1-2 勇者召喚
そして、起き上がった人々が同じように右往左往している中で、ただ一人だけその老人の前に敢然と進み出て、こう詰問した毅然とした人物がいる。
その姿は、薄明りに照らされて神々しいような、そうでないような。
「あなたは一体何者で、我々をどうしようというのですか」
そうだ、そうだ、訊いてやれよ。
お前が勇者とやらなのか?
まあ確かに勇気はあるよな。
「わしが、このヨーケイナ王国の国王マネじゃ。
お主が勇者陽彩選人か?」
「いえ、違います。
私はたまたま現場を通りすがった警察官なのですが、これは一体何事なのです。
ここはどこなのですか。
これは正規の職務質問です。
ですが、これは任意の物ではありません。
必ず質問に答えてください」
ああ、よく見たらこの人は本物のお巡りさんの格好じゃないか。
駄目だ、俺もパニックしているよな。
認識が現実についていけていない。
おい、お巡りさん。
そこの偉そうな髭面の馬鹿な人攫いに、もっとガンガンと言ってやってくれ。
何が国王だ、ふざけやがってこの。
しかし俺って不思議とその王様とやらの言葉がわかるんだ。
耳に聞こえる音声が日本語じゃない事は、はっきりと理解できるのに。
なんというのかな。
BGMのように現地語を聞きながら、何故か頭では日本語のように理解できているというか。
お巡りさんも、そこの自称王様という爺さんと普通に会話できているみたいだ。
まあ、それはそれで大いに助かるんだけどねえ。
だがその爺さんは言った。
「はて、警察官というのは何じゃ?
職務質問とは?」
うーん、言葉は通じても話はまったく通じなそうだな。
頑張れ、お巡りさん。
「えーと、警察官というのは国家において治安を維持するための職業です。
職務質問とは警察官が必要に応じて不審な人物に質問をする事で、通常は任意でありますので今回はあえて先程のように言わせていただいたまでです」
「そうか、だがこの国ではお前の職務などまったく関係ない。
それはそこにいる騎士団が担当しておる。
それよりも勇者陽彩選人はどこじゃ」
おいそこのお巡り、あっさりと無視されているんじゃねえよ!
お腰の拳銃が泣いているぞ。
そのぞんざいな扱いに彼も幾分不服そうな様子だったのだが、当座の手掛かりがその陽彩選人とかいう奴らしいので、重要参考人達の話を警察手帳片手にじっくりと拝聴する了見らしい。
「あの」
そう言いながら、痩せている癖に背だけはひょろっと高い、高校生らしきブレザー姿の男の子が困惑しつつも前へ進み出た。
いたのか、陽彩選人君。
いたならさっさと前に出ろよ。
しかし、そいつはなんだかパッと見に非常に冴えないような、俺よりも少し高めの身長以外には特に目立たない感じの奴なのだが。
こいつが勇者とやらなのだと?
見かけは、なんだか非常に頼りない普通の少年なのだが。
そして奴は、ややオドオドした感じの声で名乗り出た。
「あのう、僕が陽彩選人ですけど、あなたはただの高校一年生に過ぎない僕なんかに何か御用でしたので……?」
「おお、そなたが神託の勇者、陽彩であったか。
顔を、顔をもっとよく見せておくれ!」
「ええと……あ、はい」
困惑したあまり、美少年とはやや言い難い感じの容貌をした陽彩選人は、この半暗闇の中でさえそれとわかる童顔で、異世界の王様を眼鏡越しにじっと見つめ返している。
そうしていても恋は芽生えそうにない状況だ。
万が一、恋が芽生えてしまったとしたら、本人達もお互いにかなり困りそうな気がするが。
「我々は勇者であるお前をずっと待っておった。
しかし、何故こんなに大勢、まったく関係の無い人間が一緒に来てしまったものか」
だが、そのような国王の傍若無人な言い草にブチ切れた奴が食ってかかった。
それは若くてがっちりとした体格の男で、頭は角刈りにしていた。
こいつは空手か何か格闘技をやっていそうなタイプだ。
まあこのタイプなら、こんな理不尽な環境へいきなり放り込まれたら、即切れるよな。
大体、ここにいる人間は、誰がいつ切れたっておかしくない。
皆、口々にそれに続いて文句を垂れたので、この俺も参加しておいたよ。
最後のあまり主張のない奴で。
「ふざけるな、なんという言い草だ。
今すぐ俺達を元の場所に戻せ」
「これはれっきとした犯罪だ。誘拐だぞ」
「そうだ、そうだ~」
全員が同じ気持ちだったらしくて、両手を振り回し不満を顔に張り付けて騒いでいたが、衛兵らしき人物の槍の石突きが激しく床を叩き、鋭い音を床とこの空間に突き立てたので無用に騒いでいた皆は沈黙した。
当然ながら他人の尻馬に乗っただけの、このへたれの俺もね。
そして王様は、淡々とそれに対してこう寛大に答えた。
「まあ、いきなりこのような事になって理解できぬのは仕方がない。
この事態には我々も大いに困惑しておるのじゃ。
まずは我々の説明を聞いて欲しい。
ここは儀式のためだけの間しか存在しない、滅多に使われる事のない召喚儀式専用の神殿なのじゃ。
話の続きは麓にある城でするとしよう。
全員一緒についてきなさい」
そして、ぞろぞろと王様の後をついてきたというよりは、武装した衛兵達に追い立てられて連れ出された先に待っていたのは何台もの馬車だった。
はいはい。
青白い光を放ち広がる魔法陣に始まって、国王に勇者に城ときたもんだ。
当然のように送迎は馬車なんですね。
まあ、なんとなくわかってはいたけんだけどねえ。
俺達はもう夕闇に包まれ出した、異世界の神殿の外にて、不安と先行き不透明感に苛まされていた。