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3-68 故郷の父母

「へえ、これが貴族のお屋敷かあ。

 そういや、この世界へやってきてから初めて入るな」


 俺はいかにも古き名門といった感じの邸内を眺めながら、カイザの後に続き歩いていた。


 上等に仕上げられた長く続く広めの廊下の壁、そこに造り付けられた燭台はよく見れば魔導ランプに置き換えられていたが、古き良き時代の趣を残し細やかな模様の細工が施され、見た物の心を密やかに奪う。


 柱一つとっても、この家の伝統と歴史を物語っているかのようであり、床には厚手の踏み締めがいのある高級な絨毯が敷き詰められていた。


 空気さえも荘厳な粒子を纏うかのようで、これらはカイザが無情ともいえる王命と引き換えに、全て王都へ置いてきたものだったのだ。


 俺が今まで入った事のあるその手のものと言えば、あの荒城たる我が麦野城と、こっそり忍び込んだ王都の王城にある泉の部屋のみだ。


 あとは領主館とか冒険者ギルドなどの施設的なものだけだった。


「実を言うと、このマーシャも初めてなのですー」

「なの~」


「ああ、お前ら。

 何て言ってやったらいいのか、非常にあれなのだが。

 まあ初めてといえば、初めてなんだろうな」


 ここは、この子達にとっては単に自分の父の実家なんだけどね。

 本来であるならば、ここがこの子達の暮らす家だったのだ。

 それが不憫っていう感じは欠片もないけどな。


 そんな感じで、二人が可愛らしくキョロキョロ見回している様子を、マーサさんやメイドさん達が微笑ましそうに眺めていた。


「さあ、兄上。

 父上と母上もリビングで待っている」


 俺は別にここの家族じゃあなくて、そもそもこの世界の住人ですらないのだが、いきなり貴族家の団欒の場であるリビングへ通されてしまうものらしい。


 まあ、別に汚い格好をしているわけでもなし、チビ達も余所行きという事で綺麗な格好をしているのでよかったことだ。


 先にビトーを回っておいたので村っぽくない服装にはそれなりに慣れさせておいたし、ここでもしっかりと洋服は買っておいたので、そのあたりはまったく不自由なくて何よりだった。


 どうやらこの家の執事と思われる、取りわけきちんとした服装の初老の人物が、一行に深々と礼をしてくれて、大きめの厚めで木造りの立派な装飾入りのドアを開けてくれた。


「ありがとう、ペートル」


「お帰りなさい、カイザ様。

 そしてマーシャ様とアリシャ様も」


「ただいまです、ペートル」

「ただいまなの~」


 いや、お前らは初めてここに来たよね。

 もう凄く馴染んでしまっているけど。


 まあ皆が皆、揃って『お帰りなさいムード』なんだから、子供なら『ただいまムード』になってしまうわなあ。


 そして執事ペートルは俺にも深々と挨拶してくれたので、俺も手を上げて挨拶に代えた。

 こういう時は勇者というだけで、相手からの処遇もまったく違う気がする。


 例えハズレ勇者といえども、この髪と目は他の勇者と等しく恩恵を与えてくれているようだ。


 彼の場合はそれだけではなくて、なかなか帰ってこれなかった大切な『カイザ坊ちゃま』を連れて帰ってくれたからというのもあるのかもしれないが。


 そして、だだっ広いリビングの中で置かれた、高級そうで上質なデザインの落ち着いた象牙色の革張りソファーに座っていた二人の男女がいた。


 年の頃はもう五十歳にならんかという頃合いか。

 カイザが俺よりも一~二歳上だから、そんなものかな。


 俺も故郷の両親の顔を久しぶりに思いだした。

 今頃、何をしているかな。

 姉貴や甥っ子姪っ子達も。


「よく帰ってきた、息子よ」


 その頭に白い物もかなり混じって来た、壮年を過ぎた年代の男性は(まなじり)にうっすらと涙を浮かべて立ち上がった。


 なんというか、走り寄って息子を抱き締めたいというように。

 だがカイザも、何と言ったものやらという感じに突っ立っていただけだ。


 全員の視線がそこへ集まっており、執事さんもいつのまにか静かにカイザの傍に佇んでいた。


 それでもって、突っ走っていったのは当然の事ながら幼いアリシャ様だった。


「お爺ちゃん。

 アリシャのお爺ちゃんなの⁉」


 あの子は状況がよくわかっていないので、まったく迷いがなかった。

 俺はマーシャをチラっと見て目で促した。


『まだ子供なんだから遠慮すんなよ』


 若干大人びた性格の彼女は、この状況がよく理解できているようで、俺と目が合った彼女も少し目を泳がせ気味だった。


 だが、ここは素直に天真爛漫な妹に乗る事に決めたようで、同じく突っ走っていった。

 辺境の幼女、状況判断と決断がはええな。


「お爺ちゃーん」


 二人の孫娘に抱き着かれて、お爺ちゃんは、はち切れんばかりの笑顔をその少し皺を蓄えた顔に浮かべた。


「カイザ、お帰りなさい。

 こちらに来て顔を、よおく見せておくれ」


 今度は母親にそう促されても、少し躊躇っていて動けないようだったので、俺は眷属を一人呼び出してこう命じた。


「ザムザ1、どうやら騎士カイザ殿は『あんよが上手』ではないようだ。

 お前がお助けして母君のところへ連れていってやってくれ」


 俺が収納から取り出した魔核から一瞬にして現れたザムザ1は、躊躇い一つ見せずにカイザに迫る。

 眷属魔人は空気を読んだりはしない。

 主に命じられた任務遂行あるのみだ。


 アイクル家の人々からは、突如として出現した魔人に対して驚きの波動が感じられたが、この息子が連れてきた勇者である俺がやらかした事なので、大貴族たる彼らはそうたいした驚きを表に表したりはしなかった。


 使用人の中には蟷螂頭をガン見している奴はいたがね。


「主よ、お任せあれ。

 さあ、カイザ殿。

 母上がお待ちだ」


「え、ちょっと待ってくれ。

 ま、まだ心の準備が」


「往生際が悪いな、カイザ。

 ちったあ娘達の行動力を見習えや。

 それ、やってしまえ、ザムザ1」


「心得た」


 そしてザムザ1は相応の体格を持つカイザを、苦も無く人攫いの如くに、ひょいっと小麦袋のように担ぎ上げた。


 そしてカイザの母親のところまで数メートルの、カイザにとっては八年以上にも上ったろう永い旅路の最後のシーンを一瞬にして終えさせた。


「やれやれ、人間というものは実に面倒くさい生き物だ」


 元魔王軍の魔人にそのような事を言われてしまって、目を白黒させているアイクル家の面々。

 だが、奴を見慣れているおチビコンビは彼をこう褒めたたえた。


「ザムザ1、偉い!」

「偉いのです~」


 母親の目の前に降ろされたカイザは、やれやれと言いたげに少し崩れてしまった服装を両手で整えていた。


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