3-71 辺境家族の肖像
翌日、朝御飯を終えたのでフォミオ達を迎えに行った。
今回はニールもいるので、皆しっかりと身支度は完了していた。
「よおし、みんな。
今日は今からカイザのおじさんの実家へお邪魔するぞお。
貴族の館の社会見学の授業だ。
やたらと走り回ったりしないように。
高価な調度とかもよく見学しておきなさい」
「「「はーい」」」
本日はカイザの実家アイクル侯爵家からお迎えの馬車が来てくれたので、子供達とニールはそっちへ放り込めたのだが、当然フォミオは馬車の中に入らない。
あの隔離スペースとなっている特別治安対策地区である貴族街へ、マルータ号で空から乗り込むのもなんなので、俺とフォミオは韋駄天弐号で行く事にした。
貴族の豪華馬車に揺られて子供達は大歓声を上げていたが、こっちは勇者たる証の黒髪を靡かせて、豪快にオープンカーでパレードだ。
どうせなら、ここまで手にして万倍化した眷属共を引き連れて『軍事パレード』と洒落込んでもいいくらい俺は気分がよかったが、さすがにこの王都でそれをやると洒落にならないので、頭の中の泉に抓られる前に自粛した。
何しろ、宗篤姉妹と斎藤さんに続いて、カイザの家族との距離も縮める事にも成功したのだ。
俺の心が晴れやかでないはずはない。
少なくとも、本日は青空を覆い隠してしまう雲魔物ライデンだけは必要ないのだ。
そして貴族の馬車に引き続き、魔物が引く荷馬車に乗った勇者が挙手に爽やかな笑顔を添えて通り過ぎていくのを、貴族街の警護をしている門番達は茫然と見送っていた。
本日の彼らの業務日誌には、これが本日の珍事の一つとして書き連ねられるものだろうか。
「さて、あの人達はフォミオを見て一体なんて言うのかなあ」
「楽しそうでやんすね、カズホ様」
「うん!」
でも、そうさせている主役はフォミオ、君なんだからね!
子供達が、王都の貴族街の華やかな風景に見惚れている間に、馬車はあっという間にアイクル邸に到着し門番に皆で窓から手を振って、馬車はアイクル侯爵家玄関口へとたどり着いた。
俺達のにこやかな様子を見て、門番の二人もフォミオに関しては笑顔を添えてスルーしてくれた。
パリっとした御者さんがドアを開けてくれ、ゾロゾロと降りてくるチビ達。
一見すると綺麗な洋服を着て、髪も撫でつけたりよく梳かしたりしてあるので、皆いいところの子に見えない事も無いのだが、まったくそうではない。
ただの辺境村の子供達だ。
「よおし、侯爵邸見学ツアーの始まりだ。
みんな、高価そうな壺とかには絶対に触らないようにね~」
「はーい」
一応は言っておかないとね。
みんな、幼児とはいえ標準の村人よりはちゃんと躾けてあるのだが、しょせんは村の幼児。
多分、街の幼児もそう変わらないはずだ。
見る物なんでも触ってみたい年頃なんだよな。
人生の中で、そういう学習過程の年代なのだから仕方がないのだが。
もちろん、本日の俺の一番のお楽しみは、『うちのママ』を紹介する事なのだったが。
ノッカーを叩くと、ペートルが玄関口まで来てくれたので、さっそく紹介してやった。
「やあ、ペートル。
こちらが俺の従者のフォミオママだ。
少々でかいが、まあ頭はつっかえないと思う。
昨日一応測っておいたんだ」
ザムザの肩に俺が乗って、両手を上げても余裕で天井につかなかったので。
いきなりフォミオと同サイズのゲンダスを出して、頭がつっかえたり床が抜けてもなんだったので、そうしてみたのだ。
彼もフォミオを見て、これまたなんとも言えぬような楽しそうな笑顔を浮かべ、恭しくフォミオに挨拶してくれる。
「これはこれは、意外な方がいらっしゃいましたな。
ようこそ、フォミオ様。
するとそちらの女性がニール様ですな」
そして彼は悪戯そうな顔でこう提案してきた。
「よろしければ、お名前の紹介は後にさせていただいてもよろしゅうございますか?」
あ、なんか楽しいサプライズを考えているようだな。
執事として、もう少しこのネタで家族の再会を盛り上げたいという趣向のようだ。
よし俺もそいつに乗った!
「では、そのように」
リビングに通され、ペートルが笑顔で招き入れるニール。
その両手には子供が四人ほど、ぶらさがっている。
それを見たカイザの両親は目を輝かせた。
何しろ、ニールの奴ときたら器量だけは抜群なのだ。
あくまで人化した状態の見かけは、なのだが。
「まあ、あなた。
なかなか良さげ
「うむ、これならば」
だが慌てたカイザが止めに走る。
「待て待て、そいつは」
だが思い込んだ両親は突っ走る。
ニールに駆け寄って手を取り挨拶を始めた。
そして次々と入室してくる子供達を見て、両親は目を白黒してこう言った。
「まあ、こんなに子だくさんだなんて」
「カイザもこのアイクル侯爵家から独立したのだし、今更我々がとやかく言う事でもないがなあ」
「待て待て待て、だからどうしてこうなった」
だがニール本人は動じた風でもない。
「カイザ殿、御実家の方々は私などもこんなに歓待してくださって、大変フレンドリーな方々ではないですか。
主から聞いていた話と随分と違いますね」
「ああ、それは……」
「まあ、カイザ。
この方に我が家の事をなんと?」
「大体、お前はだな」
真実はまったく伝わらず大混乱のアイクル侯爵家、カイザは両親からもみくちゃにされており、それを見ている執事さんは実に楽しそうだった。
まだカイザが子供の頃の御一家の姿を思い出したものだろうか。
まあ、執事さんの目論見通りに親子のスキンシップも進んで、相当固さも取れてきたようだし、そろそろ頃合いかな。
俺はニールに眷属との間でだけ通じる主従間の念話を送った。
「ところで、もう一人フォミオ殿を御両親にも紹介せねば。
何しろ、私などはただの新参者。
辺境のアイクル家にとって、やはり無くてはならない方と言えばフォミオ殿なのだから」
「え?」
カイザの両親は、虚を突かれたような感じでニールを見た。
だがニールはお構いなしに廊下に出ていき、まだリビングの外でぐずぐずしていた幼年組の子供達を抱えて、フォミオを前にした状態で入室してきた。
「はい、私がフォミオですよ。
こんにちは、アイクル侯爵家の皆さま」
フォミオも、今日はきちんと余所行きの言葉遣いだった。
「え? え? ええーーっ」
はい、サプライズ大成功でした。
満面の笑顔のフォミオと子供達、そして企みが成功した執事のペートル。
カイザの子供達も、フォミオにすがりついてくる。
「ねえ、ここがお父さんの実家の御屋敷なんだって」
「はい、ここがお二人の親族様の住まわれるところですよ。
よかったですね、ここへやってこれて」
「うんっ」
その眩しいような二人の子供達の笑顔を見て、ようやく彼らは自分の勘違いと、自分の孫達の幸せな生活を実感できたらしい。
そしてカイザが後ろからポンっと両親の肩を叩いて言った。
「改めて、ただいま。
父上母上、ようやく辺境の俺の家族が全員出揃ったようだ」




