3-31 「僕は今夜君を寝かさないぜ」シリーズその2
「いやあヤバかったな、今の岩は」
さすがはSランク集団だ。
唐突に抱えてくれていたゲンダスを瞬時に失っても、俺の叫びを聞いて瞬間のバネで正面にぶつかる事も無く、むしろそれを足で蹴った勢いで横穴に飛び込んでいく。
先頭にシャーリーを行かせて、パワーのあるフランコがナナを彼女に投げ渡し、残りのメンバーも駆け込んでいった。
当然、一番身体能力に劣る俺がやや遅れたが、すかさずパウルが引っ張ってくれて超ぎりぎりセーフ。
最後は俺の足がまだ中に少し残っていて、岩が球体だから挟まれずに済んだという、ありえないほどの大ピンチだ。
岩も正面の壁にめり込んでいて、まさにギリギリだった。
もう少し足が後ろにあったら挟まれていたんじゃないのか。
それに後続の岩が次々とハンマーのように打ち込まれていき、ついにはさしもの大岩も砕けちって完全に元は通路の空間であった場所を埋め尽くした。
さっきまで俺の足があった空間からも、こちら側へ砕けた岩の破片が圧力で押し出されてはみ出してきていた。
危ねえ~。
ナナもあの逃走劇の後でいきなり横穴に放り込まれたので目を回していたが、こんな事を言ってた。
「あんたの眷属、さっき大岩にやられちゃってなかった?」
「ああ、スキルのお蔭で不死身のはずのザムザまでもなあ」
ありえねえ。
絶対防御を誇るザムザが砕かれたのは、他ではあの宗篤佳人の空間を切るスキルしか見た事がない。
そういや、あの大岩は有り得ないような破壊を行なっていたしクソ頑丈だったな。
そのくせ最後にはあっけなく粉々になっていたし。
くそ、大精霊め。
やりたい放題だな。
絶対防御のないゲンダスだって、そうそうやられるわけではない。
むしろ絶対防御のないザムザを想定すれば、ゲンダスの方がどう見ても体自体は丈夫なはずなのだが。
ザムザを眷属にして以降、絶対防御のお蔭で自分は無敵だ不死身だなどと浮かれていた気分の高揚が、今はまるで嘘のような頼りなさだ。
それはここでは、あのスキルでは他のメンバーの安全についても完全には危険から守り切れない場合がある事を意味していた。
このミッションにおいては『玉』扱いであるナナの事も含めて。
「全員いるな」
いつの間にか全員の間を回ってチェックしたパウルが、パーティの態勢を立て直した。
「よし、出発するがもうここでは狭くて大柄なゲンダスが使えんな。
ビジョー王女、ザムザに抱かれるのが嫌なら、ここからしばらく歩けるか。
ここは少し通路が狭い。
戦闘になる可能性もあるのでフランコもとりあえずはフリーにしておきたい」
ちょっと考えてからナナはこう返した。
「この細い通路はどれくらい続くのでしょう。
私もここまで長い探索など経験した事がありません。
訓練というか心構えのためにダンジョンへ行かされた事はあるのですが。
はっきり申し上げて自分の体力が持つか非常に心配なのです。
まさか、あの山までダンジョンが続いていたなんて」
「わからん。
ひょっとすると、ここからは本格的な迷宮という事で、ずっとこれくらいの広さなのかもしれんし、あるいはまた広くなるものか。
とにかく情報がない事にはな」
「昔はあっちの方までダンジョンは無かったんじゃないのか。
ザムザ1、ここはどれくらいの場所だい」
「主よ、ここはかつて湖があった場所の地下、どうやら昔からある正規のダンジョン部分へ入ったようだ。
通路が狭いのはそのせいだろう」
「お、やったな。
さっきの通路でだいぶ下へ下がったし、そろそろかなと思っていたんだが」
定番の大玉転がしで新ダンジョン地区の大トリを締めたという事か。
まさに無敵の大玉転がしだったがな。
ありなのかよ、あんなもんが。
「現在地は湖の下なのだから、少なくともここから上へ登る事はないっていう事だな」
