3-17 大精霊ノームの心根
一応、入り口の通り方は順番通りに一通りやってみたのだが、まったく駄目だった。
相変わらずダンジョンは澄まし顔で、うんともすんともいわない。
冒険者を中に入れてくれないダンジョンって一体なんだ。
「今度は順番の組合せを、もう一段階複雑な四回の組み合わせにして試してみるか」
「少し時間を空けてもう一度試した方がいいんじゃないか。
それで通れたダンジョンもあったような気がするがな。
まだ入り口だ。
そこまで複雑にするとダンジョンに入る人間がいなくなってしまうのでは」
「そもそも、通常のダンジョンという奴は人を招き入れたいような物だと思ったのだが、ここはそうじゃないからな。
王家の人間以外は全部入り口でお払い箱にしてもよいのだし」
「これで駄目だったら、ここの洞窟がダミーの可能性もあるわね。
その時は一回外に出て他の場所をチェックし直すといいかもしれないわよ」
専門家である冒険者パーティの面々が突破の方法を話し合っている間に、荷物持ち兼ガイドの精霊の通訳的な立ち位置でしかない俺と、『宝物庫の鍵』兼荷物の受取人という立場に過ぎないお姫様は、門外漢なのでどうしようもないから所在無げにしていた。
だが、エレがふっと横手の壁の方に近寄っていったかと思うと、なんとそのまま壁の中に消えていった。
「エレ!」
もしかしてガイドさんのエレが空間魔法のトラップにでも吸い込まれたのかと思い、俺は慌てたのだが、次の瞬間に喧ましい笑い声と共にエレが岩肌の間からひょっこり顔を出して言った。
「カズホ、そっちは皆ダミーの入り口さ。
みんな遊ばれているんだよ。
こっちが正規の入り口なんだ。
微かに、本当にごく微かだけれど、ここからノームの気配がしたような気がしたのさ。
ここの壁がなんだか幻惑くさいなと思って、ちょっと覗いてみたら案の定だ。
ひょっとすると、ここはこういうトリックが多いのかもしれないね。
そうかと思えば、さっきあの連中が言っていたような人間向けの凝ったトリックもあるかもしれないから油断はならないけど」
「うわあ……思ったよりも碌でもない奴だな、ノーム」
「どうした、カズホ。
何かあったのか」
俺が一人で騒いでいるのでパウルが様子を見に来たから、俺は壁に手を突っ込んで、おどけてみせた。
「御覧の通りさ。
ここが本物の入り口だ。
エレが見つけたんだ」
「そうか、幻惑系のトラップだったのか。
精霊よ、でかした!」
さっそくパウルの頭の上で胸を張って仁王立ちするエレ。
そんな事をしたって、俺以外の誰からも見えないけどね。
「入り口がどうにも通れなくて、それからやっと壁を丁寧に調べていくと見つかるわけか。
よくよく注意してそこの位置を見て見れば、また御丁寧な事に一番地味で見つかりにくいようなポイントへ見事に設置されているぞ」
これはまた手が込んでいやがるなあ。
この先が思いやられるぜ。
「ようし、では行きますわよ!」
勢い込んで勝手に突っ込んで行こうとする姫を、俺は慌てて後ろから肩をひっつかんで止めた。
「痛い、何をするのです」
「あんたな。
ダンジョンには何の罠があるのかわからないのだから、一人で勝手に行こうとするな。
これだから、御
ザムザ1、お前が先頭で入れ」
「心得た」
そして、中へ消えた奴が間髪入れずに短く「む!」と漏らした声と、何かの妙な音がした。
まるで大きな物でも落としましたとでもいうような鈍い音が。
これはもしや!
「なんだ、どうした」
俺は慌てて中へ一歩踏み込んだが、踏んづけた足の裏に何か異様な感触があった。
足元を見たら、なんとそれはザムザの蟷螂頭であった。
「主よ、落とし穴であった」
「うわ、まず一歩目から落とし穴なのかよ。
エグイな」
それを外から頭を突っ込んで覗き込んだパウルが、片脚で自分の眷属の頭を踏んづけたままフリーズしている、俺の間抜けな格好を見て苦笑した。
「なるほど。
どうやら、いきなり致命的な事にしようとは思っていないようだ。
どちらかというと致命傷を与えるよりも、このような感じに楽しみたいと思ってらっしゃるようだな、ここの大精霊様は」
「ちいい、よけいに性質が悪いな」
そして、その罠を魔法でチェックして検分していたハリーが感心したように感想を漏らす。
「これはまた、大層ひねくれた罠だ。
ここを越えようとするものは、必ずこれに一人は絶対嵌まるようにできている。
どこから足を踏み入れようが、最初の罠を感知して飛び越えようとしようが、中の床を踏んだ時に必ず先頭の一人は、背丈が隠れる位置くらいまで埋まるようにできているな。
まあ大怪我をさせるつもりはなさそうな按排だ。
少なくともここまでは」
「よく考えたら、ここってノームが約定を交わした王家御用達なんだよな。
やはり、そうそう凶悪なダメージを与えてくるものとは違うのかもしれん」
「地形が変わるほど長い間放っておかれたんで、もしかしたら、奴さんが拗ねているのじゃないか」
「あははは、もしかしたら姫様の忍耐力が試される試練のダンジョンなのかもしれないわね」
それを聞いて、また殊更に渋い顔をするビジョー王女なのであった。