1-19 危ない奇人変人(の称号)
翌朝、俺は思案してある物を作ってみた。
村で分けてもらった油を、比較的燃えやすい系統の化学繊維の布にたっぷりと染み込ませて、そいつに不要だった炭の粉をカイザからもらって石臼で挽き、更に細かくした物を同じく分けてもらった蜜蝋で布を防水して包んでみた。
本日は羊皮紙はやめて、俺が着ていたアセテート系の布地を増やしてみたのだ。
こうして作ったプロトタイプの簡易燃焼爆弾は収納に入れておくと劣化しないだろう。
もっといい材料があれば燃焼力の高い物になるのだろうが、とりあえず少量の袋を投げて火種をくれてやったら割と激しく燃える感じだったのでよしとした。
こいつは、目に見える範囲でなら狙ったところで燃やす事は可能だった。
魔物を怯ませるくらいは素で出来そうだし、ボワっという感じに激しく燃焼するので松明よりは効果があるだろう。
周りを囲っていた拘束を解かれた木炭粉が広がって、炎を一気に広げてくれるのだ。
短時間で燃え尽きてしまうが、条件が揃えば大型の物なら粉塵爆発も引き起こしてくれる可能性がある。
基本的に粉塵爆発は、大規模に高密度の粉塵を発生させられる密閉空間で起きる事が多いと思うので、あまり期待はできないのだが。
まあ、あまり威力が高くても森の中で使い辛い。
そのうちに、こいつの威力をスキルで万倍にできないか実験する予定だ。
それをやろうとすると、丸一日分のスキルと引き換えになってしまうので、あれこれとスキルを使いたい開発段階では非常に実験しづらいのだが。
実戦の場合でも、使えても一日で一回のみという使用制限のある文字通りの必殺技だ。
明日は作成した完成品の数を増やしておこう。
着火は収納から目視で火種を落としてやればいいだろう。
粉塵爆薬用の粉も集めてみた。
とにかく大量に粉をぶちまいて点火をしたら、あたりの空間全部に行き渡らなくても、空気量に対して単位あたりの粉塵密度が十分な部分で小規模な物は発生させられるのではないかと思って。
ぶちまいた大量の粉に火がつけば、巨大な解放式オーブンの出来上がりともいえるのだし。
まあ可燃物倉庫の大規模火災みたいなものだから森の中では使えないだろうが、もし魔物が攻めてきたら村人の避難のための時間を稼ぐくらいは可能だろう。
粒が小さくて周りは酸素だらけで、中まで短時間でよく燃えてしまう粉は本当によく燃える。
燃焼速度の速い燃え方、つまり爆発する危険物なのだ。
とりあえずは、大工の家で木粉をもらってきたのだ。
本来であれば、竈などで火打石で火を付ける火口の足しというか炊きつけというか、あるいは燃えやすいので薪の足しにしかならないものだが。
日本だと、カブトムシの養殖に使ったり生きた蟹の輸送に使ったり、あるいは固めて燃料の一種にしてみたりと使い道も多いオガクズであったが、ここではそこまでの需要はなく半ばゴミ扱いだ。
まあ、ほぼ百パーセント竈行きの運命かな。
「そんな物を何に使うんじゃい」
彼は不思議がっていたが、それは銀貨と引き換えなので笑顔もトッピングしてもらえた。
そして、ある物も採集してきたが、その採集先はなんとトイレだった。
そう定番の硝石である。
昔はこうして硝石採集人により火薬の原料が採られた事もあったのだ。
彼らは時代や国によっては、家人の許可を得ずに家の土などを掘り起こしてよいなど、相当の権限を持って採集を可能にしたという。
結構な量が取れたが小便臭いのはいたしかたがない。
俺の場合は土を洗い流さずとも、収納で硝石のみを回収できるので非常に楽だ。
この作業を行った副作用として、村に滞在二日目にして俺には『銀貨と引き換えに他人の便所を漁る変人』の称号がついた。
まあ、それだって特に間違っちゃいないわけなのだがね。
あまりにも人聞きが悪すぎる。
石臼はもう使わなくなった古い物を全部で四種類買ってきた。
火薬調合用にもう一つ買いたいものだ。
木粉の他に一つは木炭粉、一つは硝石、そしてもう一つは硫黄用だ。
