1-18 守り人カイザ
あれから父親のお手伝いを終えたマーシャもアニメ・コミック・ラノベ等作品読み聞かせ(うろ覚えの俺の脳内図書館からの朗読)に参戦して、お話に夢中になり過ぎて電池が完全に切れてしまった。
幼女様方を優しくベッドに運んで寝かせつけたカイザは、静かに笑いながら俺に手製の陶器製の容器らしい不格好な瓶に入った酒を勧めてくれた。
「どうだ、子守りの天才。
自家製だが美味い酒でも一杯」
「そいつはありがたいな」
一応はガラス製の器に注がれた、赤ワイン系と思われる酒を俺がさっそく一口啜り、ふとカイザを見上げると、彼は物静かに語り始めた。
「ありがとう、カズホ。
娘達がこれほどまでに楽しそうな顔をしているのを見たのは久しぶりだ。
三年前に妻が死んでからは、なかなか娘達にも碌に構ってやれなくてな。
そんな折にこれだ。
本当に感謝している。
今日、娘達が死んでいたら、俺は後悔してもしきれなかったろう。
王が来て儀式をやっていたのだから、何かが起こってもおかしくはない状況だ。
子供達だけで森へ行かせるべきではなかったのだ」
俺は酒の勢いに任せて、つい訊いてみた。
「あんたは【ここ】の番人なのかい」
彼はそれに返答を返すのではなく、そっと優しく指先でなぞるように娘の頬を撫でた。
そして、一呼吸置いて振り向いてからこう言った。
「誰かがやらなくてはならない、そういうお役目だ。
ただ、それだけだ」
「そうか」
俺も酒を口に含み、味わって飲み干してから尋ねた。
こいつは美味い。
カイザの自家製だと言っていたが、なかなかのものだ。
こんな仕事をしていたら、それはもう時には飲みたくもなるだろうさ。
誰かに見返られるわけでもない、いつやってくるかもわからぬような異変の守番なのだ。
「あんたは俺の正体を知っているのか?」
「知りはしないが、おそらく君はこの世界の人間ではないのだろう?」
こういうストレートな男は嫌いじゃない。
一緒に仕事がやりやすいタイプだからな。
俺は酒を一口クイっと飲み干してから間髪入れずに、奴の理知的な眼を見返しながら言った。
「ああ、だがそれが何か?」
「そうか、あっさりと認めたな。
ただ、もう王は行かれてしまわれた。
大勢の勇者達と共に。
あれほど多くの勇者達がこの世界に現れたのは初めてだ。
この役目を仰せつかった俺とても少し不安を隠せなくてね」
俺は思わず、くっくっと短い笑いを漏らしてしまった。
そうか、子供達の心配をしているのか。
まあ、無理もないさ。
今日あんな事があったのだからな。
「はは、あんたって人は見かけによらず子煩悩な人だな。
そう心配しなさんな。
今度やって来た連中は騒ぎを起こしたりはしないだろうさ」
だが、彼は少し胡乱そうな顔で俺を見やった。
「何故、そのような事を、そうもはっきりと言えるのだね?」
「そりゃあ、今回の勇者は招かるざる客というわけでもないし、魔王討伐を可能にしてくれるような優秀な能力を持った奴だからさ。
最強の布陣を組める体勢だ。
確かに勇者の野郎の性格みたいなものには穴もあるが、勇者と共にある【あいつ】ならきっと何とかしてくれるはずだ。
俺は仕事のできる女っていうのが昔から大好きでね」
だが、俺の言葉を噛み砕くような感じにしていた彼カイザがこう言った。
「私が危惧するのはそのような事ではない。
何故、君は王と行かなかった。
君も違う世界からやってきた勇者の仲間なのだろう?
王国の相手は魔王だ、万全を期すべき相手だ。
何故君だけがここにいる。
森に現れた魔王の手先を、あっという間に倒したほどの君が。
その戦いぶりはマーシャから聞いたよ。
何故だ」
今度は俺があっけにとられる番だった。
「何を言っているんだ、あんたは。
あんな糞狼ども、ただの雑魚だろうが。
あれが魔王軍なのだと?
馬鹿も休み休み言えよ。
あんなもの、普通の狼と何も変わりはしないさ。
俺は王様直々にクビを言い渡された男だ。
六十人もいた召喚された人間の中で、この俺だけが要らないんだとさ。
そして国王自ら俺に引導を渡したのだから。
はっ、もう俺がこの世界でやらねばならない事はないし、二度と向こうの世界にも帰れないんだそうだ。
まるで馬鹿みたいさ。
何のために、この世界へわざわざ呼ばれて来たというのか」
今度はまたカイザの方が面食らっていた。
「わからん。
あんたがという人物が一体どういう人間なのか。
果たして、こんなところに燻ぶらせておいていいものなのかどうかも。
こいつはまた弱ったものだな」
俺もまた頭を振って言ってみた。
「そうかよ。
よかったら、もう少し見極めてみるかい。
俺は雨露さえ凌げれば、この世界のどこにいたっていいんだ。
しかし、あの森が妙に気になってね。
なにか連続して魔物が攻めてくるかもって言っていたよな。
またあの狼みたいな数の多いのが来たらマズイ。
俺には王や勇者と一緒にやる仕事なんかないんだから、森の安全が確認できるまで、この村にいさせてもらってもいいか?」
「そう確認できたら、次はどうするのだ」
俺は床に座ったまま、うーんと伸びをしてから答えた。
「その時は……そうだな。
魔王との戦いが大丈夫なのか心配になるような昔馴染みの奴がいるんで、王の街というか勇者達がいるところへ顔を出しにいってくるのもいいかなと。
なあに、その知り合いを軽く励ましてやるだけさ。
そうしたら旅に出てもいいし、よければまたここに戻らせてもらってもいいし」
「そうか、じゃあ好きにしろ。
お前がいなくて王がお困りでないというのならば、ここにお前がどれだけいても俺は構わない」
「そうか、じゃあそうさせてもらおう」
酒の酔いに紛れて、カイザの奴の話し方も硬さが取れてきたみたいだ。
少しは俺に心を許してくれたっていう事かな。