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3-32 少しだれた朝の光景

「ふああ、よく寝たなあ。

 夕べはマジで大変だったから風呂に入りたかったぜ」


 俺はダンジョンの狭い通路のど真ん中に置かれた荷馬車の上の布団から降りて、探索五日目の朝の挨拶代わりに欠伸を一つダンジョンに謹呈した。


「おはよ、寝坊の勇者さん。

 あんたが最後だよ、御飯はできてるから」


 俺は他のメンバーにも、万が一はぐれた時のためにあれこれと渡してあった。

 一応は女の子であるシャーリーには期待して、特に食材や炊事道具も渡してあったのだ。


 俺も眷属を指揮して対処に当たったりしているので、歩いたりしていなくても結構疲れるのさ。


「お、サンキュー」


 俺にお盆ごと手渡してくれたシャーリー様謹製の、本日の朝食メニューを眺めてみた。

 トレーに一つにまとめたのは悪くないアイデアだが、中身はそうたいしたものではなかった。


 勇者印のお湯を注ぐだけでいいインスタント・オニオン・カップスープは、なんとフリーズドライを実現している。


 何かのスキルで作ったものなんだろうか。

 まあ、魔導具で作れなくもない。

 原理はそう難しいものではないので。


 包装がこの世界の物なので、味はともかく肝心の保存性は今一つという製品なのだが、収納に入れておけばダンジョンでは重宝する。


 後は焼いてもいない出来合いの、そう上等でもないようなパンを思いっきり不揃いに切っただけの物、それに生焼けの厚切りハムを載せて、後はそのまんま置いただけというミニリンゴ。


