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3-58 芸術家の街ビトー

 邸内もまた立派なもので、役所という事で多くの人も訪れるため、通路も広くて幅は三・五メートルから四メートルの間ではないだろうか。

 普通サイズの4LDKマンションのリビングの幅くらいはありそうだ。


 壁に絵画が多数かけられており、意外と色彩の豊かさは地球に比べて遜色がない気がするのに驚いた。


 そういえば、地球でも昔から絵具(えのぐ)は素晴らしかったよな。

 あれを現代で復活させて古い絵を修復するのは、さぞかし大変な事だろう。


 今の技術で工業的に生産する絵具は、昔の手作りの絵の具とは製法や材料もかなり異なるからな。


 まるで美術館兼任の施設のようだ。

 この芸術の都のような街ならば、専門の美術館などがあっても決しておかしくはないだろう。


 子供達は好奇心を刺激されるのか、もはや美術館巡りの学校外授業でもしているかのようだ。

 だが、一人の男の子が一枚の絵の前で足を止めた。


「ねえ、カズホ先生。

 この絵は何が描いてあるの。

 タイトルは『雨の都』って書いてあるのに、なんだか、ぐちゃぐちゃな物が色んな色で描かれているだけだよ?」


 俺はその子の頭を撫でてやり、思わず笑いかけた。


 このただ通路を華やがせるためだけに飾られていた絵は、傲然とその存在感を放ち、この子の心をその場に繋ぎ止めたのだ。


「ああ、そういう物はな。

 ただ風景を描いてあるだけじゃなくって、その人が見て感じて、そして頭の中で膨らませた情景というかイメージを画面に叩きつけているというか、そういう物なのだと思う。


 その人が感じた、その人にしか表せない情熱や形、そして時にはそれを思う様に描き切るための技法さえ生み出すんだ」


「そうなの~?」


「ああ、この絵は俺にはなかなか素敵な物に思えるね。

 ほら、そこいらに飾られているような、ただ平坦に塗られた絵のようではなく、よく絵筆に溜めた絵具をパシっと叩くような感じで使い、そのしぶいた形さえ激しく地面や窓を叩く雨を思わせる。


 またあるいは、ぐっと筆を力強く留め置いて、ぎゅっと絵具を濃く強くねじ込むようなタッチで、立体的に厚みを持って描いた部分もある。

 この絵なんかは全体的にそういう描き方をしているね。


 いろいろな描き方を考え出す事で、雨が大地を、街を力強く叩く様を表現しようとしたのではないかな。

 もしかしたら、そのための絵具さえも技法別に自分で調合しているか、あるいは錬金術師に依頼して何度も試行錯誤した結果の成果なのかもしれない。


 そして街の灯りが雨で滲む様なども想起させるような工夫があり、この美しい芸術の街を、雨という一種の風情を通して見たような感じに仕上げてみたのではないだろうか。


 もしかしたらガラスの窓の内側から見た、激しい雨が音と共に全力でその終着点を心へ叩きつけてくるような風景に喚起されて描いた作品なのかもしれないね。


 そして、その精神や技法などは、それを見た他の人間にも継がれていくのさ。

 だから非常に優れた技法や、目新しくて誰もが使ってみたくなるような技法などは流行するはずだよ」


「うわあ、絵って凄いなあ」


 何かこう、すっかり絵画という物に心を取られてしまったその子トマスは、そういえば書き取りの時間にも自分で絵を描いたりしていたっけな。


 まあ私設寺子屋なので細かい事は言わなかったし、まだ幼稚園コースなので。

 別に王都の学校へ行かせるわけじゃあない。


 農村にいながら、絵本でも読めればそれでいいのだから。

 将来は普通に書物でも読めれば、大いに人生で役に立ってくれる事だろう。


 あるいは村から出て自分の道を行く子もいるのだろうし、文字くらいは読めたらよいし、他に多少の教養なんかがあってもいい。


 フォミオも子供達が各々自分達で学んでいけるように、のびのびと授業をしているらしくて、学び方は各自に任せっきりだ。


 フォミオは事あるごとに子供達の教材を俺に強請るので、街に行く度に本や文房具、その他では日本のデパートの玩具や趣味の品を並べてあるコーナーにあるような『面白い物』が何かあれば買ってくるし。


 また日本にあったような物を参考にして自分で思いついた物があれば、図に表して詳しい文章での説明を添付して材料も見繕っておくと、フォミオが暇な時間に飽かせて作ってくれている。


