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3-67 兄弟

 いかにも貴族でございといった洒落た格好で眼鏡をかけていて、兄の腕を取りキリキリと自分の屋敷へ連行していくアイクル侯爵家のご当主の後を、俺はおチビ達の手を握ってついていった。


 彼、ヘイザ・ボルガ・フォニア・アイクル侯爵は少しばかり小太りな感じで、見た限りでは机仕事が多そうな印象だ。

 侯爵家の跡取りなのだから、それも当然というものか。


 そして顔は引き締まっており、決して無様に緩んでいない。

 醜悪な感じは欠片もないし、納得がいかなければ王にさえ食ってかかったりする姿勢から見ても、あまり融通が利かないタイプなのだろう。


 ある意味で似た者兄弟だ。

 先程の言動と合わせ見れば、信用がおけそうな立派な御当主様のように見受けられる。


 一方、カイザやその子供達は、野山を駆けまわる辺境の村暮らしなので元気は有り余っていて、せかせか歩いている(つもりの)弟さんに余裕でついていっている。


 むしろ、素なら俺の方が体力でついていけない。

 カイザなんかフィールドワークが仕事の主体なんだものな。


 そして門のところへやってきた時に、そこにいた少し歳のいった感じの門番の人二人は、こう高らかに叫んだ。


「カイザ・ゼガ・フォニア・アイクル様のお帰り~」


 そして、きまり悪そうに頭をかきながらカイザは言った。


「ただいま、フルグ、ゼムソン」


「お、お、お帰りなさいませ」


「う、う、う。

 もう一度生きてカイザ坊ちゃんのお顔が拝めようとは」


「ば、ば、馬鹿者ども、そういう言い方は寄せ。

 娘達が見ているじゃないか!」


 思わぬ実家からの歓迎の挨拶に動揺するカイザが笑いを誘う。

 俺がいなかったら、まだ違う展開になったのだろうが、いなかったらこの楽しい見世物が見られないよな。


 だが、まだ涙を浮かべたまま目をしばしばさせていた、そのアイクル家古参の使用人らしい人達はマーシャとアイシャと目が合った。


「こんにちは、マーシャです。

 ただ今六歳なのですよ」


「アリシャでーす。

 四歳なの」


 それを見た二人は、また子供達を不憫に思ったものか号泣していた。

 おチビ達は不思議そうな顔で、俺が買ってやったばかりの名入りのハンカチを差し出した。


「大人なのに泣いていちゃ駄目なのです。

 今日は悲しくても、きっと明日があるのです」


 それを聞いて、また彼らは泣き出した。


「おお、御嬢様も、あの日のお父様と同じ事をおっしゃる」


「なあ、カイザ。

 昔、自分の家の使用人を泣かすような真似を何かやっていたのか?」


 俺が奴に訊いてみると、弟さんの方が素早く答えてくれた。


「まあ、この人は昔からこういう人なのです。

 そして、ほら」


 彼が指を差した方角を見ると、上品な姿をした老婦人が、やや年配のメイド二人と一緒に彼らを出迎えてくれていた。


「お帰りなさいませ、カイザ坊ちゃま」


 カイザ坊ちゃま~!


 う、笑っちゃいけない笑っちゃいけないと思いつつ、思わず笑いを堪え切れなくて口を手に当てたまま肩を震わせて横を向いてしまった。


 もし今隣に泉がいたなら、「いい加減にしなさい」と思いっきり脇腹を抓られそうな展開だ。

 だが、それを見上げていたアリシャお嬢様はこう申し上げました。


「カズホー、今のは何が笑いのツボに入ったのー。

 アリシャにも教えて~」


 お嬢さん、お願い。

 今だけはそれを言いっこなしで!


「アリシャ、それを今言っては駄目なのですよ。

 こら、シーッ」


 そう言って空気を読まない妹を窘めたマーシャを、その老婦人は目を細めて眺めていた。


「可愛らしく、聡明な御嬢様達ですね」


「あ、ああ。

 この子達は俺の誇りだ。

 ただいま、マーサ。

 それにアンナとハンナも」


「お帰りなさいませ、カイザ様」


 そして、その辺の物陰に隠れて様子を伺っていた使用人達が一斉に飛び出してきた。


「カイザ様、お帰りなさい」

「お帰りなさいませ」


「おお、カイザ様がこの屋敷にお帰りになられたなんて」


「魔王軍も、なんのその。

 ほら、勇者様もカイザ様と共にあられる」


 あれ、俺この話に何か関係があったの⁉


「よお、辺境騎士の旦那。

 なんだか実家の人間からは物凄く慕われてるじゃん。

 俺が聞いていた話と全然違うんだけどさ」


「ああ、いや別に嫌われているなんて言った覚えは特にないが」


「確かに、そいつは聞いていないんだがなあ」


 やはり人間が他の人間に言った言葉というものは、伝えたいという意思とは裏腹に真実を伝える力を持ち合わせていないようだ。


 人と交わる事が多く、それで結構失敗する事も少なくなかった営業という自分が携わっていた仕事について、つい懐かしい想いを馳せてしまった。


「さあ、カイザ様。

 とにかく御父上と御母上に御挨拶を」


「あ、いやその」


「ささ、早く。

 お嬢様方も、そして勇者様も」


「え、俺も?

 宿に子供達と眷属を置いてきちゃっているんだけど」


「そうですか、では呼びに行かせましょう」


「いやいや、別にあの子達は勇者様御一行なんかじゃないから」


 確かに御一行には違いないのだが、単なる村の子供会の団体なのですけど⁉


 子供達も、それなりには言葉遣いなんかも教えたけど、いきなり王都の侯爵家に上がり込めるレベルには仕上げていないのでなあ。

 というか、そこまでいくとこの俺ですら心許ないのだし。


「しかし、今夜は晩餐になりますし」


 え、晩餐?

 ちょっと待ってくれない?

 御飯前の子供達を宿に置いてきてあるんだから。


「わ、わかった。

 ちょっと待って、眷属に連絡するから」


 俺は宝珠を出してフォミオに連絡した。


「ああ、フォミオか?

 実は何か知らんのだが、急にカイザの実家に御邪魔する事になってな。

 へたすると今夜は戻れないから、子供達の世話はニールと二人で頼む」


「そうでございますか、ではそのように。

 カイザ様と子供達は実家に行けたのでございましたか。

 それはようございました」


「お、おう。

 まあそういう事なんで、また連絡するわ」


 こうして俺はカイザ一家と共に、王都アイクル侯爵家の客人と相成った。


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