3-49 爆弾采女の、お姉ちゃん奮闘記
その懐かしい邂逅に沸く輪の中で、少し暗い顔をした一人の女性勇者が、宗篤姉妹が他の女性勇者達と主に村のお祭りなどについて話している場面に近づいていった。
だが、彼女らには話しかけてはいかずに、それをぼんやりと眺めながら酒のグラスにそっと口を付けていた。
ははあ、これが例の。
気が付くと泉が俺の傍に来ていた。
そっと目配せしてくるのに俺も頷いて、彼女に声をかけた。
「やあ、斎藤さん。
お祭りとミールの王都襲撃以来ですか。
体調はどうです?
あのエリクサーも所詮は人からの貰い物ですから、ちょっと皆さんのその後が気になってましてね」
彼女は勇者護衛隊にはおらず、先日もミールの攻撃で一旦死亡して蘇った女性だ。
さっき泉に聞いた話によると、それ以来ちょっとおかしい雰囲気らしい。
祭りの時はもっと楽しそうにしていて普通だったからな。
もしかしてエリクサーによる副作用の可能性もあったのではないかと気になる。
何しろ熱光線みたいな物を食らって蒸発して、塵というか完全に気体化してしまった人体を再構成したのだ。
普通ならまともな人間に戻る方が常識外れというものだが、泉によれば全員まったく元通りだという。
だが、本当に全員が精神まで完全に再現されているものなのだろうか。
もし何らかの異常がある人間がいるようなら、一度エリクサーの製造元であるマーリン師に相談してみようと思っているのだが。
「あ、いえ大丈夫です。
あの時は、本来なら表に出してはまずかっただろうに、私達のために大量のエリクサーを使ってくれてありがとうございます。
おかげ様で今もこうして生きながらえております。
心身共にエリクサーの影響はありません。
問題なのは私の心の問題なのです。
これはずっと以前から引きずっていた話なので」
どうやら本日最大の課題と被る問題だったようだ。
俺はチラっと泉の方を見たが、彼女も頷いてくれた。
どうしようか。
ちょっとデリケートで、本来なら精神科の専門のお医者さんの出番のような場面なのだが。
少し考えあぐねた感じに泉が、そっと話しかけようとした、まさにその時。
まるで爆弾のように、このデリケートな現場に飛び込んできた女がいた。
なんとそれこそは、この渦中にある宗篤姉妹が姉、宗篤采女その方であった。
どうやら、この機会を逃す事無く荒療治に出るつもりのようだ。
そういや、さっきからこっちをチラチラと見ていて、俺と泉が彼女を連れてくる事を期待していたようだったのだが、事態が進展しにくいとみて爆弾テロレベルで突撃してきたらしい。
この彼女のアグレシッブな性格による突撃は『成否が半々』な事は社内ではよく知られていて、俺の先輩でもある、彼女の上司であった三課の係長はよく言っていた。
「おい、一穂。
あの子を応援なんかで使う時は注意しろよお。
望外の戦果を上げる場合も多いが、まかり間違うと火焔瓶を投げたような結果が待っているからなあ」
冗談交じりに語る彼の言葉は、案外と彼女の現実の仕事ぶりを正確に現わしているのを薄々知っていたので、俺もその話題が出る度に乾いた笑いを返したものだった。
そういう訳で、本日も俺は手元のグラスからノンアルコールの水分を手早く補給しておいた。
特に運動をするわけでもないのだが、これからいい汗、いやおそらくはあまりよくない汗をかいてしまいそうな予感がしたので。
さすがの俺も、今日はちょっと酔えない気分だった。
「斎藤ちゃあん、飲んでる~?」
そう言って彼女を正面から反撃を許さぬ勢いで急襲すると、ぎゅうっとそのかなり厚めの胸を押し付けながら首にアナコンダのように巻き突いた。
まだぎりぎり十九歳で未成年の分際でありながら、見事なまでの酔っ払いアタックだった。
「あう、采女ちゃん、相変わらずねえ」
少し困ったような顔で、その熱き抱擁を受け止めた斎藤さん。
