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3-66 懐かしの我が家

 宿は高級宿を取ってあるので、夕食前の時間に例の案件を済ませる事に決め、子守り要員二名に残り七名の子供達の世話を任せて俺達一行は宿を後にした。


 そういう訳で、あのように上等な宿に泊まった事がない、というか宿に泊まる事さえ滅多にない子達が楽しく王都ライフを満喫していた。


 広いから少々走り回ったってどうという事はない。

 魔道具による防振防音も完璧なのだ。

 そういう部分は地球の高級宿よりも優れているのだから。


 そして俺達はカイザの実家の前、というかそれがあるゾーンたる貴族街の前あたりで、少し離れた木の蔭でその街並みを眺めていた。


 彼の実家は王都の中心部からやや歩いた場所にあり、そこの出入り口には地球の外国の工場地帯なんかで従業員と家族の安全を確保するためにある隔離された生活区域のように侵入防止バーが設置されていて、貴族ゾーン全体を警備する兵士が見張っていた。


 これはもしかして中には入れないのではないかなと思ったのだが、カイザの奴は不意にそこへ近づいていった。


「おいおい」


 だが、彼は笑って片手で俺を制した。


 そこにいたカイザと同じくらいの年齢の兵士は、近づいていったカイザの顔を見ると、その若干厳つい顔を緩ませた。


「おやおや、これはまた久し振りじゃないですか。

 アイクル侯爵家のカイザ・ゼガ・フォニア・アイクル様。

 いやいや、今は誰よりも国王陛下に忠実な一介の騎士カイザ・アイクルだったか。


 よく王都へ帰ってきたな、カイザ。

 嬉しいぞ、もう二度と会えないのかと思っていた」


 言葉尻とそのカイザに向けた懐っこそうな笑顔からして、どうやら王都時代に仲が良かった知己らしいな。


 通してくれないようだったら、勇者権限、あるいは『SSSランク冒険者の顔』で押し通そうと思っていたのだが、どうやらその必要はなさそうな空気だった。


「ああ久しいな、ピノ。

 元気にしていたか」


「ああ。

 しかし、どうして今頃この王都に?

