1-21 凶報
それから数日して、小屋の外の薪割用の丸太の台に座りながら、鍛冶屋に新調してもらった一回り大きなサイズの槍の具合を見ていたら、外回りから帰って来たらしいカイザが少し難しい顔で話しかけてきた。
「カズホ、少し話がある」
「なんだい?」
俺はそれとは別に投擲用の新兵器も作ってみたので少し心が浮いていた。
また銀貨も大量に増やしておいたので、徒歩で半日先にあるという宿があり行商人も来ると言う村まで行ってこようかと思ったのだ。
「また森で魔物が出たらしい」
「そうか」
俺も難しい顔で短く答えた。
近所に危険生物が出るのはありがたくないもんだ。
日本じゃ小さな毒蟻や毒蜘蛛が発見されただけで大騒ぎになるのだからな。
狼はいないが、熊や猪などが出れば日本でだって新聞ネタになる。
小学校の通学路なんかに熊でも出ようものなら地域丸ごとで大騒動だ。
「今度は熊だそうだ」
「熊ねえ」
おっと、噂をすればなんとやら。
なんかこう宇宙人っぽいような奴とか昆虫スタイルの奴とかは出ないのかね。
動物シリーズだと、でかい動物なのか魔物なのかよく区別がつかん。
「なあ、そういうものはどうやって動物と魔物の見分けをつけるんだよ。
狼はなんとなくわかったけれど、ただの大きな動物なのかもしれないじゃないか」
「ただの動物とは凶暴性が違う。
それに力や生命力なども桁違いだし、見かけも狼同様にすぐ見分けがつくだろう。
高位の魔物なんかはスキルや魔法を持っているぞ。
お前ら勇者の仲間と同じでな」
俺と同じようなスキルを持っている熊とかがいたら爆笑ものだが、そんな奴は絶対に相手にしたくない。
熊公はすぐ芸を覚えるほど頭がいいからな。
あのパワーで、その上この力なんか使いこなされたら超ヤバイぜ。
「げ。
そいつは剣呑な事だな。
言っておくが俺達は王国が言うところの勇者ではないぞ。
本物の勇者は男の餓鬼が一人だけで、あとの有象無象の連中はただのオマケなのさ。
いろんな力を持っているが真の勇者としての力ではない。
おまけに俺はその集団にも入れなかった落伍者なのだ」
「そうなのか?」
「ああ、そいつは王様や神官達が確認している。
それで?」
「あと、強い魔物は体の中に核のような物を持っている。
それを破壊しないと活動が止まらない場合もある。
狼のような奴は多分核を持っていなかっただろうが」
「魔物の核、魔核ねえ」
魔物って、そんな物を持っていやがるのか。
大型の魔物は手強そうだな。
熊なんかだとピンからキリまであって、性格や種類にもよるのだろうが。
「ああ、高位の魔物なんかだと体の奥に持っており、それを壊さないとすぐに体を再生して戦い続けるようなものもいる。
そいつらはまた凄い力を持っているから、そのタイプを見たら逃げろ」
「そうだな」
でもそんな物を野放しにしておいたら、この村が滅びちまうよ。
逃げるのなら、あれこれと試してからだな。
魔物の湧く森か、それはまた面倒な。
せっかくいい感じにここで御世話になっているというのに。
もっとも、魔物が湧いたせいで、ここに御世話になれているのも確かなのだが。
「カイザ、あんたは見に行くのか?」
「俺は守り人として見てこねばならん。
この召喚の地アルフェイムには魔王の軍勢が現れやすいのだ。
今回もその懸念があるし、それもまた見届けるのが我ら守り人の使命だ。
勇者と魔王、どちらが現れても結局は理から引き合うように両者が揃い、そして激突するのだから」
「やれやれ、俺も一緒に行っていいかな。
どんな奴か見ておきたいから。
いきなり寝込みを襲われるのはゴメンだぜ。
戦って勝てる奴なのか、みんなで逃げたらいいのかも見極めたい」
するとカイザの奴はさもおかしそうに、くっくっくと笑い出した。
「なんだよ」
「いや、あまりにおかしくってなあ。
だって、お前はスキル持ちの強者ではないか。
それが、そのような腰抜けぶりを堂々と披露されてはな」
「やかましい。
命あっての物種という諺、この世界にないのかよ。
それに俺はただの失格勇者だ。
しかも巻き込まれてきちまったのに、いきなり勇者の仲間採用試験で撥ねられたんだぞ。
ここまでの屈辱を味わわされた経験なんて、この人生で生まれて初めてだわ」
「まあ、今はこの世界がそこまでせっぱつまっていると思っておくれ。
人の世界は魔物の軍勢にやられ、今は人同士で争うのも難しいほどよ。
王達もそんな『平和な時代』が懐かしいと」
「一体どんな世界なんだよ!」
まったくひでえな。
人間同士が争っていられる世の中が平和でしょうがないんだと?
今、どれだけ騒ぎになっているんだ。
こりゃも資材調達を兼ねて、王都もいっぺん見てきておいた方がいいんじゃないのか?
「とにかく俺は行かねばならん。
一緒に来るなら来てほしいし、もし来ないのであれば娘達を頼む」
「だから一緒に行くっつってんだろうが。
お前の娘達はどこかで預かってもらえよ」
「わかった。
子供達は亡くなった妻の姉に預けていこう」
そしておチビさん達を預けてから、俺とカイザで森へ身に行く事になった。
道すがら話してくれたが、村で手に負えないようであれば『冒険者』を呼ぶと言う。
前回の狼でも本当は冒険者の管轄レベルの案件なのだと。
「冒険者を呼ぶかどうかも見極めないといかん。
今、王国軍は来られないだろう。
魔王軍の活動も活発なのだから。
狼も、お前がいなければ村中が逃げ出して彼らを待たねばならなかったかもしれん」
「冒険者ってどんな連中なんだ?」
俺の頭の中には、もちろんラノベなどによく登場する、あの冒険者の勇ましい格好が浮かんでいる。
「仕事は多岐に渡るので一概には言えないが、国や領主の兵が担当できない魔物を退治するのがメインの職業集団だ。
魔物一匹が出る度にいちいち出動していたのでは軍の連中も本来の仕事ができないからな。
冒険者も魔法やスキルを持っているが、お前ら勇者の仲間のそれみたいに馬鹿みたいに凄いスキルは持っていない。
基本は武器を持って戦うのだ。
傭兵と同じで雇うにはかなり金がかかる。
奴らの仕事の窓口は大きな街に行かないとないし、前金を持っていかないと駄目だ。
行った先で依頼した村が壊滅しているなんて事もあるからな。
損失を生む、その手の無駄足は非常に嫌がられる。
だから連中もこんな田舎には来たがらんのが、また面倒だ」
へえ、魔物の駆除業者みたいなものなのか。
スズメ蜂の巣が出来た時とかに、お役所に言うと業者さんが来てくれたりするのと同じなのかねえ。
冒険者って商売も悪くいはないもんだ。
この先の選択肢の一つとして頭の隅にでも入れておくとするか。




