装の出番が来たわ」とか言っていた。
どうやら今回の花嫁衣装は少しばかり、多分八年ほど古い流行の物だったらしい。
続いて実家の親から、「今になるまで孫の顔も見せずに、しかも再婚もしないで孫に寂しい思いばかりさせているとは、この親不孝者。次の子供が出来たら生まれる前にまず連絡しなさい」とか小言を言われていた。
えーとこれは確か、お祝いの席だったんじゃないのかな。
それから、王家よりスピーチを依頼されていた大貴族が何人か立派な挨拶をしてくれ、次のプログラムに入った。
これから始まるスピーチの次が、カイザ家の居候、辺境の勇者たる俺の挨拶だ。
まあ俺の場合は、単なる同居家族への結婚をお祝いするための言葉なのだが。
司会を担当している若い貴族らしき方から、次の人間への指名が入った。
「さて、それでは新たにアイクル子爵を領主として迎える、アルフ村の村長代理ゲイル様からお祝いのお言葉を賜りたいと思います」
そして一斉に拍手が巻き起こる。
苦労して王国に尽くしたカイザが、領主として就任する領地の領民代表からの御祝いなのだ。
心からの拍手であった。
あったのだが。
「えー、王国の皆様。
わしは代々アルフ村の村長を務めさせていただいているアルフ家の者でゲイルと申します。
その昔、我がアルフ家は本来ならアルフェイム家と呼ばれ、あの召喚大神殿の管理をしておった神殿長の家系であります」
おおー、っという感嘆の声が湧いた。
なんでも、王国達が大連合を組んで異世界の軍勢と戦った『アルフェイム戦役』は史実として大変有名な戦いで、学校の教科書にも載り、この国の貴族でその名を知らなければ大虚け
ゲイルさんの家が神殿の管理をしていたというのは前に聞いたので知っているが、色々併せて聞くのなら、なかなか凄い話なのだなあと思いつつ、俺は自分のスピーチの書かれた紙を見ながら聞いていた。
なに、そうたいした事は書いていない。
「この生まれた地を離れた異邦の世界において、この良き日に親愛なる者へと、拙い祝いの辞を贈らせてもらいたい。
私は召喚されてこの地にやってきて、そしていくらか彷徨いはしたのだが、辺境で暮らす高潔な騎士に拾われ、苦労しながらも特級の冒険者としての地位も確立した。
今ではこの世界に対して少なからぬ愛着もある。
少なくとも私はこの世界を、己の思うさまに蹂躙しようとする魔王なんぞに、あっさりとくれてやるほど気前はよくない。
辺境の勇者である私は、これからも自分が望んで暮らすアルフェイムの地で、彼の騎士と共にあるだろう。
それが寄る辺ない私を庇護し、また友人として扱ってくれた、本日の新郎に対する最大の感謝と祝いの言葉だ」
この前の王様達の心を知るような一件が無かったら、とてもこのような文章を書く事もなく、俺自身がこの式にさえ出席したかどうかすらも怪しい。
今日はとてもいい気分なのだ。
なのだが……ゲイルの奴め、妙に話が長いな。
全然終わる気配がないのだが。
朝礼の校長先生のお話なんかよりも、よっぽど長くないか。
ここに生徒達がいたら、もう誰かかれかは倒れているくらいの異様な長さだ。
「かつて、彼のアルフェイムの地においては、数多の勇士がその命を捧げ、世界をそして彼らの国や家族を守らんと、獅子奮迅にして八面六臂の活躍を繰り広げたる諸国から駆け付けたる者どもの……」
うーん、長い!
おい、ゲイルってば。
俺のスピーチの後に、まだ真打の勇者陽彩の奴のスピーチが残っているのだぞ。
だがカイザがやってきて言った。
「はっはっは、カズホ。
ゲイルのあの話は始まると長いぞ。
俺も初めて聞いた時には朝になってしまってなあ。
一緒に聞いていた子供が寝てしまって、いい子守歌代わりになったという思い出がある。
そして話は子供が朝起きてくるまで続いたのだ」
「なんだと!
せっかくスピーチを考えてきたというのに台無しだぜ!」
「はっはっは。
じゃあ、それはありがたく俺が読ませていただくよ。
多分、この宴会が終わるまでやってもゲイルの話は終わらないだろう。
皆も伝説の中にしか聞く事のできない、あの教科書にも載るほどのアルフェイム家の末裔からのお話を聞く機会など他にないだろうからな。
どうやら王御自身もゲイルの話が聞きたいようで、敢えて止めさせる気はないようだし」
「なんてこった……」
「あはは、よかったじゃないの。
カイザさんには祝辞を読んでもらえるんだから」
ゲイルと来た日には、式の時のおどおどとした様子はすっかり鳴りを潜め、それはもう得意そうに熱弁している。
時々喉を湿すためにお酒を口にする以外は、ますます演説に熱を帯びてきて、貴族達も熱心に拝聴していた。
そして俺のスピーチの文面を読んでいたカイザは、いつになく柔らかい笑みを浮かべると席を立ち、それを王や公爵のいるテーブルに回した。
「あー、おいおい」
そういう物は自分で読み上げるからいいというのに。
だがカイザが楽しそうに王や公爵と談笑し、それを読んだ王や公爵もまた楽しそうにしてくれたので、もういいか。
でも読書感想文を先生方が読んで、それを批評しながら読んでくれているのを見るかのようで、こっぱずかしいじゃないのさ。
まあ別にいいんだけどなあ。
おめでとう、カイザ。
それにしてもゲイル、あんた話が長いよ!