宗篤姉妹とはデリケートな邂逅になるはずの予定が、このような酔っ払い姉の特攻アタックを食らってしまって、困惑を全身に張り付けて彼女は棒立ちのクリンチ状態だった。
とりあえずは進展を見守らねばならないので、審判である俺達もやたらとホイッスルは吹けないシーンだ。
俺は泉との間で「やれやれ」というアイコンタクトを取ったが、片方の当事者からこのような強引なまでのプレーを見せつけられては、次のプレイヤーの登場を待つしかない。
冒険者達も、今日ここに漂う微妙な空気を読んでか、こちらに集まっている可愛い女の子の集団にもまったく声をかけてこない。
そして正反対に空気を読まない軍団が、当の佳人嬢を三人がかりで連行してきていた。
「ヒャッハー、みんな飲んでるー?」
どうやらアルコールが入ったらしくて、そいつらはまたえらく陽気なご様子だ。
この防御魔法の使い手楯山姶良はいつも陽気な奴なのだが、こいつが佳人ちゃんにピッタリ寄り添うというか腕に絡みつき、ほぼ強制連行モードで引っ張ってきている。
泉から「それとなく」と言われていたはずなのだが、完全に暴走ダンプカーと化している。
佳人ちゃんは「姶良ちゃん、飲み過ぎだよー」とか言いながら必死に抵抗しているが、まったく効果はない。
それどころか、普段は大人しい性格で治癒魔法の使い手である薬師丸聖名までが心を決めたようで、同じく盛大に酔っぱらっている様子だ。
というか、日頃飲まない子なので、こっちの方が派手な酔い方で佳人ちゃんの反対側の腕を死んでも放すものかとガッチリ抑えている。
普段なら師匠もこういう狼藉は叱るのだろうが、今日は静観の構えのようだった。
後ろから佳人ちゃんの背中を押しているのは魔法使いの法衣魔夜だ。
この子は成人済みの子だと思っていたら、まったく違っていた。
老けて見えるのが嫌なのか、あまり歳については言われたくないらしい。
こいつは冷静で、自分はまったく飲んではいないようだ。
さてはこいつが二人に飲ませた真犯人だな。
俺と目が合ったらニコっと笑われちまった。
ヤベエな。
佳人ちゃんと同じ歳くらいの女の子達は、同世代の仲間としてこの問題を自分達の問題として捉え、火薬庫に一歩踏み出す覚悟というか、火のついたダイナマイトを頭に巻いた鉢巻きに挟んで突撃する模様だ。
相手は女子高生、非常に取り扱い要注意な奴らだ。
俺と泉はもとより、師匠及び、何故か彼と一緒にいてその隣に控える、うちのノーム・ダンジョン攻略組のパーティメンバー達。
俺と泉の右隣で斎藤さんの右後方に控えるシャーリー。
何故だろう。
まるで魔人の襲来に備えるような、あるいはそれ以上の緊張感に、このビトー冒険者ギルドが包まれていくような不思議な現象が起き始めていた。
ギルドに立ち込めつつある不穏な空気を察知したラミアさんが解放したものか、座りっぱなしが堪えたらしく若干ヨレヨレ加減のギルマスも下に降りてきている。
いつもなら歓迎会は裸踊りで場を盛り上げるだろう中堅冒険者達も遠巻きにして、事態は不思議な静寂に包まれた中、問題の当事者達だけが酔っぱらっているという異様な空気。
その飲み会とは言いながら、少々緊迫した勇者達の様子にうちの迷宮冒険メンバーどもは興味深げに見守っていた。
あとはシャーリーという援軍をいつ投入するかなのだが。
すでに彼女はカクテル片手に俺と泉の傍まで寄ってきていたのだ。
とっておきの力業なら、もうこいつにお任せだ。
何しろ佳人ちゃんと同じ歳という、本日の修羅場においては驚異的なアドバンテージを持ちながらも、サラブレッドのSランク冒険者という特別な存在なのだからな。
その、たとえ自国の王女が相手でも自分の領域で軽々とあしらってしまえる性格の頼もしさは、この前の道中で随分と拝見させていただいたので、今回の事情は前もって彼女には全部話してある。




