3-26 本日のプログラム
「さて、本日は罠が待っていると思う人、あるいは魔物の襲撃があると思う人」
一応は朝食時に、心の安寧を得るためのアンケートを取っておいた。
「まあ常識から言って、今日は寝不足の俺達を狙った罠での揺さぶりで足を止める、かな」
欠伸をしながら答えてくれるハリーに、シャーリーも眠そうにしながら発言してきた。
「そうねー。その線も濃いけど、昨日の夜は魔物で襲撃したから、それを継承してくる可能性もあるわね」
だが、答えはその両方だった。
しっかりと遅めの朝食を取った俺達は、再びダンジョンでのアップダウンの旅路を急いだのだが、もう罠と魔物のオンパレードだったのだ。
落とし穴に槍衾に吊り天井と、回数こそ多いのであるが、また内容がワンパターンなのが逆に心に堪える。
先に進むどころではなく、もう二時間は戦っているような気がしたのだが、振り返ると夕べの野営地がまだ見えていた。
俺は初めて麦野城を出た時の事を思いだした。
あの時の旅も出直しだったなあ。
今日も、昨日の野営地で連泊になりそうな勢いだ。
というか、これ本当に夜までに止むのだろうか。
「まあ気を引き締めていくとしよう」
朝はパウルもこう言って、この男にしては珍しく若干眠そうにしていたが、今はそれどころではない。
その反面、フランコはピンピンして顔色もいい。
どうやら、しっかりと眠れたとみえる。
一体どういう神経をしていやがるのだ。
俺なんか、今日はもうゲンダスに抱っこされていく気が満々だったのによ。
ナナときたら、ゲンダス1に抱っこされっぱなしで目を白黒していただけだ。
もっとも彼女が大人しくしていてくれないと、もっと困った事になるのだが。
その周りを他のゲンダスやザムザが集団で取り囲んで守っている。
そして、シャーリーの悲鳴が上がった。
「いやあ、また足が~」
貪欲すぎる魔物の猛攻に、思わず脇を抜かれてしまったザムザの横から向かった魔物を迎え討とうとしたのだが、何の目印もない場所に泥沼化のトラップがあったので、シャーリーがそいつに片脚を落とした。
なんというか、全体的に嵌まるのではなく、川とか海とかで突然片脚が深みに嵌まったみたいな感じに作用する罠なので、うっかり踏んでしまうと完全に体勢を崩してしまい酷い目に遭うという。
またこれが、野球でど真ん中をジャストミートすると守備の真正面にボールが飛んでいくみたいな感覚で足を落とすのだ。
あれは、そうやって計算された位置に配置されているのだ。
シャーリーのような正統派の冒険者であればあるほど、その定石の罠に嵌まるというか。
しかも、一旦踏むと三分くらいは消滅しないでそのままの体勢なのだ。
そいつに一旦嵌まると、どれほどの力があろうが、凄い魔道士であろうが絶対に抜け出せない。
おまけに大精霊が作ったトラップなので、うちの優秀な魔道士達にも罠解除はできないようだ。
しかも連続攻撃で、罠から足を引き抜いて油断した次の瞬間を狙いすましてまた嵌まる。
俺は風魔法で、今まさに連続三回目の罠に嵌まったシャーリーを狙ってきた、その金狼のような魔物を真っ二つにしてやった。
親譲りで完全に正統派冒険者であるシャーリーは、これでもう七回目にも及ぶ連続落とし穴に嵌る、仲間内での最高記録を更新中だった。
守りの固いナナ以外で一度も嵌っていないのはエレのガイド付きの俺と、ハリー……が今ついに捕まったな。
俺は仕方がないので一人で仲間の援護をする事になった。
ハリーは罠を見抜く力はメンバー中で随一なのだが、あくまで魔道士であり体力馬鹿ではないため、長時間に渡って激しく機動を要求される、このような超連続戦闘にはあまり向かないだろう。
「駄目だ、こりゃあ」
ザムザ達もあまり数を出すと、通路が狭いので身動きが取れなくなるし、酷い魔物は天井を素早く逆さに走って飛び込んでくるので始末に負えず、かなりの混戦になってしまった。
