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3-72 公爵令嬢の婚約破棄

 侯爵家の子供達は、フォミオや村の子供達と遊びだしていた。

 本日の主役であったはずのフォミオの出番は一瞬にして終了したようだ。


 まあただのサプライズ要員なのだから仕方がないし、またそのユーモラスな姿は侯爵家のカイザの甥達のハートもガッチリと掴んでいたようだから。


「まあ大体の話は理解できたのだけれど、お話をまとめると、つまり現在あなたは独り身で、あなたの娘達は母親になってくれる人が欲しいと」


「あ、ああ。

 まあそうなんだが……」


 さすがに八年ぶりに帰宅した実家の母親から、いきなり自らの父親としての不甲斐なさを追求されて歯切れが悪いカイザ。


 あれから聞いたゲイルさんの話によれば、お相手になる方はいない事もなかったようなのだが、まだ奥さんの事を忘れられなかったらしく、そのお話は流れたと。


 そういう事を周りが無理に勧めてもよくないので、以来そのままになっているらしい。

 何かがあれば、子供達は奥さんのお姉さんが面倒を見てくれていたらしいし。


「じゃあ、あなたのお嫁さんは実家で世話をする事にします。

 これは絶対ですからね」


 孫達はそれを聞いて目を輝かせていたが、カイザ本人は大慌てだ。


「待て待て待て。

 王都の女性に、あの最果ての辺境暮らしが務まるはずがあるまい。

 一体何を考えているのか」


「では訊くが、カイザよ。

 まさかルーテシアの事を忘れてしまったわけではないだろうな」


「う……」


「あの娘は可哀想に傷心を抱えて、未だにずっと独り身なのだぞ。

 公爵家の姫ともあろうものが。


 ゴッドフリート公爵も、さぞかしお怒りな事であろう。

 お前が王命で行くのではなければ我が家もただでは済まなかったところだ。


 まあ、お前が独り身でいるというのなら別に構わんが、あれだけは一人の男として落とし前をつけてから帰れ」


 俺は耳にした事のない名前を耳にして、こそっと後ろのペートルに訊いた。


「ルーテシアというのは?」


「カイザ様の婚約者であったお方です。

 カイザ様は侯爵家を継がないのに、あのような辺境などへは連れていけないとおっしゃって、彼女との婚約を破棄なさったのです」


「うわあ、そこは命じた王様がちゃんと責任を持てよ」


「国王陛下はゴッドフリート公爵へも侘びを入れてくださり、それでゴッドフリート公爵家から当家への厳しい糾弾は無しになったのですが、彼らとの付き合いはそれ以来ありません。

 大旦那様はあのようにおっしゃっていますが、カイザ様が先方に会う事すら難しいでしょう」


「うーん」


 詳しい話を聞いてみたいが、ここでその辺の関係者といえばビジョー王女しかいないのだが、奴は花嫁営業の旅の最中でまだ王都へ帰ってきていない。


 じゃあ、あそこへ行ってみるか。

 あの人に昔の王都時代の話は少し訊きづらいのだが。


 俺は「ちょっとだけ出かけてきます」と彼らに言って、「おいおい、どこに行くつもりだ」と今俺に置いていかれると孤立無援なカイザが慌てたが、「お前の件の用事で行くんだよ」という事であっさりと見捨てた。


 元はと言えば奴の身から出た錆なのだし、執事さんはなんとなく俺の顔付きから察したようで、笑顔で玄関口に案内して一礼して見送ってくれた。


 俺は振り返り、宙に浮きながら挙手をして、一路ビトーを目指した。

 もちろん行く先は冒険者ギルドなのだが。


 俺はドアツードアで、あっという間に冒険者ギルドのドアを開けて、今日もフロアに立っているジョナサンに訊いてみた。


「ギルマスいる?」


「ええ、いますよ。

 どうかなさいましたか」


「いや、ちょっと昔話をしたくてね」


 それを聞いて首を傾げる彼。

 何しろ俺とギルマスは、昔話をするほど長く付き合っちゃいないからな。


 俺が訊きたいのは彼の昔話なのだ。


 俺は急ぎ階段を一気に三階まで駆け上がり、息を切らし加減にギルマス執務室のドアをノックした。


「どうぞ」

「こんにちは」


「ん? おやカズホか。

 どうしたんだい、何かあったのかね?」


「いや、ちょっと話を訊きたくてね。

 カイザとルーテシアとかいうゴッドフリート公爵家の令嬢との話を」


 その名前を耳にして得心したというようにペンを止め、彼は立ち上がった。

 本日は足元にミスリルのアクセサリーはしていないようだった。


 俺の視線の行き所を見て苦笑するギルマスが言った。


「私とて、いつも鎖に繋がれているわけではないのだよ。

 あれは仕事を一気に片付けてしまうために、あえて繋がれているのだ」


「そうだったのか。

 それで話は聞かせてもらってもいいのかなあ」


 俺の少々訊きづらそうな様子を見て、彼も俺にソファーを勧めた。


「ああ、元々カイザは先を嘱望されていた男だった。

 それでフリードリッヒ公爵も彼の事をお気に入りだったのだよ。

 少なくとも娘の婿に決めたくらいには。


 しかし、王命は下った。

 あれは断る事も出来たのだが、誠実で忠義者な奴は受けた。


 あの家は早目に代替わりをして先代が実地で跡継ぎを教育する家柄でな。

 お蔭で歴代の当主は非常にしっかりとしているのだ。


 もう家を継ぐ時期でもあり、婚約者の事もあり、彼も随分と悩んだものらしい。

 だがあの不器用な男は、結局王への忠義を選んだ。

 まさに貴族の鏡のような男よ。


 あの件ではどうにもならなくて苦悩しておられた陛下の頼みを断れなかった。

 王への忠義のために家も婚約者も捨てたのだ。


 辺境の村へ行く際には、何かあった時のためにと、ここビトーの冒険者ギルドに立ち寄ってくれ、その時には随分と話をしたものだ」


「うーん。

 それじゃあ復縁は難しいだろうなあ」


「それはあのゴッドフリート公爵がまず許すまいよ。

 なまじ目をかけていただけに、裏切られた想いは一入(ひとしお)なのだろうしな。

 そして娘の気持ちを思えば。


 あれは親が一方的に押し付けた婚約ではなく、本人がカイザを好いていたのでそういう話になったのだ」


「それが今も独り身か。

 そのルーテシアという人は、どういう感じの人なんだい」


 それ次第で、俺も覚悟を決めるつもりなのだ。

 その人が辺境の暮らしも厭わない、愛に生きる人だというのであるならば。


「一途な女だ。

 私の従兄妹でもあるから、気性もよく知っている。

 カイザが一言辺境についてきてくれと言えば、あれは迷わず一緒に行っただろう。

 たとえ親から勘当され、貧乏な暮らしであったとしても。

 あれは、そういう意思と情の強い子だった」 


 そうだったか~。

 これはどうやら、はずれ勇者たるこの俺も覚悟を決めないといけないようだった。

 実を言うと、あんまりやりたくない仕事なのだが、こうなればやるしかあるまい。


 新しく入手した大精霊の御加護とかが、ちゃんと機能してくれればいいのだがなあ。


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