4-13 いつか来るその日のために
「いやあ、このような空の旅を、このわしが楽しめる日が来ようとはねえ」
「こいつを使っての隣村までの旅すら、村民の方々には大不評だったのですが」
「まあ、新しい物が受け入れられるようになるまでには時間がかかるさ」
何しろ、荷馬車以外はすべて徒歩なのが辺境村の基本だからな。
いきなり航空路を開いても受け入れられんのかもしれないな。
だが村内交通として、現在発注している飛空バスが運行を開始しだしたら、それも変わっていくはずだ。
旧アルフェイム城や神殿、そして東方の川方面の開拓と順次発展していくだろう。
やがて、この村も辺境アイクル子爵様の領都として、街へと変わっていかなければならないのだから。
というわけでゲイルよ。
街の長、即ち初代アルフ街代官への道をしっかりと歩んでいただこうか。
いきなり入った仕事が、国王陛下も御出席の、御領主様の結婚式にて領民代表としてのご挨拶という試練なのだが。
まあ貴族街の屋敷にさえ連れ込んでおけば逃げるのは絶対に不可能なのだし、街の出入り口は衛兵が見張っているので、貴族街から自力で出る事すら、これまた不可能なのだ。
それからマルータ号は、あっという間に王都へと着陸していき、大通りを低空飛行していく。
まるで安手のSF映画かアニメのようなシーンだが、派手派手な王都の色彩とも相まって、それもまたよし。
だが、予想だにしていない運命が待ち受けているとは露知らずに、のほほんと飛空馬車の窓越しに王都の街を見物しながら暢気に構えているゲイル。
その横顔を堪能しつつ、俺も楽しくガイドして差し上げた。
「おー、あそこに見えるでかい建物がカイザの実家のお屋敷なんだぜ」
「これはまた立派な。
やはりカイザ殿は王都の大きな貴族出身なのだなあ」
カイザ本人は王都の大貴族出身どころか、王の直臣という、ありえない立場の冷や飯食いだったのだが。
まあそれはいいさ。
王様も彼をずっと労ってやりたくて仕方がなかったのだから。
もしかすると、この俺さえをもな。
心底困り抜いていた俺を助けてくれたあのカイザの、家を、そして身分を捨ててまで忠誠を取った国家に対する献身を、この国の王様も実家の侯爵家も、昔の許嫁本人やその父の公爵も、誰もが皆が忘れていなかった。
忘れていないどころか、あいつの事を自分の心に刺さったままの棘だとさえ言ってくれた。
秘めた心の内を素直に表してくれたのだ。
俺はそれだけで、この無法に俺達を呼び付けた国に対する蟠りの全てを捨ててもいいと思えるくらい、今は清々しい気持ちなのである。
さあ、ゲイルよ。
次期村長予定者にして新貴族カイザ子爵の古くからの友人知己であり、そしてやがては彼に忠実な領都アルフ代官への道を進むお方よ。
君も共に、この清涼で心に吹き渡る一陣の爽やかな風のような気持ちを分かち合おうじゃないか!
王様やその他の偉い人達の前でスピーチしながらね~。
「あんた、無茶するわねえ。
誰もが、あんたほど図々しくて順応性が高いわけじゃあないんだけど」
「なにおう。
俺だってこの世界に順応したくてしているわけじゃあないんだよ。
単に前の職業柄、世の中なんてものは少々の事で動じていたらやっていけないという習性が身についているだけなんだからな」
「やれやれ、せめてそっちのゲイル氏には、あたしの加護でもつけておくとしようかな」
そして、突然目の前に生まれて初めて拝む精霊なるものが現れて驚くゲイル。
「これはまた驚きだな。
ははあ、これがあのフローレシアが幼い頃から見えていたという精霊様というものなのか。
なんとありがたい事だろう。
よろしくな、精霊さんや」
そういうゲイルの、無垢な精霊好きのする屈託のない笑顔に良心が傷むのか、エレは同情を込めた視線で優しく言った。
「ああ、ごめん。
あたしは、そこの黒い笑顔が得意なハズレ勇者専任なんで。
まあ、フローレシア付きの精霊なら村で彼女の子供達としょっちゅう遊んでいるから、今度見ておくといいよ。
心が洗われるような気がするだろうから。
うん、今度村に帰ったらね、そうするといいよ。
今も何人か子供達の傍をふらついている子はいるけどね。
それよりも、今はあなたに精霊の加護の一つくらいは必要なのかなと思ってね」
一体、精霊なる者から何を言われているのか、まったく理解できなくて首を捻っているゲイル。
だがまあ、ありがたい精霊の加護がいただけたので、傍から見ているだけでも何かほんわりとするような微笑みを浮かべていた。
「ねえ、あんたもたまには、こういう素晴らしい笑顔を浮かべてみなさいな」
「無茶を言うな。
この生き馬の目を抜くような魔王の手下溢れる世界で、そんな為体では明日の運命さえも知れんわ。
俺は今まで通りに腹黒くやらせてもらうぜ!」
「まあ、普通に考えたらそういう結論になるんだろうけどね。
ゲイルさんとやら、あたしは何があってもあなたの味方だからね。
もし辛い時には、あたしの加護がある事を思い出すんだ!」
またしても何を言われているのか、さっぱりわからないという顔をしたゲイルに、俺はうんうんと頷いておいた。
そして、ある意味では地獄の扉を開ける門番として相応し過ぎる容姿の蟷螂頭が宣言した。
「着いたぞ、我が主よ」
「ご苦労、ザムザ101。
では行きましょうか、ゲイル」
そして彼は、いつも歴代韋駄天号を乗り降りする時のように「どっこいしょ」という口癖が口の端をつきながら、地獄の関門へと降りていったのであった。
エレが瞑目し合掌して、それを見送っていた。
まあ精霊の加護なんてものは、あろうがなかろうが、勇者のようにヤバ過ぎる橋でも常時渡るのでもなければ、多少過酷な運命を軽減してくれるだけのものに過ぎないのだ。
運命なんて物は自分自身の手で切り開くものなのさ。




