1-17 旅の勇者様
「まあ何もないような村だが、ゆっくりしていけ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
雨露が凌げるだけ非常に素晴らしいし、さすがにこの中にまで狼も出ないようだし。
ログハウス風の丸太作りの家で、まるでどこかの山の手の別荘地に来たみたいだ。
この辺じゃ丸太がポピュラーな建材みたいだから、これが当たり前といえば当り前なのか。
木材なんか近くの山から切ってくればいいだけなんで、わざわざ削って柱や板にするのは手間だからね。
確かに他には何もなさそうなところだ。
雑貨屋も宿屋もないらしいし、ここで銀貨って使えるものなのかねえ。
「わあ、我が家に勇者様が来たー」
「あはははは、いいねえ勇者かあ。
その実態は、只の旅人だがな」
俺は楽しくなって、天真爛漫な幼女様を抱き上げた。
なんて天使な笑顔なんだよ、さっき狼に喰われかけていたっていうのに。
まあ、俺自身も散々ゴミのような扱いを受けたばっかりなんだけど、今はこうして笑えているけどなあ。
さて【仕事】でもするかな。
俺は会社の上司から残業を命令されながら、あまりにも理不尽な叱責を受けた事から命令違反を犯して帰ってしまい、とうとうその職務を全うする事無く、こんな異世界へとやってきてしまった。
その挙句に、召喚した張本人の王様から役立たず扱いされて、今現在このザマなのだ。
そんな揺れる心に整理を付けるためにのみ、鞄の中に入っていた申し付けられたのに片付けられなかった仕事の続きを始めたのだ。
こんな事は何の役にも立たないんだけど、まあ罰ゲームみたいなもんさ。
昔の人はこういう写経みたいな事をして心を落ち着けたのかねえ。
俺も修行僧にでもなるかな。
この世界で仏教的なものでも広げてみるか。
せめて、この世を去る最期の時は、せめてお坊さんにお経を読まれて送られたいものだ。
きっと、俺のように脱落しなかった勇者の仲間達からも需要はあるに違いない。
いっそ葬儀社でも作るかなあ。
思いっきり日本式の奴を。
霊柩馬車なんかを作るのもいいかもしれない。
和風アンダーテイカーだ。
殉職した勇者の仲間達の魂を慰めるためとか言って、あの王様からあれこれとふんだくったりしてね。
そんな俺の傍で幼女アリシャ様は、絶賛勇者の仕事ぶりを張り込み中だった。
生憎な事にアンパンや牛乳の差し入れとかは特にないのであるが、まあそこは四歳児のやる事でございますので。
第一、この俺自身が張り込まれる対象なのだしな。
お姉さんの方は、おうちのお手伝いにさっき呼ばれて行かれました。
もうお姉さんなので当然だよな。
だが、幼女様の突っ込みは容赦がない。
「勇者カズホ、何をやっているのー」
「仕事さあ」
「何のー」
「さあ、何のでしょう」
「勇者様の?」
「ブー」
「ああ、豚さんだー」
「違います」
「うーん、旅人のお仕事?」
「それも違いまーす。
会社に提出する取引報告書でーす。
あと、お取引の担当者様や、その上司様に対する情報や考察なんかも資料にまとめて、課の皆で情報を共有するのですう、ハイー!」
アカン、異世界の四歳幼女相手に何をハイになっておるものやら、俺。
ああ、テンパっているなあ。
作った資料をインプットするためのノーパソが欲しいよ。
あと電力もあればいいんだがね。
スマホも生き返るしさ。
一応充電器は持っているのだが、肝心のコンセントがない。
なんで最後の晩に限ってノーパソを持っていなかったんだ。
いつもはどれだけ邪魔でも絶対に持っていたのに。
まあ、あんなものは電池が切れればそれまでなのだが、それでもあの日に上司から残業を命じられてできなかった分の仕事、あれをやれたならこの異世界でも魂は救われるような気がするのさ。
まあ会社勤めした事のない奴にはわからないだろうな。
会社勤めしていてもわかってはくれないかもしれないが。
でももう決めた。
