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3-59 辺境村の子供会、王都へ行く

「ふふ、みんな立派な挨拶ができるのですね。

 村の小さな子供達とはとても思えませんんわ」


「将来どこで何をやるにしろ、挨拶の一つもできなくてはね」


「ところでカイザ様、本日はどのようなご用向きでございましたか」


 ああ、この二人は顔見知りなんだな。


 まあ当然か、それにカイザも元は王都で名門侯爵家の跡取りだったのだから、社交界などでも知り合いだったのではないか。


 舞踏会で一緒に踊った事さえ、いや同格の貴族家同士であるならば婚姻の話さえ出ていたとしてもおかしくあるまい。


 俺がそのように神妙な顔つきで二人を見ていたので、カイザが頭をかいていた。


「今日は久しぶりに王都へ行く予定でして、何日か村を留守にしますのでモールスに伝えておこうと思いまして」


 それを聞いたジュリアナさんの瞳が少し揺れた。


 まあカイザが家を出た事は貴族の間では有名な話なのだろう。

 名門侯爵家の有望だっただろう跡取りがいきなり王都から消えた事件なのだ。

 しかも、それをやらかしたのが現国王だしな。


 カイザを娘の婚姻相手として見込んでいた家などは肩透かしもいいところで、娘の結婚相手の優先順位さえ変更を余儀なくされた貴族もあったのではないだろうか。


 王命とはいえ、そんな形で二度と王都へは戻らない覚悟で家を出ただろう、頑固で融通の利かない、王に対してこの国一忠実な騎士カイザ。


 そんな男が一瞬とはいえ王都へ戻る。

 そのカイザがいる辺境を預かるビトー辺境伯家の子女としては、思わず心も動こうとはいうものか。

 

 だが、その内心の発露もほんの僅かな一瞬で、その美しいグリーンターコイズの瞳に宿した揺れる心が、逡巡する事無く瞬きほどの遅滞もせずに常態に復したのを垣間見て、俺は目線だけを感嘆の証として彼女に贈った。

 そして彼女も俺に対してまた同様にしてくれた。


 それを見て、僅かに苦笑して唇の端を上げたカイザだったが、妙に嬉しそうな表情の気がするのは俺の気のせいか。


 だがアイクル家のお嬢様方は、そのような大人達の微妙な空気などまったく読まなかった。


「えー、もう行っちゃうの。

 もうちょっと、ここを見たかったな」


「でも王都にも早く行きたいな」


「もう!

 ここは村から近いんだから何度でも来ればいいだろうが。

 今日は王都行きが目的なんだからな。

 さあモールスさんのところへ行くぞ」


「はあい」


 そして素敵な画廊に未練たらたらな様子の子供達を連れて、俺達はジュリアナさんの案内でモールス氏のいるオフィスへと向かった。


 だが彼は開口一番、驚いたようにカイザと俺を交互に見た。

 ん? どうかしたのかな。


「カイザ殿、いかようになさったか。

 勇者カズホまで一緒とは!

 まさか、また魔王軍幹部の魔人出現か」


 うーん、そっちの話題だったか。

 まるで俺が来ると、ここが魔人の襲撃を受けるとでもいうような。

 ああいや、前回ゲンダスの時はまさにそうでしたね……。


 ザムザの方は宗篤姉妹の管轄だからな。

 王都まで魔獣ミールの襲撃を食らっているくらいだ。


 ただ今絶賛、この国は魔人や魔獣からの襲撃の大バーゲンセール中なのだ。


「ああいや、実は少しの間王都へ行くので、あなたに一言だけ言ってからと立ち寄っただけなのだが」


「なんと!

 あ、あなたが王都へ行かれるのだと!

 しかも勇者カズホを引き連れて~」


 モールスさん、あんた……いろいろ台無しだよ。

 そうか、カイザを連れて王都へ行くのは、そこまで反響があるものだったのか。


 冷静な対応で、いかにも有力貴族の子女といった振る舞いのジュリアナさんに対する俺の評価は、更にストップ高ばりに上昇していった。


 だがモールスさん、あんたは駄目だ。

 カイザとは違って最初から木っ端役人に過ぎない彼の株は、本日のストップ安銘柄に指定しておいた。

 いっそ証券取引所の管理ポスト行き(上場廃止直前の株式銘柄の墓場)にでもしておくか。


 それから二人に見送られて、俺達は天界航路を悠々と王都へと向かった。


 俺は以前よりも高度を取っているマルータ号からの景色に夢中な子供達を横目に、カイザに一言だけ言っておくことにした。


「なあ、カイザ。

 あんたを王都へ誘うのは、やはり少々まずかったのかな」


 だが彼はまるで噴き出すかのように笑った。


「お前、今更それを言うか。

 まあ気にするな、どうという事もない。

 それよりも娘達の事をそこまで考えてくれていた、お前の気持ちの方が嬉しい。


 まあ、なんだかんだ言って、王都にルーツを持ちながらそれについて知らぬあの子達を不憫には思っていたのは否めない。


 遠すぎる王都へ、任務で辺境を離れられない俺が連れていってやる事などもできないだろうと思っていたのもあるのだが。


 しかしなあ、まさか勇者なんて者が我が家に転がり込んできて、よもやこのような空飛ぶ馬車までこしらえて、物見遊山で娘と一緒に王都見物とはな。

 夢にも思わぬとは、まさにこの事よ」


「ああ、物見遊山っていうか、段々と社会見学をテーマにした子供会の行事というか寺子屋行事というか、そういう物になりつつあるな。

 できたら、あの召喚山の麓の城も含めて村のテリトリーという事で、あれこれとやってみたいんだよなあ」


 主に俺のお楽しみのためにな。


 辺境に無残に打ち捨てられた勇者が、その辺境にあれこれ建てたり持ち込んだりして、「こんな物はもう辺境の村ではない!」などと王に言わせて頭を抱えさせる。


 想像してみただけで、ハズレ勇者様としては、それはもう実に痛快なんだぜえ。


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