1-23 魔の森
結構森の奥まで来たのだが、依然として熊公の姿は見られない。
通常の森の住人なら見かけたのだが。
鹿・狐・穴熊やテンらしきもの、あとリスや山鼠なんかの小動物あたりで、どうやら猿なんかはいなかったみたいだ。
もし手先が器用な猿系魔物なんかがいたら、少し危険な武器とかを使いそうで、なかなか厄介そうな相手だ。
あるいはミノタウロス系の獣人風の、人間の体を持った魔物とかもな。
「いねえなあ」
「ふむ、奴らは森の奥へ行ってしまったか」
カイザがじっと、その黒い目で森の奥地を値踏みするかのように鋭くねめつけたが、俺は異論を唱えた。
「なあ、今日はこのくらいにしておかないか?
あんまり森の奥地へ行って熊とやりあう羽目にはなりたくない。
そうなると劣勢の場合にも撤退する事も難しくなりそうだ」
「そうだな。
だが、出来る事なら奴ら魔物の出現ポイントを見ておきたいのだが」
「そんな物が森の中にあるのか」
「ある」
この守り人め、一言の下に断言しやがったな。
なんというかダンジョンみたいに魔物が湧くポイントが、地上のというか森の奥深くにあるという事か。
どれくらいの頻度で湧くものなのか、本来なら要監視の案件だよな。
魔物が森から出ないとすると、森が一種のダンジョン化しているといえない事もない。
それが、いわゆる魔の森って呼ばれている奴か。
そして森が魔物でいっぱいになってしまったら『スタンピード』を起こして大量の魔王軍予備軍が外に溢れ出すとでも?
そんな物は、まったく冗談事じゃねえぜ。
「しょうがねえ。
家のすぐ近所にそんな物が出来ているかもしれないのに、放っておくのも気持ち悪い。
子供達もいるんだしなあ。
ここはリスクを負ってでも見にいっておくかあ」
「ああ、それが正しい対処法だ」
ぐうぐうと寝こけていた夜中に、魔物の大軍に村が襲われたなんて事になったら冗談じゃねえ。
やっと村に腰を落ち着けたかと思ったら、なんて碌でもない話だ。
俺達は今まで以上に慎重に森を一歩一歩踏みしめるようにして進んだ。
こんな森の中を、フットワーク軽快に原付か軽自動車の如くに駆け回れる熊公に、どこかからじっと息を殺して見張られているかもと思うと、実にぞっとしない話だぜ。
俺は新型の大槍を多数いつでも投射できるようにそのイメージを待機させ、新兵器もすぐに出せるように別でイメージを固めていた。
そしてカイザがふと足を止めた。
「どうしたい、大将」
「急に鳥の声が止んだ。
その他の動物の気配もせん」
さすが地元で監視係をやっている男だけある。
俺はこの場所に慣れていないせいか、緊張し過ぎなのか、カイザに言われるまでまったく異変に気がつかなかった。
言葉で示唆されれば、すぐに理解できるような丸わかりの状況なのだが。
これだから素人は困る。
いやそれは俺自身の事なのだが。
「これって」
「ああ、ついにお出ましかな」
カイザは手に持った、大きな年季の入っていそうな槍を構えた。
俺はマチェットを仕舞い、新兵器の特殊槍を手にした。
俺達二人は呼吸をする事さえ忘れたかのように、その場で気配を探る事に集中した。
もちろん、俺には息を潜めて隠れているだろう熊公の気配なんかわかるはずはないが。
俺は基本的に近接戦闘が駄目なので、音とかで判別して初動を捉え、カウンターで遠距離から攻撃を食らわせるしかない。
「カズホっ、お前の後ろだ!」
「え?」
突然声をかけられて振り向いたら、『音も無く』俺に被さろうとしている巨大な熊がいた。
俺にはそのようなものは察知できない!
これが大型肉球の威力!?
なんて野郎だ。
感覚の鋭いカイザと一緒でなかったら死んでいたわ。
それにしても、でけえ!
まるでグリズリークラスじゃねえか。
なのに、その首元の可愛い月の輪のワンポイントはなんだ。
魔物め、ふざけろっ。
生憎な事に毛皮の色は灰色じゃあなくって真っ黒だけれど。
確かに月の輪っぽい色合いだわ。
暗くて深い森の中では見にくい色だ。
森の熊さんめ、追いかけてこられて出会ったのはいいけれど、どうやら親切に財布などを届けにきてくれたのではなさそうだ。
魔物の特徴であるかのような真っ赤な双の眼が、その凶悪そのものの顔に爛々と輝いていた。
森の魔物熊との出会い喫茶、負けた方が糧になる鬼ルールか。
まだぼったくり価格のメイドカフェの方がいくばくかマシだよなあ。
こっちはさしずめ、森の冥土カフェってか。
間一髪で転がり避けた俺は、作ったばかりの特製槍をそいつに向かってぶん投げて、目視で火種をぶち込み点火させて炸裂させた。
暢気に導火線なんかに頼ってはいられない。
熊の場合は狼なんかの完全な四足獣とは異なり、その間に前足で槍を引き抜かれてしまいそうだしな。
そう、この槍は例の燃焼材を括り付けて突き刺さったところに火焔を巻き起こすのだ。
生憎と相手がでかすぎてしょぼい感じになってしまったが、それでも相手の足を止める効果はあったようだ。
突進から反転して動きの止まったそいつの頭を目がけて、百本ほど追加で空から鍛冶屋に作らせた大きめの槍を降らせた。
その飽和攻撃の前に、さしもの大熊も頭から背中から槍襖状態でハリネズミのようになったが、その状態でも奴は吠えて元気に突進してきた。
うわあ、シュールな眺めだなあ。
これは魔物だわ、確かに普通の動物の熊じゃあありえない。
魔王軍なんて連中とやりあう羽目には遭いたくないもんだな。
きっと、もっと凄くてしぶとい魔物がゴロゴロいやがるんだろう。
止むを得ないので、航空機から機銃で撃つような感じに手前から槍をごっそりと降らせた。
狙いは魔核で、散弾のように槍を打ち込んでそれを破壊して仕留めようというわけだ。
そして、三百本ほど一気に撃ち込んだ。
特製の刃渡り一メートルにも達し柄も相当重量のある、収納からの投下専用に作成された特殊槍をしこたま食らって、そいつはついに倒れ伏した。
まるで極太なマチ針を全身に突き立てた針刺しのようだ。
倒れているのが目の前二メートルくらいの距離なんでビビるわあ。
まるで動物園並みの距離感で、しかも檻は無しの御対面、その上向こうは動物園の満腹で欠伸をしているような奴らとは違って俺を殺る気満々なんだしな。
まったく化け物のようなしぶとさだ。
それから大量の槍ごと、そいつの死体を回収できたので死亡確認を完了できてホッとするなあ。
さっきは、ちょっと死ぬかと思ったぜ。
「よし、熊公を一体確保!」
「油断するな、他にもまだいるはずだ」