 あの規模の村にしては教育玩具などの充実は、この異世界随一なのではないかと自負している。

 所詮は焼き締めパン村なので、あまり活用されてはいないがな。


 それでも、たまに常連以外でもスポットで遊びに来てくれる子もいる。

『給食』やおやつを出しているので、それが目当てでくる子もいる。


 そういう場合も、自分の名前くらいは憶えさせてから家へ帰すのだ。


 うちで文字を学んだ子には、村の鍛冶屋に作らせた立派な金属製バッチの『名札』を持たせてやるので、いつでも自分の名前の字を見られるだろう。


「そうだね。

 その人の心を動かした物が、絵という形に切り取られていくんだ」


 そのあたりが写真とは大きく異なるが、写真家もまた芸術家だ。


 そのレンズの切り取った()は、単なる現実の風景だけでなく、その風景や人物を見たカメラマンの心の瞬間を現わしたものでもある。

 それを技術で持って切り取っているのだから。


 そして、そのうちに地球ではコンピューターがAIで実際の風景を『感性のままに』加工して作るAI芸術写真なんかが登場するのかもしれない。

 小説なんかはもうAIによって書かれ始めているしな。


 生憎な事に異世界島流し中の俺達勇者は、そういったITの最新成果はもう拝めそうもないのだが。


 今度、フォミオやニールに何か描かせてみるか。

 あるいはエレのような精霊にも。


 ザムザやゲンダスなら、どのような絵を描くものだろう。

 あ、それ凄く気になるな。


『魔核眷属は芸術作品の夢を見るか』


 俺がそのような夢想をしながら、子供達と一緒に絵画の群れを熱心に鑑賞していたら、背後から何か躊躇いがちな咳払いが聞こえてきたので、俺は振り向いて何気にその主に訊いてみた。


「ん? カイザか、どうかしたのか」


 俺にごく自然にそう言われてしまって、思わず言葉に詰まるカイザ。


「あ、いや、そのなあ。

 カズホ先生さん、子供達へ熱心に授業をしているところを悪いのだが、ここへはちょっと用足しに来ただけなので、授業の続きはまた今度にしないか」


 その言葉に、俺も子供達も目を真ん丸に見開いてしまった。


 別に目で抗議をしていたわけじゃあなく、ここへ来た要件を思いっきり失念して芸術に熱中していた事を思い出しただけで。


 それを見てカイザも苦笑している。

 こういう事も、あの村ではできない体験だからな。

 あの村で唯一の役人である彼にも思う事があるのだろう。


 通常の村の振興のためには、彼も何一つ働いてこなかったからなあ。


「はは、悪い悪い。

 ここの絵画があまりにも素晴らしかったものでな。

 まさか異世界でこのような美術館に出会えるとは」


「凄いんだよ、カイザさん」

「お父さん、とっても素敵なの」


 よし、次回の授業は、この世界ではまだ大変貴重な絵具をふんだんに使った美術の授業だ!


 だが、意気込む俺の後ろからまた別の声がかかった。

 振り向くと、なんというか地球でいうところの、下がスカートタイプの清楚な紺のスーツを着て眼鏡をかけた、まだ若い、まるで美術館のキュレーターさんを思わせるような女性が立っていた。


「ふふ、ビトー領主館美術回廊へようこそ、勇者様。

 先日はビトーの街をお救いくださってありがとうございました。

 ここの絵は御気に召しましたか?」


 だが俺よりも先に子供達が叫んでいた。


「凄いの!」

「芸術の都ビトー、万歳」


 その様子に満足そうなその人は、しっかりとした地球風の礼をしてくれ、そして名乗った。


「ビトー領主館美術回廊担当のジュリアナ・フレイラ・ビトーです。

 どうかお見知りおきを、カズホ様」


「これはどうもご丁寧に。

 え、ビトー?

 もしかして、御領主様の?」


「はい、領主である父ビトー辺境伯に代わって御挨拶をと思いまして。

 生憎と父は今、先日出現した魔人の件で王都へと赴いております」


 おっと、思いもよらないところでご領主様に御世話をかけていましたね。

 これだけ広い範囲を管轄している辺境伯というと、ほぼ侯爵相当の地位のはずだが。


「みんな、こんな風に立派な御挨拶をされたらどうするのかな」


「マーシャです。こんにちは」

「アリシャだよー、にちは~」


「こんにちは、トマスです。

 ここは本当に素晴らしい場所です」


「こんにちは、レイラです。

 ビトーは素敵」


「こんにちは、ラウです。

 ビトーは綺麗で御飯も美味しいから好き」


「ハンナだよ」

「ライナですー」

「トム」

「ベン」


 段々と後の方は年齢的に挨拶が怪しくなっているが、まあ村人幼児にしては良く出来た方なのではないだろうか⁉


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