 ははあ、さてはそこにいる勇者絡みなのか」


「いや、そいつが話は逆でな。

 我が家絡みで、そこの人のいい勇者が付き合ってくれているだけなのだ。


 うちの子達が王都を見たいと言ってな。

 たまたま、そこにいる子煩悩な勇者が連れてきてくれただけなんだ。

 まさか、この俺が今更王都の土を踏む事になろうとは思わなかったよ」


「そうだったのか。

 なんにしろ、嬉しい限りさ。

 さあ行ってくれ。

 この街はお前を決して忘れない。

 その人生を王国に捧げてくれた偉大な騎士の名をな」


 そして彼らは静かな慈愛に満ちた挙手で俺達を見送ってくれた。


「知り合いなのか?」


「ああ、父は『貴族ばかりの学校などにやっても国に尽くす人生の糧にはならん、平民も通う学校へ行くがいい』と言ってくれてな。

 そこで仲の良かった連中の一人さ。

 学校時代はよく一緒に馬鹿をやったもんだ」


「そうか、今夜は会えてよかったな」

「ああ」


 こいつめ、なんていい顔をしていやがるんだろうな。

 これを見られただけでも今夜一緒に来た甲斐があったというもんだ。


 そして、俺達はそこから歩いて十分くらいの場所にあるカイザの実家を訪れた。

 と言ってもそっと眺めるだけなのだが。


 チビどもは道中、周りをキョロキョロとして見回していたのが少し不憫だ。

 本来であれば、ここがこの子達の街、王都の貴族街なのだから。


 やがて、その姿を現したカイザの実家は、確かに古くからの名家というだけの事はある立派な佇まいであった。


 立派な金属製の、地球でも有数の大富豪の邸宅でも通用するのではないかというような長い塀に囲まれ、周囲を樹木で覆われている。


 中は広い庭園を持ち、その間から垣間見えるお屋敷は勇壮なものだ。

 小さな宮殿といってもいいサイズなのだが、カイザはこんな事を言っていた。


「ふう、あまりに懐かし過ぎて、なんとも言えない気分だ。

 俺は昔、ずっとこの街で生きていくのだと思っていた。

 しかし再び世に魔王なる者が現れ、王が自ら屋敷にやってきて辺境の地に行ってくれるよう俺に懇願した」


「懇願ねえ」


 そういや、あの王様も王はやたらと人に頭を下げてはいけないような事を言っていたな。

 まさにそういう時に、ここぞという時に下げるべきものという事か。


 相手の人生を国のために差し出させるような非情の時に。


 本来ならば俺のような人間に下げるような安いものではなかったのだろうが、あの王様は何度もこのしがないハズレ勇者の俺に謝罪の言葉を送ってくれた。


 それを見ていた周りの人間は、決していい顔をしていなかっただろうな。

 俺は思わず感慨深く、あの人の出来ていそうな年老いた王の顔を思い出してしまった。


「まあ、いろいろと難しいもんだ。

 結局、最後には召喚勇者を使わざるを得ないようになる事を、前もって王自身もわかっておられたのだろう。


 あれもなあ、王の一存では行えるような物ではなくて、まったくもって難儀なものよ。

 また事ある如く無能な議会が王の足を引っ張って困る。

 魔王も一頃はずっと大人しくしていたのに、なぜまた戦いの道を歩む事にしたものか」


「うわあ、異世界も大変なんだなあ。

 うん、うちの世界もそういうのが大変でなあ。

 むしろ完全独裁国家の方が上手くやっているよ。

 その代わり内部闘争が激し過ぎて、ライバルに負けたが最後、血の粛清の嵐が吹き荒れちゃうけどな」


 どうも、この忠義者はそのような観点からも、辺境から王を支えるべく栄光に満ちた人生を投げ捨てて、自らあの地に赴いたようだ。


 うっわあ、これが国を想う貴族の真摯な想いか。

 その代償があまりにもキツ過ぎて強烈過ぎるー。


 なんだか、この自由奔放なハズレ勇者の立場が幸せ過ぎて泣けてくるぜ。


「そして、あの馬鹿者の弟と来た日には。

 よりにもよって王に向かって、このような事を言ったものさ。


『ふざけないでください、陛下。

 どうして、あの碌でもない屑どもが陛下の足を引っ張った尻拭いが兄に皺寄せるというのですか。

 それくらいなら、その任務を私に命じてください』とな」


「それでどうしたんだい?」


「その時、あの陛下はこうおっしゃったのですよ。

『すまんな、兄想いで国想いの弟君よ。

 このわしが、この国でもっとも信頼する者にこの任務を任せたい。

 すまんが、それは出来ぬ』とね。


 あの人間のよく出来た陛下に、二度も謝罪の言葉を言わせてしまっては、一体私にどうしろというのですか。

 お帰りなさい、兄上」


 俺は突然背後から話しかけられて、物凄く驚いて振り返り、目を見開いてそのカイザによく似た容貌の男を見た。


 ここがダンジョンなんかじゃなくって通い慣れた王都なんで、思いっきり油断していて索敵を怠っていたわ。

 いやあ、SSSランク冒険者失格だぜ~。


 そこには、やや小太りだが年の頃は同じくらいなのでカイザと双子の可能性もある、彼の弟を名乗る男が立っていた。


 涙をボロボロと流して、兄であるカイザににじり寄って掴み、スッポンのように離さないという構えだ。


 そして俺の頭の上で忍び笑いが巻き起こる。


「カズホは相変わらず、感知がへたくそだね。

 今の一幕が、君を倒せるほどの強力な魔人だったらどうするつもりなんだい?」


「そんな事にでもなっていたら、エレよ。

 お前のためにチョコを出してくれる人間がいなくなるだけなのさ」


「おっと、この世でそいつだけは願い下げだな~」


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