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3-73 貸しの取り立て

 俺はそこで、その人物を待ち伏せしていた。


 いや何、どうせその人に会わねばならないので、堂々と、その俺が絶対いてはいけない場所に居座っていただけだ。


 腕組みをしながら壁に背中を預けて欠伸をしている俺を、通行するその場所に勤務する人達はチラっと見たが、誰も不審がらずに通り過ぎていった。


 まあ、ここでは俺のような風体は別に珍しくはないのだから。

 ここはこの場所の最高責任者が、そのうちに通る道のはずの場所なのだ。


 その情報は宝珠による通信で勇者達から聞き出してあるのだ。


「あれ、まだ出てこないのかなあ。

 もうこの時間で仕事は終わったんじゃないのか。

 弱ったな、さすがに部屋の中にまでは強引に入れないだろうし」


 だから、こんなところでボーっと待っているのだ。

 だが辛抱強く待っていると、ようやくお目当ての人物がやってきた。


 彼は真正面を向いていて、俯き加減で何か考え事でもしているものか、俺の存在には気が付かなくて通り過ぎて行こうとしていたので、仕方がなく俺は件の人物に後ろから声をかけた。


「よお、つれねえなあ、王様。

 この俺に挨拶も無しとは悲しいぜ。

 この前も超厳しい依頼をちゃんと完遂したよな。

 そのおかげで、今日は他の奴らは演習に出かけていて、ここの勇者の座はこの俺が独り占めだぜ」


 驚いて振り向いた彼の眼球に映った者は、ここにいるはずがないというか、王城の居住者ではないので決して無許可でここにいてはいけない俺の姿だった。


 彼はそっとこう呟いただけだった。


「お前は」


「こ、このハズレ勇者め、王に向かってなんたる無礼を。

 どこから侵入した!」


 あっはっは、ここでは黒髪黒目の恩恵はなかったとみえるな。

 俺の無礼な口の利きように護衛の兵士達は俺に槍を向けた。


 まあ、本日は勇者どもも全員演習とやらのせいで出払っているはずだしな。

 王の護衛を請け負っているようなこいつらには、城内に勇者がいたらすぐ不審に思われるか。


「ひゅう、そいつはまた御挨拶だな。

 王様、相変わらず苦悩を顔に張り付けっぱなしにしているようにしか見えないあんたの古傷の一つを取り除いてやろうと思って、わざわざこのハズレ勇者様が御足労してやったというのに」


 すると彼は片手を上げ護衛の兵士を諫めて、静かに俺に問うた。

 その威厳のある顔に、少しばかりの困惑を添えて。


「ふむ。それはどういう事じゃ?」


「ああ、実に簡単な話だ。

 今、あなたの忠実な騎士カイザ・アイクルが八年ぶりに王都へ来ている。

 父親から言われてゴッドフリート公爵に会わねばならないらしいが、まず向こうは会ってはくれまいよ。


 誰のせいでそうなっているかは聞かなくてもわかるよな。

 自分が冷や飯を食わせた部下の尻拭いくらいは、王の責務としてちゃんとやっていただこうか」


 俺からそのように言われ、王様は一瞬昔を想うかのように軽く目を瞑ったが、すぐにこう尋ねてきた。


「このわしに、なんとせよと?」


「ああ、別にたいした事じゃあないのさ。

 今から俺と一緒に、少しばかり御茶会をしてくれないか?

 別にあの辺境の荒城に置き去りにされた俺の愚痴を聞いてくれなんて言っているわけじゃない。


 俺とあなたとで一緒にゴッドフリート公爵を囲んで、あの世界一忠義者にして大馬鹿者である、あんたの部下について語り合いたい。

 ただ、それだけなのさ。


 先方にアポを取っていないんで、俺だけが行ったってゴッドフリート公爵邸には入れちゃくれないだろうからな」


 つまり俺は言外に王様へこう言っているのだ。


「あの時、俺をあそこへ置きざりにしていったでっかい貸しを、今ここで返してもらおうか」と。


 王様は苦笑いするかと思ったのだが、やや体を震わせておかしいのを我慢しているかのような有様だった。

 部下の前でハズレ勇者の言動などに惑わされている様子は見せられないというわけか。


 しかし、彼は次の瞬間に体を大きく揺すりながら爆発したように豪快な笑いを通路中に響かせたのだった。

 四人いた護衛の兵士達はその王の様子に驚き、皆浮足立っていた。


「わっはっはっは。

 あの忠義者め、今頃そのような話になっておるのか。

 やはり、あの時わしが出るべきであった。

 だがいろいろあってな、それも憚られたのじゃ。


 そうか、そうか、それでは八年分のツケを今払いに行くとするかの。

 では兵士達よ、わしは少しばかりゴッドフリート公爵と茶を囲んでくるとする」


「あ、いや陛下、護衛も無しでなどと」


「なあに、そこに魔王軍の魔人魔獣を次々と屠ってきた猛者中の猛者がおるのだ。

 どうだ、カズホよ。

 今日は冒険者として、わしに個人的に雇われぬか」


「そうだな、王様。

 今日は特別料金としてロハにしておいてやるよ。

 ザムザ1からザムザ10、王様の護衛をせよ。

 兵士ども、これでいいか?」


 兵士達はいきなり収納から飛び出した伝説の魔人の集団を前のあたりにして、槍をだらりと下げたまま絶句したが、蟷螂頭はそのような些事は意にも介さない。


「心得た、主よ。

 さあ人間の王よ、護衛は我らザムザ隊に任されよ」


「おお、任せたぞ」


 王様は楽しそうにそう言うと、また豪快な笑い声を上げ、兵士達に向かって申し付けた。


「では行ってくる」

「はあ、いってらっしゃいませ」


 そして俺は壁に預けておいた背中を自分の元へ取り返し、先に立って歩きだした。


 そして王城の中庭へ出ると王様を軽く抱いて、まるで今の王様の気持ちを表すかのように雲一つない抜けるような大空へと飛び上がった。


 かつてこの王国を脅かしまくった魔人ザムザの集団と共に。


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