 うん、当分お嫁には行けそうもないメニューだね。

 まだ十五歳なんだからいいんだけど。


 でもまあ、この世界の基準だと花嫁修業が要りそうな按排だ。

 だが文句を言う人はここには誰もいない。


 ナナなんか疲れているのか、ただボーっとしている感じで、もくもくと荷車に腰かけたまま膝の上にトレーを置いてパンを齧っていた。


 飯を作ってくれたシャーリー本人はともかく、他の連中も仕事中だから食事に文句をつけたりはしない。

 まあ自分が作ってもこんなものなのだろう。


 ナナは多分料理を作った事すらないだろうから、もしかしたらこの面子では俺が一番マシな料理人なのかもしれない。


 明日は頑張って俺が朝飯を作るとしよう。

 朝飯をちゃんと食べないと、一日頑張れやしないぜ。


「パウル、ここはやけに直線通路が多いが、他のダンジョンはどうなんだい」


「ああ、そうだな。

 ダンジョンにもいろいろ種類があって、地下ダンジョンばかりでもない。

 地下ダンジョンの中でも、こういう岩の洞窟タイプのような物ばかりでもないが、ここはまたストレートでやけに長い直線通路が多い。


 他のダンジョンは、どのダンジョンも内部にある大概の場所で魔物が生み出されている。

 致命傷を与えるための罠も多いのもあって曲がりくねっているのが普通だが、ここは必ずしもそうではない。


 ここはどこまで下りたのか階層もはっきりしていないし、驚異的な能力を持つ製作主が御在宅なせいか、やたらと臨時の改変も多いようだし、とにかく変わったダンジョンだ。

 むしろ迷宮という意味でそう呼ぶのなら、世界でここほどその呼び名に相応しい場所はないのかもしれんが」


 フランコも、手にした大きめの塊と言った方がいいような感じのごついパンを、パワフルに食い千切るとこう言った。


「とにかく、ここは人を小馬鹿したようなダンジョンで、もう攻略もへったくれもない。

 元々はダンジョンではなく、王国の宝物庫なのであり、管理者が大精霊なのだから無理もないのだが」


「厄介だなあ。

 ここって絶対防御も通用しない場合もあるみたいだから、魔人相手にビクともしない俺も、油断すると簡単に死ねそうな雰囲気だ」


 そのあたりがまた管理者の匙加減というか、その場の気分次第みたいなイメージなのだ。

 初ダンジョンがこれなんで、いや俺も戸惑う事戸惑う事。


「ヤバイよね、ここ。

 普通のダンジョンは何ていうか、一応の決まりごとがあって、その中で攻める方も攻められる方もやってるって雰囲気なのにさ。


 ここは一方的にダンジョン側が相手を見て決めた勝手なルールを押し付けてくる感じで、あれこれコロコロと変わるんだもの。

 管理者が相当我儘みたいだしなあ」


 そんな俺達はボヤきながら食後のティータイムと洒落込んでいたのだが、リーダーから出発準備のお触れが出された。


「さあ、お前達。

 昨日までがアレだから、だれる気持ちもわからんでもないが、せっかくこの本宮ともいうべき場所までやってきたのだから頑張って探索するぞ」


 なんだかんだ言ってもベテラン勢はキビキビしている。

 俺みたいな初心者や年少者は若干だれ加減なのだが、出発するので荷馬車の群れを収納していった。


 しかし最後の一個は姫が乗ったままなので収納できない。


「おいナナ、そこをどいてくれ。

 荷馬車が仕舞えないじゃないか」


 強引に仕舞ってもいいのだが、お姫様が転げ落ちてしまうからな。

 そして、初心者年少者に加えて更にお姫様育ちの経歴のついた奴が我儘を言い出した。


「このまま荷馬車で行くー」


 ナイスなアイデアだと思ったのだが、それは危惧すべき内容を含んでいると思ったので、俺自身はそれには乗らないようにした。


 だがナナは強引にしがみついて荷馬車から降りないので、様子見という条件付きでパウルから許可が下りた。


「じゃあ、あたしも乗っていいかなあ」


 ちゃっかり便乗しようとしたシャーリーがいたので、俺が腕を引いて止めた。


「え、なんか駄目だった!?」


「ああ、多分な」


 彼女も、さすがはSランク冒険者だけの事はある。

 なんとなく俺の懸念を察知したものか、彼女もあっさりと引き下がった。


 韋駄天弐号をザムザ3が引いていたが、たちまちなんだか雲息が怪しくなってきた。


 その、なんというかダンジョンの洞窟が段々と坂になってきているのだ。

 それはもう激しく。


 元魔人のザムザだからまだ余裕で引けているのだが、俺達は徐々に普通に歩くのさえも非常に困難になっていた。


 このように足場がないような平らな坂道では、人間の足首には登れる角度には限界というものがあるのだ。


 蜘蛛とかヤモリとかじゃねえんだからよ。

 おそらくもう国産のクロカン4WD車ですら登るのが困難な勾配になってきているはずだ。


 しまいには、また壁を登る破目になってしまいそうだ。

 今度は反対側に手も届かないような広い『縦通路』になるだろうから、俺なんかはザムザに背負ってもらわないと駄目だろう。


 床は平坦なので、手掛かりのある壁部分をロッククライミングするしかなくなるのだ。


 もはや視覚的には先の道が聳える壁であるかのように錯覚するほどのありえない角度の激しい急勾配になってきた。


 これはまるでジェットコースター並みの角度なんじゃないのか。


「なあ、ナナ。

 大精霊様は荷馬車を使ったら駄目なんだとよ」


「いやー、もう歩きたくない」


 だが大精霊様は王家の血を引く者に対して非常に厳しかったようだ。


 超高級荷馬車である韋駄天弐号の足場を構成していた岩肌の通路は、まるで砂のように崩れてきてズブっと車輪が埋まってきた。


「あ、本格的にヤバくなってきたな。

 おいナナ、いい加減にそこから降りろってば」


「いやー、馬車で行くー」


 いや馬車ではない。

 魔人が引く荷馬車なので、魔物馬車ですらない。

 もう何と言ったらいいのかすらよくわからないものなのだ。

 強いて言うのならば魔人荷馬車?


 本気で大精霊様を怒らせるとまたマズイ事になりそうなので、俺は荷馬車に飛び乗ってナナを引っ張ったが、まだグズっている。


「本当はこんなダンジョンに来たくなかったのよー。

 でも父や兄からも行けって言われたら、私は立場が弱いから行かないわけにいかないしさー。

 行かないと、後ろ盾になってくれている将軍にも愛想つかされちゃうし」


「アホかあ。

 この大馬鹿王女め、さっさと降りろー!」


 本物のお姫様が、何か残念な事を叫んでいるが、もう荷馬車が半ば砂流に飲み込まれかかっていて、荷台の後ろの辺りもかなり沈んで砂に侵食され始めている。


「おい、飛ぶぞ!」


 だが、残念な事に俺は飛べなかった。

 まるで、夢の中でアクセルを吹かしても回転が上がらずに、まったく前に進まないバイクのようだ。


「くそ、また飛空のスキルが封じられているのか。

 ええい、仕方がねえ。

 ザムザーー!」


 俺はもう頭の中で命令した。

 とにかく大勢出て来てくれと。


 そして現れたザムザ軍団がハンドインハンドの体勢で三本ほどの魔人ロープと化し荷馬車を引き摺り上げてくれた。


 だが、何故か執拗に砂が荷馬車に絡みついて、まるで巨大な砂魔人の手の如くに引っ張るので、俺は諦めてナナを横抱きにしてザムザの手を取って荷馬車を捨てて脱出した。


 愛用の荷馬車(万倍化品)は、とうとう通路に沸いた蟻地獄のような砂の海に飲み込まれていったが、ザムザ達が引き上げてくれたので俺達は無事だった。


 こうしてザムザがたくさん繋がっている姿を見ると、あれを思いだすな。

 よくある、お猿がたくさん尻尾で繋がっている絵だ。

 頭は蟷螂なんだけどね。


 そしてナナが通路に二本の足を着いて立った途端に、ドイツ製で特殊用途向けの異常なまでの登攀力を誇る特別なトラックか、あるいはハイパワーの重戦車でもないと登れないような勾配四十五度以上で傾いていた世界は見事に水平を取り戻し、迫っていた砂の海も、すーっと潮ならぬ砂が引くように消えていったのであった。


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