3-55 村の英才幼児達
「お帰り~」
いつものように子供達が、カイザの家で頭を鈴生りにして出迎えてくれた。
本日帰ると連絡しておいたのだ。
いやあ、『電話』っていうものは便利なものだ。
俺は駆けよってきた幼児共に御土産を配った。
今回は冬の間に家で遊べる、あるいはあれこれ学べるような物を中心に選んできたのだ。
「御土産はどこの街の?」
「ビトーだよ。
今回はビトーを経由してダンジョンでお仕事だったからねえ。
マーシャ、冬が来る前に一度王都まで行こうか」
「本当~、やったあ」
「王都ー」
すると、他の子達がもぞもぞとしていたと思ったら、やがて言い出した。
「あのう、カズホ先生」
この子達は、色々と便宜を図ったり、あるいは時々彼らに何かを教えたりする俺を先生と呼んでいる。
「俺達も王都へ連れていっていただくわけにはいきませんか。
参考までに、この国で一番凄いところを見ておきたいんです」
村の子なのだが、ここへ通っている子達はこういう立派な話し方も覚えた。
俺としては是非そうしてやりたいのだが、一つだけ気がかりな事があったのだ。
これは俺が何かをして解決してやるわけにはいかない、彼らの心の問題なので。
今回は思うところあって彼らを王都へは連れていかないつもりであったのだ。
「なあ、お前達。
王都は非常に先進的で煌びやかなところだ。
あそこへ行ってしまうと、もしかしたら今の自分の生活や仕事がつまらないものに見えてしまうかもしれないが、それでもいいのかい。
現状では、ベンリ村で便宜を図ってもらったり、このカイザの家で勉強したりするのが関の山なのだが。
ビトーも煌びやかではあるものの、やはり辺境の街だし、まだいつでも行けるような近い場所だからいいと思っていたのだけれど。
そのあたりは、みんなどうなんだい」
子供達は、そういう事はまったく考えていなかったとみえて皆で顔を見合わせたが、その返事は実にシンプルだった。
「「「行きたい」」」
「だって、こんな辺境の中の辺境の幼児が王都を見聞できる機会なんて本来なら絶対にないんだもの」
「まず至高の世界を見てみたいです」
「今の世界の進歩とか、その突き当りを確認しないと自分の立ち位置がわかりません」
「カズホ先生も言ったよ。
百聞は一見にしかず、って」
うーむ、うちの村の幼児って、めちゃくちゃ考え方のレベルが高い。
まあ俺も、あれこれと結構吹き込んでしまったのだが。
この異世界の辺境の村では、地球的な考えの一端に触れると、幼くして大きく精神が成長する事もあるのかもしれない。
「そうか、じゃあ明日から王都へ一回行ってみようか。
日程は未定なんだけど。
俺もまた一回行ってこないといけない場所ができてな、その前に行きたいのだ。
まあ今回は長く留守にする予定だったのが早く帰れた事だしね」
「本当~」
「その代わり、親からお許しを貰えた子だけだぞ。
まあ、収穫祭も終えて村も冬支度の準備だしな。
畑の世話はもうそうないと思うし、お前達の担当の薪は、もう十分な量は集めたよね」
「はい、カズホ先生が用意してくださっていましたので、春まで十分な量があります」
「まあ、もし足りなくなっても、薪なら分けてあげられるから大丈夫だ」
薪なんかも必要に応じて万倍化して作れば困らないだろうしな。
例の鉱石には本当に助かった。
あれが今回一番の収穫と言ってもいいのだ。
好きな時に万倍化できるのは本当にありがたい。
今までは戦闘にしろ何にしろ、この回数制限リミッターにずっと苦しめられてきたのだし。
あと、俺はずっと考えていた事があったのだ。
それもマルータ号を完成させた頃から、いやその前からなのかもしれない。
他の子供達は勇んで、それぞれの親の許可を貰いにいってしまったので、俺はカイザの家の中へ入っていった。
彼は書類仕事をしていたので、タイミングを見計らって声をかける。
マーシャ達は俺の小屋の方へフォミオを捜しに行ってしまったので、この話をするのは都合がいい状況でもある。
「なあ、カイザ。
今ちょっといいか」
「ん? ああいいぞ。
今はたいして急ぐ仕事でもない。
どうした」
「ああ、こっちもそうたいした話じゃないんだが、ずっと気になっていた件だ。
明日、マーシャとアリシャ以外の子供達も王都へ連れていく予定なんだが」
