4-4 情熱の神輿
「まず神輿の基本的な構造として、御社には鳥居は絶対だな。
ここには神社すらないのだが、まあそれはここからこっちへおいといて。
あと神社の御神輿はあまりごてごてしてはならないというが、町内用はそういう事は気にせずに大きくてゴージャスな方がいいらしいし。
町内にある会社なんかで買って寄付する場合もあるんだよ」
「へえ」
異世界の御神輿なる物を、生まれてこの方見た事がないフォミオは首を捻っている。
おそらくは、その細かいパーツの一つ一つには由来というものがあって、基本構造と、またそれ以外の各地で独自に発展していった部分とに分かれているはずなのだが、細かい正当な構造すら知らない俺にはさっぱりだった。
神社の神輿の中には「神社の由緒正しき神輿たる物をこんな風にしてはならない!」と昔気質の宮大工さんが憤慨するような物もあるようなのだ。
だが、それも考え方一つであって、コストの問題とか、またスタイルを氏子さん側に寄せて親しみを持ってもらおうとかいう思惑があったりするのかもしれないので、完全に門外漢の俺にはなんとも言えない代物だ。
とにかく『神様を敬い奉る』気持ちがあればいいのだと思っている。
少なくとも、ここ異世界ではそうする他はないが、この世界の神様はよくわからないので、俺自身はあまり敬えていない。
神殿ならカイザの縄張りに最低一つあるのは知っている。
異世界の勇者召喚専門の神殿だけどね。
あ、そういや神官は結構いたよな。
というか、召喚されて最初に出迎えてくれた連中の一団の中に大量にいたじゃないか。
あまり思い出したくない思い出なので、彼らの存在は無意識的に脳内から排除しているようだ。
雰囲気としては少し縦長で立派な屋根がついて、その端っこにはくるんっと反り返った返しがついた、あれはなんていうんだったかな。
ああそうそう、蕨手だ。
形が蕨みたいにくるっと丸くなっているから、そう言うのだろう。
屋根の上には大鳥と蕨手の上には小鳥、あと駒札もあった方がいいかなあ。
ここに書く文字はアルフ村でいいや。
字はマーシャに書いてもらうか、アルクル家の長女だしな。
何しろ、この村で日本語の字が曲がりなりにも書けるのはあの子だけだ。
アリシャの方は、まだ年齢的にちょっと覚束ない。
この間、マーシャにお手本を見せて筆で『一粒万倍日』と漢字で書かせてやったら、なんと俺よりも上手く書きやがった!
さすがは貴族の血を引く者であるという事なのか。
屋根紋と台輪紋はカイザの実家アルクル家の紋章でいいかな。
金の縁取りをした真紅を背景とした、軍隊のワッペンのような定形の形の物で、双剣を組み合わせた上に薔薇のような花が描かれ、周りに棘のような枝だか蔓だかが添えられた物なのだが。
華麗なんだか物騒なんだかよくわからないような物だが、それはあの家の貴族としての在り方を示したものなのかもしれない。
あるいは、本来は神社の紋を入れるところなので、あの大神殿にあった何かの鳥ないしは竜のような魔物か何かを象った荘厳な紋でもいいかな。
きっと神話にでも登場する聖なる守り神のような生き物なのだろう。
祭りにはアイクル家の子らも招待してやろうかな。
あと銀杏という屋根から下がる飾りも欲しい。
それと名前は忘れてしまったが、屋根の周囲に柵のように並んでいる派手な飾りがあったような気がする。
そしてまた胴体周りは、なんか造りや装飾が限りなく仏壇に近かったような気がするのだ。
それとも、魔獣柱としてミールの魔核を埋めておいたので、あれを御神体というか護身体とした鎮守の神としてミール神社として祀るのもいいな。
何しろ、あれは文字通りこの村の礎として村を物理的に守護するために埋められた物なのだから、祀っておいたって罰は当たらないだろう。
とりあえずカイザの家の近くに小さな社というか、日本風の祠を作らせておく事にした。
村の子供なんかが話しかけると、実際に祀られている神様がお答えになってくれる祠というのもまた悪くあるまい。
ミール1001も、ただ埋められているだけじゃ退屈するだろうからな。
ああでもないこうでもないと、俺はフォミオ相手に神輿デザインに熱中していた。
話を聞くたびに「こうでやんすか、それともこんな感じでやんすか」という感じに、あっという間にパーツの試作が進んでいく。
従者が生きた超高速工作マシンだと、面白いくらいにこの手の物の製作が進んでいく。
みるみるうちに、イメージどおりの鳥居やその他の細工が完成していく。
失敗作は成功作の軽く十倍はあるのだが。
それは俺のあやふやな知識を元に、ラフなスケッチと口頭による説明で作られているのだから仕方がない。
それよりも、フォミオがほぼ宮大工と化しているのが凄い。
金具なんかも金属材を削り出したり曲げたりして加工し、やすりで仕上げている。
王都で見つけた錬金術の材料からサンドペーパーは各種試作済みだ。
そいつは研磨剤の種類から番手の細かさまで徹底的にやった。
金属用・木材用は当然仕様が異なるのだし、他にも精密工作用の特殊ヤスリを作成し、魔法金属も使用して作ったヤスリはフォミオの手にかかれば最強の威力を発揮した。
ビトーのゴヨータシ商人に頼んでドワーフ工房で特別に作ってもらったのだが、彼らもこんな大量の種類の物をどうするのかと首を捻っていた。
この世界には普通にただのペーパーすら普及していないのだから、あんな厚地のしっかりした紙で作るサンドペーパーなど無いよな。
しかも研磨剤として貴重な魔法金属粒を使用したものまで用意させたのだから。
一粒万倍できるスキル持ちの俺考案だからこその、地球でさえもありえないような超高性能製品だった。
特殊過ぎる製品なのでコスト的に一般市販は無理だろう。
あれのお蔭で木材加工や金属加工の仕上げが、他に比肩する物の無いほど滑らかな事この上ない。
それがフォミオの手にかかるのだから良い物ができないはずはないのだ。
そして極めつけは王都で手に入れた『金メッキの魔道具』だ。
これはメッキというよりも物体表面に薄膜を生成するような感じなのかもしれない。
なんというか、魔道具による金箔張りないし、または蒸着なんかに近い物なのではないか。
木材の上にも生成可能な代物だった。
この世界にも金メッキはあるので、もしかしたらあるのではないかと思っていたのだが大当たりだった。
もしなかったら金の薄板でも張るか、最終奥義は『数千年前のオーパーツ』のような電池を作成して原始的なメッキマシンでも作るしかないかとさえ思っていたのだが、この世界では魔道具でメッキの道具を作った方が早いわな。
フォミオが部品のサイズ合わせをしながら金メッキも仕上げていく。
アリシャがいたら齧りついて見ていた事だろう。
生憎と今は、王都で新しいママに夢中になっている事だろうが。
代わりに村にいた他の子達が監視任務にやってきていた。
そして丸二日もかかって、ついに金色に輝くアルク村神輿は見事に完成したのである。
「やあ、本当に完成したなあ。
細部は微妙に違っているような気はするのだが、それはこの俺が作らせたんだから仕方がない。
いやあフォミオ、本当にご苦労様」
そして、そこには主よりお褒めに預かって、にっこりと笑う宮大工さんがいたのであった。