魔道士連中も、こうも先手を取られて懐に飛び込んでこられるようでは、めったやたらに魔法をぶっぱなしまくる訳にもいかないようだった。
意外な事に、俺の眷属共も接近戦で多数を相手取ると、時には敵を漏らす。
そのあたりはダンジョンを崩さないようにセーブしているところもあるのだ。
スキルなどで豪快に戦う俺の眷属共は、少ない数の敵に力や技で戦ったり、広範囲にいる連中を叩きのめしたりするのは非常に得意なのだが、この手のダンジョン内の超乱戦では味方を巻き込まないようにしないといけないので、本来なら圧倒的なはずの戦力が著しく制限される。
「うちの体制の意外な弱点が発覚したなあ」
いつか、その辺をカバーしてくれる純戦闘に特化されたタイプの肉弾バトル系眷属が欲しい。
またダンジョンへ行く事などもあるだろうしな。
おそらく、この先もこの手の大精霊の相手をしないといけない気もしているのだし。
魔人のくせに妙な制約をつけられると、こんなに脆弱な部分があったとは。
大変参考になる戦闘だ、などと言っている場合じゃなかった。
なんとかせんと、このままだとおちおち休憩もできんし飯も食えないぞ。
今日は拳銃も実戦デビューしていた。
こういう乱戦で派手なスキルや火薬とかを使うと味方に損害が出そうなので、ブースト効果で発射される大威力の銃は却って効率がいい。
剣や槍で戦うなど俺の趣味じゃないというか、技量がないので真面に戦えるわけがない。
撃っては銃を仕舞い、アイテムボックスからまた別の銃を出して交換し、また撃つという、その繰り返しだった。
マガジンを交換している暇なんかない。
あとはゲンダス魔核のスキルは、結構使えた。
あの水流で作られた尻尾は、セーブして使えばこういう時に決して悪くないアイテムだった。
昼飯も暇を見て、袋クッキーやパンを口に放り込むという按排だ。
干し肉を噛みながら戦っている奴もいれば、焼き締めパンを咥えている奴もいた。
米軍は銃撃戦の合間に携行食糧を齧って、戦いながら栄養補給をする事もあるようだが、まさにそんな感覚だ。
連中も、俺達と一緒で敵から絶え間なく襲撃されている場合などに、合間に齧っているんだろうなあ。
こっちは肉弾戦だから、なお悪いわ。
「おい、パウル。
これもうキリがねえんだけど一度撤退しないか。
幸いにして、夕べのキャンプ地はまだすぐそこだしさ。
明日になればノームの奴も飽きてきて、趣向も変わってくるんじゃないのかな」
「くっ、今日は出発も遅かったので、少しは進んでおきたかったのだが致し方ない。
かくなる上は撤収だな。
おい、撤退戦を始めるぞ。
カズホ、お前の眷属を瞬間増やして強引に防衛線を張り、お前はキャンプ地まで戻って陣を張れ。
そして今晩はホールの入り口を死守して、なんとかそこで魔物を食い止めさせろ。
そうすれば、夜の騒音もまあ少しはマシになるだろうさ」
「こんな異常なダンジョン、魔人の眷属達に精霊や、カズホみたいに支援が強力な勇者を連れていないと攻略するなんて無理なんじゃないの?」
「とにかく、撤退撤退だああー」
こうして、朝の十一時に始まり十七時までかかった六時間にも及ぶ戦いは、夕べの宿泊地への敗走という形で虚しく顛末を迎えた。
俺は万倍化専用に出したキャンピング・エア馬車の中で、銃とマガジンの万倍化を試した。
今回はバッグいっぱいに詰め込んだ銃と弾薬を万倍化したのだ。
念のため、隙間にはチョコと回復役の類も詰めておいた。
あまり考えたくはないのだが、また明日もデスマーチになると、弾切れというか弾薬を満タンにしてある銃の在庫が切れると面倒だからな。
すぐ銃を撃てるように薬室に弾丸を送り込んでからデコッキングレバーを使って暴発しないような状態にして多数の拳銃を万倍化してある。
その後も、俺達が風呂に入った後にヤケになって俺が提供した酒で簡易な酒盛りをしてから寝てしまってからも、延々とダンジョンの魔物と俺の眷属の不毛な競演は続き、それは人に非ざる人外同士のバトルであったので一晩中飽きる事もなく延々と続いたのであった。