「ああ、冬前に行ってきたいと言う話だったな。
うちは構わないぞ」
「ああ、そうじゃなくてだな」
少し言い辛い。
本来であれば、赤の他人である俺が、ずけずけと踏み込むべき内容じゃないことくらいは弁えてはいるんだがな。
しかしそれでも、という気持ちがある。
今では、あの子達の事は自分の身内だとさえ思っているのだ。
もう二度と会えないだろう、故郷にいる幼い親族の姿に重ね合わせているのかもしれないが。
それに斎藤さんと佳人ちゃんが仲直りした話があってからは、また余計にな。
俺が珍しく逡巡しているのを見て、カイザが促した。
「何をそう躊躇っている。
お前らしくもないな。
言いたい事があるのなら、はっきり言ってくれていいぞ。
どうせ、お前の事だから何か俺に気兼ねしているんだろう」
「わかったよ。
なあ、お前の実家は、まだあの子供達を見た事がないよな」
ようやく俺が躊躇っていた理由に思い当たったのか、奴は体から少し離れた場所まで展開されているだろう第二層オーラさえ引っ込めるかのような勢いで沈黙した。
いきなり弱点を急襲されたといった按排で、無意識に精神が守りに入ってしまうのだ。
俺もあまり無闇には踏み込みたくない領域の話なのだ。
仲がいいからこそ追及してはいけないような事もあるのだが、だがそれでも俺は訊いてやりたかった。
そして、それを理解してくれているだろう奴も、おもむろに重い口を開いた。
「そうか、まあそうだ……な」
「実家は貴族の家なんだよな」
「ああ、我が国の侯爵家の中でも、古くからある名門で格式の高い、大きな侯爵家だ」
「あの子達もその血は引いているわけだ」
「ああ。
だがうちの子に相続権や継承権などはないぞ。
無論、そんなものは俺にもない。
ここへ来る前に、しがらみは一切捨ててきたから、俺は一介の王国の騎士カイザだ」
「ああ、別にそういう話じゃあなくってだな」
だがカイザは手でそれを制すると、いきなり席を立ち、まだ時間も早いのに酒とグラスを引っ張り出してきた。
今年は皆で山ブドウを取りに行って、フォミオも酒を作ってくれていた。
まだ今年の奴は出来ていないので、これはカイザが一人で作った分の酒だ。
いい酒は俺がたくさん買ってきたのだが、相変わらずカイザは地元の酒に拘っていた。
何か奥さんにまつわる思い出でもあるのかもと思っていたし、あるいはただそういう事が好きなだけなのかもしれない。
それとも、もう俺はここの人間なのだから、ここで作った酒やパンで生きていく。
そういう拘りや覚悟もあるのではないかと思ったのだ。
だから余計に王都の話は切り出し難かったのではあるが、個人的には血縁の繋がりの少ないあの子らに、お前達にはもっと血の繋がった一族はいるんだよと教えてやりたかった。
ただ、それだけの話なのだ。
たとえば、カイザが何らかの事故や病気、あるいは魔物などと戦い死んでしまったとする。
そうなると、もう村に住む母方の僅かな親戚だけしかいなくなってしまうのだ。
日本でもそうなのだが、そういうところでも代替わりしたらこの子達の事も血縁としては徐々に忘れられていってしまうだろう。
忘れられずとも関係は希薄になっていく。
あるいは将来、あの子達が大好きな憧れの王都に住みたいとか思った時にも、頼れる親戚が向こうにあるとないとでは大違いだ。
グラスに俺の分の酒も注ぎながら、カイザは話に戻った。
「お前がそういう奴なのはわかっている。
大方、母を早くに亡くしたあの子達が『お爺ちゃん、御婆ちゃん』の顔も知らないのは不憫だとか、この俺に何かあった時にとかいう話なのだろう」
「ああ、まあそうなんだが、お前が家を出た経緯は聞いた訳だし、そのまあ本来なら俺なんかが口を出す話じゃあないんでなあ。
それに、もしそれが原因で実家と揉めたりしたら、お前やあの子達にも却って嫌な思いをさせちまう事になるわけで。
俺として非常にも言い出しづらい案件なのだ。
だが、あの子達が初めて自分のルーツである王都へ行くのに、実家へも顔を出せないというのはどうなのかとか思わず考えちまってな。
ここは是非、お前の意見を聞いておきたい」
それについては、やはり難しい問題なのだろう。
カイザも天井を眺めて、フウーっと酒臭い深めの溜息を一つ吐いた。




