3-77 秋の雪解け
「お前はどうするのだ」
どうやら急遽結婚式を挙げる事になりそうな按排のカイザが訊いてきた。
これから支度で大忙しになるのだろう。
「カイザ、俺達が何をしにきたか忘れちゃいないだろうな。
まだ王都に来て二日目なんだぜ。
子供達の社会見学をさせないとな。
みんな、あれでも結構真剣に将来を見定めようとしているんだから。
村へ行く時は呼んでくれ。
お前の支度は実家でやってくれるのだろうが、何かこっちでもと考えているし、一応ニールを置いていく。
ニール、後は頼んだ。
カイザ、何かあれば宝珠で呼んでくれ」
だがカイザの奴が余計な心配をしている。
「村の子供達の世話は大丈夫か、お前とフォミオだけになってしまうが」
「大丈夫だ。
もうショウに話をつけてある。
せっかく王都にて公爵家主催で勇者多数に国王も出席する大きなイベントがあるのだから、ついでにそれをショウの弟子達にも見せてやりたいし、そのまま三人に臨時の子供達の御世話係をやってもらう。
あの子達は孤児院育ちなので、小さい子の面倒をみるのは俺なんかよりもよっぽど慣れているさ。
そもそもショウだって元はそうなんだしな」
「な、なるほど。
それなら安心だな」
「それよりも問題は、こうなった事態を、まだお前の家に知らせていない事なのだが」
だが王様は片手を上げて俺の言葉を遮った。
何故か精霊達が懐いて彼の頭の上にびっしりと集っているし。
連中も本日の一幕が相当お気に入りだったようだ。
公爵やルーテシアさんにも多数の羽虫の人が群がっていた。
新お母さんも精霊と仲良くなって、おそらくこれから生まれてくる子にもたくさんの加護がもらえそうな勢いだった。
カイザに関しては引き続き弄るのが楽しいらしく、精霊は誰も寄って行かないし加護も貰えていない模様だ。
「心配は無用じゃ、アイクル家にはすでに使いをやった。
カイザの両親も弟の当主も聡い者ばかりだ。
もう半ば予期して腹積もりはしておることじゃろう。
あれほどの家ならば少々の支度など須臾の間に終えよう。
あと、王家からも祝いは出そう。
そして勇者カズホを助け、王都にも多くの恩恵を与えたとして、特別に子爵位とアルフェイム周辺の領地を与える。
そこの勇者に与えたあの城と、また召喚の大神殿も、できれば整えておいてくれると助かる」
「へえ、そいつはまた豪気だね、王様。
普通なら、これは男爵位が相場ではないのかい」
「まあ、そうじゃがの。
あの神殿は我が国に取り重要なものなのじゃ、だから長らく王家の直轄地としておいてきた。
その土地を預けるのに男爵位では、わしが人から誹られよう。
カイザも十分にそれに値する働きはしてくれたのだ。
誰にも文句を言わさぬよ。
もとより王都にて侯爵家を継ぐはずだった身なのだ。
無理に受けてもらった王命だったが、周りがわしのやり方を快く思わない中で、彼も一介の騎士としてしか扱えなかった。
今更ながらの遅すぎた恩賞よ。
カイザ、長い間済まなかったな」
「我が王よ。
いえ、国王陛下。
お顔をお上げください。
すべて必要な事だったのですから。
私は貴族としてやるべき使命を全うしたまで」
「我が国の貴族が、皆お前のような者ばかりなら、わしの苦労も少しは減ろうというものなのだがな」
「そうそう、いいじゃないの。
これでこそ俺もやりたいようにできるってもんだ。
思いっきり開墾して、試験作物の実験農場とか作ろうぜ。
最初はとりあえず、力持ちなザムザかゲンダスでも農夫代わりにしてよ。
そうだ、最初はミールに派手に開墾させよう。
あいつらならどんな荒れ地でもガンガンに耕せるぜ。
雨が欲しりゃあ雲魔獣ライデンにお任せだ。
この前の嵐だってライデンが多数いれば、力で強引に蹴散らせるんじゃないか。
ゲンダスだって水を操る魔人なんだしな。
よく考えたら、うちの眷属達はは領地開拓をやるために生まれたような魔人軍団で構成していないか?
新開発の魔導農機具も開発させているのだし。
やるぜ、カイザ。
もう焼き締めパン村だなんて呼ばせない」
だが王様め、こんな王命を追加で出しやがった。
「カイザ子爵よ、その者がやる事はよく監視しておくようにな。
主にそのために爵位を与えたといっても過言ではないのだからな」
「はあ、それだと以前とそう任務の内容は変わらないような気がいたしますが」
そう言いながらも彼は笑っていた。
皆も笑っていた。
「ひでえ、あんたらひでえよ。
ようし、こうなったら王都の勇者の知恵も借りてきて、とことんやっちゃおうっと。
さらに新たな焼き締めパンも新開発して充実させ、新焼き締めパン村と呼ばせてやろう」
「おいカズホ、それは洒落にならんぞ」
「何を言うか。
ただの焼き締めパンではなくて、焼き締めパンを美味しくいただくために元のパンから最高の焼き締めパンにする事を目指した、とにかく文句なしに美味い、最高の焼き締めパンを作るのだ。
今、ベンリ村の女将さんには、そのための『焼き締め専用パン』をお願いしているところだ」
「なんだ、それは」
「普通に食べるとさほど美味しくないが、焼き締めて専用の食べ方をすると極上のパンになるという、まさに焼き締めパンを作るためだけに存在するパンなのさ。
必要ならそのための麦の品種改良さえ行い、究極を目指すぞ」
ポップコーン用の爆裂種のトウモロコシとか、アップルパイにするといい具合になるけど普通に食べると酸っぱいだけのリンゴみたいなもんだな。
「あのなあ」
カイザは呆れたような声を出したが、彼の上司はそうではなかったようだ。
「ふむ、それは面白そうな企画だ。
カイザよ、出来上がったら、それは是非わしのところにも届けるがよい」
「陛下……」
「兄者もあれが好きだな。
そんな物好きな王など他国にはおらんぞ」
「まあ、お父様ったら。
実に立派な事ではありませんか。我が家の食卓にも勇者式焼き締めパンを是非取り入れましょう!」
「う、そう来たか、娘よ。
出来ればそれは嫁入り先でやっておくれよ」
この公爵殿は、あまり焼き締めパンがお好きでないようだ。
やっぱり王様ったら個人的に格別焼き締めパンが大好きなんだな。
まあ、そんな王様がいる国って言うのはいいものさ。
だが宗篤姉妹が向かった例の国はどうなのかねえ。
独裁国家なんてところじゃあ王様だけが美味い物を食って、人民は粗悪な焼き締めパンばっかり食わされていそうだよな。
まあ、あれでも何もないよりは遥かにありがたいのは、この俺も身に染みまくっているのだがね。
今も焼き締めパン談義に花を咲かせる王様と公爵親子を見ながら、俺も段々とこの王国に対する蟠りが、春の雪解けか何かのように溶けていくのを感じているのだった。




