3-40 血の証
「君達、もう行くのかい」
「うん。
いろいろとありがとう。
物資やお金の支援は助かったわ。
今はこの子がいてくれるし、一応は大精霊の加護も貰ったから心強いわ。
じゃあレビ、お願い」
「あいよ。
じゃあハズレ勇者、またね。
チョコやその他の御菓子ありがとう。
じゃあノーム様、私はしばらくこの勇者のお供をしますので留守にしますよ」
「ああ、気をつけていっておいで」
そして、レビは手を振って光の粉のようなものを振りまくと、お勝手口というか木戸口というか何かダイレクト通路っぽいものを開いて、俺もそこから出立する宗篤姉妹を笑顔で見送ったのだった。
それから俺はコロっと態度を変えて、ノームをジロっと見て文句をつけた。
「おい、俺とえらく待遇が違うじゃねえか。
一体どういう了見だよ」
「はんっ、お前らハズレ勇者なんてものは本当に碌な物じゃない。
散々試してからじゃないと通せるわけがないね。
見るがいい、あの元ハズレ勇者の魔王を。
そう易々と大精霊たる我のところへ通せるものかよ」
それを耳にした全員の冷たい視線が俺に突き刺さる。
あの難行苦行は全部お前のせいかと。
ええいっ、そんなもんは俺だって知るかあああ。
「あのなあ、魔王なんてものには俺だって一度も見た事も会った事もねえよ。
大体、それは俺が悪いのと違うだろ!」
「ははは、まあいい。
それで何か用か」
「もう済んだよ、帰る」
俺は不機嫌にノームに背を向けて出て行こうとしたが、それから「おいおいおいおい」という突っ込みの視線を全員から食らって、俺はグルンっと回れ右した。
「そうだった。
すっかり冒険者の仕事を忘れていた。
お前はこの国の宝物庫の番人じゃなかったのか?
王家から宝物の受取人を連れてきたんだが」
そして、慌てておずおずと前に出るナナ。
どうやら血を採られるのが嫌なのらしい。
それをジロっと感じ悪く眺めて、ノームはおざなりに叫んだ。
「よしっ、採血3000㏄!」
「待て待て待て待て、それじゃあナナが死んじまうだろうが」
完全致死量である採血三リットルと言われた意味がよくわかっていないアホ王女の代わりに、俺が慌てて突っ込んでおいた。
ノームが何気に王家に冷たいのは、おそらく。
「そうよ。
もう一体何年放っておかれたと思ってるんだい。
いい加減に大精霊だって拗ねるわさ」
俺の思考を読んだ大精霊が、こっちを指差しながら残念な事を叫んでいる。
知るかっ、そんな事は。
「まあ、そうなんだろうけどさ。
おいナナ、さっさと血を見せろ。
一滴で十分だ。
針でも指先に差しとけ」
「えー、そういう痛いのは嫌だなあ」
だがシャーリーは、手早く姫の手首を押さえると、遠慮なく指先にプチュっと一刺しいった。
「痛いっ。
いきなり刺さないでえ~」
そしてシャーリーは、その血の玉を作るナナの指先をノームに突き出した。
「姫様、往生際が悪いですよ。
こっちはバーゲンがかかっているんですからね」
「わあん、私は痛いのが大嫌いなのにー。
シャーリーの馬鹿あ」
だがノームは妖しい虹色の光を目に湛え、そしてまるで血を電子測定機器でスキャンするが如くに、彼女の血を生体分析用の電子機器のようにそれで精査した。
「ほお、確かに受取人である証は立ったようだ。
して王国の姫よ、何を持ち出したい。
一回につき一つまでという約定だ」
「は、はい。
スーバイの鉱石をお願いします」
「ほお、あれを必要とする時が来たか。
だが気をつけるがいい。
あれは現魔王も欲しがっておったはずじゃ。
あれを魔王に取られたなら、お前達王家の負けよのう」
「ええーっ」
「げ、マジかよ」
魔王にも狙われているとすると、持ち出したら魔人の襲撃があるのかもしれないな。
一応ナナにも確認をしておいた。
「ナナ、お前はそのことを知っていたのか」
だが奴はブルブルと恐ろし気に首を振るだけだった。
ちっ、肝心な事は聞いていないんだからよ、この捨て駒第七王女が。
じゃあそれを受取ったら、急いで襲撃されないうちに帰るとするか。
「寄越せ」
するとノームは何故か邪悪そうにニヤアっと黒い笑みを浮かべ、まるで空気に皺が寄って亀裂が入ったかのようにその手元の空間が渦を巻いた。
そして取り出したものは、小さな小さな全長四センチくらいの大きさの鉱石だ。
ギザギザな円錐を二つ合わせたような最大直径一センチくらいの黒い鉱石の、ところどころから筋のように垣間見られる黄金の金属状の物。
このように黄金色でありながら自ら燦然と光を放つような結晶というか金属というか、このような物は地球でも見た事がない。