「でも、最初もそう言いながらも、気づかずに横に向かって登っていたわよね」
「それがあるから嫌なんだよ、ここは」
とりあえず姫は徒歩で、俺達もここまで体力は温存してきたので歩くという話になった。
「パウル、今は時刻がどれくらいだ。
今日は昼前くらいから、あれだけ移動したからな。
もうかなり遅いのではないか。
次の休めそうな場所で休んだ方がいいかと思うのだが。
ナナもとりあえず歩きになってしまったから、休ませておいた方がいい」
そして魔道具の時計を見てパウルも顔を顰めた。
「もう野営にかかってもいいような時刻だ。
しかし、こんなところではな」
「だとさ、みんな」
まあ冒険者達はいいとしてナナがな。
そして、やっぱり来たわけだ。
大精霊ノームによる大得意な嫌がらせシリーズ「今夜、僕は君を寝かせないぜ」第二弾がね。
「野営に相応しい場所は見つからないわね」
「意地悪な大精霊さんが隠しちゃっているみたいだな」
「この細い通路で野営はさすがにな」
「突然この前みたいなデスマーチになっちゃうとな」
今度は水攻めとかが来そうだ。
しかも狭くて平坦な通路だから、そうなった時は最悪だ。
どうしようもなければ、前に俺が手に入れた海竜魔核を使うまでだが、あれは他のみんなが使えないだろうなあ。
その時は水竜の称号を持つゲンダスの力に頼るしかないのだが、このノームの迷宮では、はたしてゲンダスのスキルが通用するだろうか。
いや使わせてもらえるかどうかだ。
仕方がないので俺も宣言した。
「皆、悪いがもう少し歩いてくれ。
ここはダンジョン、しかも極悪極まりない大精霊の住処だ。
さすがにこんな通路で寝るのはよくない。
俺も皆の安全を確保する自信がない」
しかも、とびきり凶悪そうな地精霊ノームのダンジョンだしね。
いやあ、初ダンジョンっていう事で浮かれて気楽に来ちゃったけれど、これはキツイわあ。
確かに、あんな報酬が提示されるはずだ。
きっと王家は知っている。
以前の探索で何があったのかを克明に。
そして今はそれが更にパワーアップされているだろう事も。
この王国だって、ここまでの斥候くらいは出してあるはずなのだ。
その結果として、「捨て駒的な所詮は第七王女」と「王の言う事を聞かないハズレ勇者」の組み合わせが選ばれたのに違いない。
そして基本的に参加するのは、首都ではないビトーの精鋭冒険者だ。
まあ、地理的にもここのダンジョンはビトーの方が王都よりも遥かに近いのだから、ビトーのギルドが担当するのは順当といえば順当なのだけれどな。
そしてみんなも頑張ったのだが、まず真っ先に姫の心が折れて、やむなくフランコの腕の中に収まった。
それを見て、軟弱な俺は無条件降伏でザムザに抱かれる事になった。
王国の姫とハズレとはいえ勇者たるものが早々と脱落し、シャーリーも脱落したそうな顔はしていたが、そうなると大柄なゲンダスではなくザムザに抱かれる羽目になるので、まだ我慢しているようだ。
首から下は人間の男なんで、ザムザって感触が生々しいんだよね。
今まさに、その生々しい状態で眷属に抱っこされているプライドのない人間が俺なのだが。
まあ俺は奴らの主なので、そこは堂々とね!
皆も回復魔法も少しずつ使っているが、あれは元々治療目的で使うもので、体力回復目当てであまり使い過ぎるとよくないしな。
そしてパンなどを齧りながら歩いていたパーティは、それから二時間して、ついに諦めて『ダンジョンの通路』などという非常識な場所で野営をする事になった。
寝ずの番が可能な、うちの眷属がいないのであったらパウルも決断できなくて仮眠に留めたのだろうが。
今日はキャンピング馬車など出せるスペースがないので、荷馬車の韋駄天弐号を何台か出して盾に並べた露天のベッド列車だ。
前後を俺の眷属に守らせて、俺達は通路のど真ん中で野営をする破目になった。