3-33 歓迎の儀(看板だけ)
「あのままだと、全員が垂直壁登りでもやらされるところだったなあ」
もう諦めてブツブツと文句を言いながらだが、ナナも自前の足で歩きだしている。
「きっと、これは代々のハズレ勇者の祟りに違いないわ。
清めたまえ、祓いたまえ」
とか、
「もう、こんな仕事は勇者達にやらせればいいのよ。
それでもって王家の男が一緒に行けばよかったのに。
こういう時のために庶子っていうものだっているのにさ」
などと実に小煩い。
来たくなかったというのはどうやら本当らしい。
「まあまあ、姫様。
文句なんか言ったって始まらないんだからさ、こんな仕事はちゃっちゃっと終わらせて一緒に王都へ遊びに行こうよ。
この前の襲撃時に、王都の繁華街とか商業区が焼けなくて本当によかったなあ」
それには俺も激しく同意だ。
そんな事にでもなっていたらマーシャのチビに怒られちまうしね。
「ああ、まったくだなあ。
魔王がそういう物に興味なくて本当によかったぜ。
あいつだって一応元は人間なんだろ?」
「魔王は元人間って聞いたから、もう今は完全に人間じゃないんじゃないの。
あたしもSランク冒険者とはいえ、若いからそれほど魔王については詳しい事を知らないのよ。
魔王っていうのは大昔の人間だからさ」
「そうかあ、魔王は碌でもない奴だって皆が言うんだけど本当なのかなあ。
俺ってそういう噂で人を判断するのは苦手なんだよね。
そういうものには現実の社会で何度でも裏切られていたしさ。
特にネットの評判は実像とかけ離れていて、くその役にもたたねえ」
敵と思っていた人間が実は一番の味方だったなんて、世の中じゃ腐るほどあってなあ。
だから、ヤバイ奴だと思いつつも魔王に関してはどうしてもグレー判定にせざるを得ない。
何かに染まっていない素の情報が欲しいのだが、それはもう本当は魔王に会ってみるしかないのだ。
魔物のフォミオや精霊のエレ他、魔王と会った事すらない奴の情報など当てにならない。
もしかすると、強大な力を持った魔王だけが俺達を日本に帰してくれる力を持っているのかもしれない。
そう思うと、魔王に関する生の情報がもっと欲しい。
また宗篤姉妹と情報交換をしたいな。
だから、子機の宝玉を早く彼女達に渡したいのだが。
「はあん、だったら魔王城へ行ってみたらいいじゃないの。
一応は勇者なんだからさ。
でもあそこには本当に怖い魔人や魔獣が多いっていう噂よ。
あんたみたいなハズレ勇者が行ったら、あっという間にお陀仏なんじゃないの」
勇者を魔王にけしかけている王家の人間が、そこまで言うか!
「当り前だろ。
俺は王国に勝手に召喚されて、それにも関わらず捨てられたハズレ勇者なんだぜ。
王国のために命を張る義理は欠片もねえんだからな。
今回は冒険者ギルド、つまり会社から仕事が回ってきただけなんだから。
だが王都では楽しく遊ぶぜ」
だが、そのようにまるで遠足気分で楽しくやっていた俺達にパウルが無粋に声をかけてきた。
「おい、みんな」
「どうしたい、パウル」
「あれはなんて書いてあるんだろうな。
見た事が無いような文字で書かれている。
古代の文字か何かだろうか」
そこには立て看板のような物が置かれていて、そこには『王家の御一行様歓迎』と日本語で書かれていた。
なんていうか、忘年会でホテルの前に書いて置かれているような団体様歓迎のためのあれだ。
誰だ、こんな風習を残していった勇者は。
いや、これこそ俺の頭の中から持ち出したのかもしれんな。
大昔の宿に、こんな風習はあっただろうか怪しいものだ。
しかも、歓迎とか言いながらホテルがあるわけでもなく、ただの通路の途中なのだから。
本当に馬鹿にしやがって。
「……うーん、なんだか俺達を歓迎するとか書いてくれてあるのだが、まったくもって信用できねえな」
「お前、この文字が読めるのか?」
「これは日本語、勇者の国の言葉で書いてあるんだ。
きっと、昔に大精霊と仲のいい勇者がいて、いらん事を大精霊に教え込んでいったんだろう。
あるいは、この俺の頭の中から情報を盗んだかだな」
一瞬、沈黙があたりの空気を支配したが、こういう時にはフランコが珍しく口火を切った。
「すると、ここがゴールと見ていいのか?」
「まさか」
そして、俺は黙ってナナを見た。
どういうわけか不思議とそのまま見つめ合ったままで、数分後に何故か顔を赤くしたナナが話を切り出した。
「な、なによ。
ハズレ勇者が私をそんなに見つめて」
「ああいや、そうじゃなくてな。
お前は自分がここへ送られてきた役割を忘れているんじゃないのかなと思ってなあ」
「役割?」
「宝物庫の鍵」
「あ」
そう。
こいつは宝物庫への入場だかなんだか、その時には王家の人間である事の証明のために血を捧げないといけないのだから。
そして、さっそく弄りだすシャーリーと他の面々。
「うわあ、姫様ったら。
ここは、ばっさり全部いっちゃうのかしら」
「王家の人間は何かとつろうございますなあ」
「うむ、あっぱれだ。
それでこそ王家の姫という物よ」
「まあ、人の上に立つ者として必要な事か」
最後はリーダーのパウルまで乗ったので、ちょっとナナの奴が涙目だ。
「ええー、そこまでたっぷりと血を採られるの~。
識別のために少し採られるだけって聞いていたのにー」
あまり犠牲的精神はなさそうなナナは、予想外だった生贄的な意見の多出に驚いてじたばたしているが、俺は気にせずにパウルに訊いた。
「なあ、こんな風にダンジョンと探索者が交流するなんて、通常はあるのか?」
「あるわけがなかろう。
ハリー、この先の具合はどうなっているか、わかるか」
「基本的に、今と同じような感じですな。
自分にはそう感じられるのですが」
「じゃあ、その看板は何?」
「多分、そこにただ置いてあるだけなのだと思うが。
特に何もなさそうだ。
大精霊の考える事はよくわからんな」
そう言ってから俺はエレに目を向けたが、奴も肩を竦め、手をお手上げ状態にしたまま首を振った。
「駄目だ、こりゃあ」
まだまだ探索は終わりじゃなさそうだった。