明日のスキル行使の対象は【羊皮紙】に決めたのだ。
やり残した仕事は羊皮紙にすべて書きつける。
それで、この俺が人生でやるべき仕事の全てを終わらせるんだ。
後はただただ、この見知らぬ世界で死ぬまで頑張って生きるのみ。
そして、しっかりと前向きに異世界を満喫するとしよう。
だが幼女様は容赦なく欲望にまっしぐらだった。
まあ、こんな何もない辺境の村じゃあなあ。
ここにやってくるお客様なんか、とってもとっても珍しいよね。
本当にキラキラした目をしちゃって、まあ可愛らしいこと。
「ねえ、カズホ~。
何か旅の面白いお話をしてー」
女の敵は退屈とよく言われるが、幼女様の敵も退屈だとも、姪っ子の子守り業務の多かった俺の経験は異世界でも大いに語る。
男の子なら一緒に暴れてあげれば大概はOKなんだけど、女の子の方はもうちょっとデリケートだ。
お兄ちゃんなんかが一緒にいない時のような、幼女様が単独子守り対象になっている時なんかは特にね。
「そうだねえ、じゃあさ。
一生かかっても食べきれないほどの量のある堅すぎる呪いのかかった焼き締めパンの山と、樽いっぱいの飲めるありがたいお水なんだけれど最初は大腸菌のカップルに呪われていた可能性があって飲用不可だった水の物語と、
研いでも研いでも切れるようにならない錆錆呪いのかかった魔剣に、後はどれだけ磨いても綺麗にならないこれまた錆錆呪いのかかったお鍋のお話と、
どんなに頑張って仕事しても罵声しか返してこない不機嫌で呪われた高血圧な上司のお話とどれが好き?」
だが、幼女様は身悶えなさっておられた。
「にゃああ、全部呪いのかかったお話だけにゃああ。
もっと楽しいお話をして~」
もう!
本当に幼女様は我儘なんだから。
だって、しゃあないやないですか。
この世界に来てからこの方、本当に何もかもが呪われているんじゃないのかと思うような体験しかなかったんだから。
「じゃあさあ、サンダーの魔法を使う電気ネズミとお兄ちゃんお姉ちゃんの登場する、人気があり過ぎて子供が目を回して社会問題になってしまった、もしかしたらテレビアニメスタートから呪われていたんじゃないかと思うほど大人気で、スポンサー会社の商品も売れまくった長寿大人気番組のお話とか。
プリティでキュアーなお姉ちゃん達が人気になって、スポンサー企業のライバル社が泣いて羨ましがって呪ったのではないかと思われるほど販売促進などで大活躍するお話とか。
あとはそうだな。
心は大人で体は子供、悪党にヤバイお薬を盛られて呪われたので子供の姿のままになってしまった主人公のお兄さんが騎士団長を務める腕白騎士団のお話とか。
すぐファンタジー枠に入れられそうになるけど本当は正統派SF作品で、しかも実は少女マンガの世界観で書かれた、豹頭の王様が主人公で、長い長い、次が一体いつ刊行されるのか、待ちくたびれていたファンからしてみたら呪われていたんじゃないかと思うような超ロング英雄譚とか。
とてもたくさんの大きなお友達に愛されているけれど、物語に登場した街が聖地として愛され過ぎて大きなお友達が訪問し過ぎるため、オタクじゃない一般の観光客の人からみると、もしかして聖地が呪われているのではないかと思うくらい大人気の女子高生アイドルグループアニメのお話と、どれがいい?
あと真打として、金曜日にテレビで放映されると相場が大暴落するかもしれないような真に恐怖たる呪いのかかった、そういう意味で迷信深い金融マーケットの連中からもっとも恐れられたアニメの金字塔みたいなスタジオの有名作品のお話と、お嬢さんはどれがいいのかな?」
彼女は矢継ぎ早に訳の分からない単語で示された選択肢に対応できずに固まってしまったが、次の瞬間に伸びあがって全力で叫んだ。
「何をいっているのかよくわかんないよー。
もう順番に全部お話ししてー!」
「よしきた!」
この世界で、こんな馬鹿な異世界物語をやっている人間って他にいるのかねえ。