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3-75 公爵の胸間

「ふむ、そのハズレ勇者様が、一面識もない私に御用とは一体いかなるものか。

 あなたのその活躍というか暴れっぷりについては、この拙い耳にも入っておりますが」


 あらまあ、こちらは割合とストレートな表現がお好みなのかな。

 ならば遠慮なく斬り込ませていただくとしようか。


「その、今私は辺境の地アルフェイムにて騎士カイザ・アルクルの家の同居人をしておりましてね。

 ズバリ申し上げましょう。

 彼を今、この緊急開催の茶会に招きたい」


 それを聞いて彼は静かな表情で体を少し震わせた。

 おや、やっぱり御怒りなのかな。

 まあ無理もない話なのだが。


 いきなり乗り込んできて、こんな昔のアレな話を蒸し返されてはなあ。


 だが、彼は少し表情を保つのが困難だったようだ。

 それは真っ赤になってきて、ついには爆発するものかと身構えておいた。


 昔、もうどうしようもないような感じの取引先の部長を「もう取引停止になっても構やしない」というくらい腹を括って、敢えて怒らせてやった事があったが、あの時は相手が本当に劫火の如くに噴火しまくって怒り出したものだが。


 その案件は代々担当が閉口して、もうあそことは縁切りでもいいという感じで若手の俺に回ってきたものだった。


 あの時は何故かたまたま、それで却って相手と腹を割る形になり、今も日本では取引は続いているはずだ。

 今は寂しい事に俺抜きの取引だけれど。



 そして、ついに公爵は堰を切ったように笑い出した。


「はっはっは、このハズレ勇者め。

 この世界に指名もされぬのに、のこのことやってきて、それが、それが、その辺境のハズレ勇者たる者が、この大国の国王や公爵の心に刺さったままの棘をわざわざ王都まで抜きに来たというか。


 しかも、そのハズレ勇者と来た日には、あの棘を送った辺境の地アルフェイムにて、その彼奴め本人と同居しているのだと。


 その上そいつは王国には与せずとも勝手に魔王軍幹部の魔人・魔獣を次々と屠り、史上かつてないほどの巨大さを誇る魔物穴まで盛大に吹き飛ばしたという。


 それがいきなり王を引き連れて我が家に上がり込んで、勝手に茶会を開催し、棘本人を招けと申すのか。

 これを笑わずになんとするか、のうマネ兄者」


 ありゃあ、違った。

 どうやら噴飯物だったらしい。

 こいつもか!


 ああ、この二人は従兄弟だけど、少し歳の離れた兄弟みたいなものなのか。

 しかし公爵様よ、その言い方はあんまりだぜ。

 特に最初のあたりはよ。


 なんとまあ、この人も王様と一緒の心持なのかよ。

 やれやれ心配して損したわ。


 王様も楽し気に髭まで歪めて笑っていやがる。

 もしかして、この王様がこんな風に人前で笑う事が許されているのは、こういう身内とある場だけなのかもしれないな。


「よかろう、ハズレ勇者よ。

 その願いは聞き届けようぞ。

 今からアイクル家に使いを出そう」


「おおそうじゃ、フレディよ。

 どうせなら、ここは一つわしの王命として呼び立てようぞ。

 その方がよかろう。

 あのような無情な仕打ちだけが王命では、このわしも格好がつかぬ」


「はは、そこはよしなに。

 兄者、あなたも毎度毎度、苦労症な事だ」


 なんだろうな、この空気。

 何か予定調和のように話が進んでいくのだが。


 もうカイザがこの王都を去ってから八年にもなるというのに、誰もカイザの事を忘れていないというか、それどころか忌避する空気一つない。

 なんだ、この展開は。


「じゃあ公爵閣下、もう一つお願いついでに」


「わかっておる。

 娘もこの場に呼んでこいというのだろう。

 まったく。

 辺境の村住みのバツイチ男へやるために、一人娘を大事に育ててきたのではないのだぞ」


「まあ、このまま娘さんが行かず後家になってしまって家に残ったままでも、あなただって非常に困るでしょう」


 大体の状況は目に浮かぶようだ。

 そうでもなければ、このおっさんがそうホイホイとさっきみたいな事は言わないはずだろう。


「ああ、どんな良い縁談を持ってきても皆断ってしまうのでなあ。

 ほとほと困っておったところよ。

 時に勇者どの、辺境の暮らしはいかがかな」


 彼が砕けた調子で話すので、俺も普段通りの砕けた話し方にした。


「ああ、その辺は俺の意見は参考外にしてもらった方がいいかもな。

 俺的には、都会のムード溢れる異世界からやってきたので、こういう大都会も悪くはないのだが、自然溢れるあの村のコテージっぽい暮らしは悪くないと思っている。


 なんというか、高級別荘地で優雅に暮らしながら、この王都で楽しみたいというのなら大空を一ッ飛びという環境を作れてしまったし。

 わざわざ、このごみごみとした王都へ住む必要をまったく感じていない。

 仕事場も辺境担当の冒険者ギルドに加入したし。


 金は大枚持っているし、王都などの美味い食い物も好きなだけ買い放題で、俺の代わりに各地の物品を買い付けてくれる優秀な子飼いの商人もいる。

 そんな感じのハッピーライフさ」


「そうか、それならば少しは安心というものだな」


 むしろ、村だからこそやりたい放題の部分もある。

 あそこには小煩い領主もいなそうだし。


 公爵も俺の鷹揚な物言いを些かも気に止めていないようだ。

 まあそういう人物なのは営業のスキルから見抜いた上での狼藉なのだが。


 このおおらかなムードに乗じて、ついでに訊いておくとしようか。


「なあ、王様。

 もののついでといっては何だが、あの荒城は俺にくれよ。

 俺が死んだら返すからさ。

 どうせ普段は使わないんだろう?


 もう随分と小綺麗にしたんだぜ。

 村のイベントに使いたいんだ。

 そうだ。

 勇者が管理する、アイクル家に御輿入れする公爵令嬢の離宮という事でどうだい。

 その御令嬢にも辛い思いをさせたんだから、それくらいしたっていいじゃないか」


「相変わらず、お前は口が上手いようじゃのう。

 まあよかろう。

 あのアルフェイム城はそうそう使いたいものではないが、いずれまた使わねばならない定めを持つ物なのじゃ。


 まあ手入れをしておいてくれるなら使っていてくれても構わぬよ。

 あそこは戦が終わってからは王家の直轄地となっておる」


 やったぜ!

 麦野城の合法的な入手に成功した!


 まあ新しい名前を付けないといけないな。

 令嬢の名を取ってルーテシア・パレスでもいいかもな。

 パレスっていうか、城なのだからキャッスルか。


 命名されて間もない麦野城はあっさりと廃城だ。

 そうか、アルフェイムの地だからアルフェイム城なのだな。


 それは、かつてあの戦を指揮した将軍の名などから取られた地名なのかもしれない。


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