肝心の硫黄が見当たらないのが玉に瑕だ。
まあいい。
正式な火薬にはならないが木炭と硝石だけでも結構燃焼はするはずだ。
木炭が硝石と一緒に燃えて炭酸ガスや窒素ガスを生成するのだし。
硝石と木炭粉だけの二成分火薬なんて物もあるくらいだ。
ただ、硫黄を混ぜないと激しい燃焼が起きないので、爆発という観点からみれば失敗作だ。
たぶん、そういう簡易成分の火薬を使う場合は、簡易な発射薬として用いられたのではないだろうか。
火薬は貴重な硝石が、ある意味でメインの材料だからな。
原料の使用割合的には少ない酸化剤としての用法だが、日本やヨーロッパじゃあ天然に産出しない物だったので中国から輸入していたらしいし。
火薬は伊達に中国の錬金術師達に発明されていない。
木粉は粉塵爆発を起こすための物で、篩にかけて選り分けた細かい木の粉を、更に石臼で細かく引くのだ。
俺が丸一日、石臼で材料を磨り潰しているので、アリシャが気になってしょうがない様子だ。
お姉ちゃんの方はもう家のお手伝いに励んでいるのだが、アリシャの場合はまだお手伝いではなくただのお邪魔にしかならないので、俺の奇行の付き添いをする事に決めているらしい。
マーシャも子守りの手間が省けるので、俺の存在意義はこの村限定でその価値が認められている。
俺は四歳児の子守りをするために、はるばるこの異世界へやってきたのか?
確かにランクレスなスキルの他に幼女の子守りという手慣れたスキルは有しているのだが。
それと並行してイモを分けてもらい澱粉を作った。
ジャガイモはないが、基本的にイモとは球根の事であり、根っこに澱粉を蓄えたものなのだから。
澱粉作りは時間がかかるのだが、根気よく作ってみる。
夏休みの自由研究で甥っ子姪っ子と一緒に作ったっけな。
生憎と粉塵爆発の実験はしなかったし、もしやっていたとしたら、絶対あの気の荒い姉貴にぶち殺されていただろうが。
この澱粉粉が意外と馬鹿にならないのだ。
低い温度で着火する上、爆発力は高いという危険物だ。
倉庫では取り扱い要注意な製品である。
こういった製品を生産販売している会社では、粉塵の着火性などを各種データからまとめた物をネットに掲載し、顧客に対して自社製品の取り扱いに対する注意を呼び掛けている。
まあ魔物相手に異世界で喧嘩をするのであれば手頃な代物かな。
俺の場合はスキルで大量生産できるのだし。
砂糖なんかもこの類なのかもしれないが、貴重品らしく村では見かけないのだ。
森で楓の木を見つけたので、傷をつけて樹液を受けておいた。
楓も木の種類や季節によって大幅に糖度が異なる。
少なくとも、ここの楓は砂糖楓ではなさそうだった。
カナダの国旗を見るにつけ、寒い地方の方が良いシロップが採れそうなのだがね。
まあ、上手く『爆薬用楓砂糖』が入手できなければ子供のおやつに回してもいいし、むしろそちらの需要の方が多いかもしれない。
何も粉塵爆薬は砂糖を使う必要はないので。
セルロースと似たような化学成分で、純粋な化学物質として比較的簡単に取り出せるので都合がいいといやあいいのだが。
純度の高い物を生成する設備はここにはないし、そのような物は俺にも作れない。
おチビが粉末化作業をやりたがって仕方がないので安全な木粉でやらせてみたが、まったくもって話にならない。
飛び散らかすわ、まったく磨り潰せていないわ、はしゃぐわで。
仕方がないので、増やした化学繊維で洋裁というかお人形さん作りというか、そういう作業を始めた。
俺には、その種のアーティスティックな才などないし、もちろんアリシャのチビにもないので悲惨な結果になってしまったが、彼女はそのお遊びを大いに喜んだ。
鋏のいい物があればもっと結果は違ったのだがな。
明日は何の御遊びをやるかね。
日本のサラリーマン、異世界のベビーシッターになる?
どこかで綿があれば、それを増やしてヌイグルミとして進化させるのだが、肝心の出来の方は保証できないね。