3-12 大精霊たるもの
「んー、もう少し右かな。
ああ、そのくらいよ」
お姫様はもう見慣れたのか、ザムザ101の蟷螂頭に向かって方角の指示を出していた。
手には羊皮紙に書かれた大昔の古びた地図を持っており、もう一方の手にはクラシカルなデザインの羅針盤を持っている。
どうやら魔道具のコンパスのようで、おそらく富士の樹海のように磁気を狂わせるような場所でも使えるような、ヘヴィーデューティな製品なのだろう。
それくらいでないとダンジョンの探索には使えない筈だ。
いいなあれ、俺も今度どこかで探そう。
いっそこの姫をだまくらかして借り受けて、万倍化してみるか。
「この方角に進んで、湖の向こう側に大きな三連山が見えたら、そこが宝物庫のあるノームの塒であるグレート・ジン・ダンジョンよ。
はたしてノームはまだ王国との約定を守って、ちゃんとそこにいてくれるのかしら。
もし大精霊の結界があったら、彼がいてくれなかったら宝物庫を開けられないわ」
それに対して、エレが解説してくれた。
「へ、人間のお姫様の考えは浅いな。
あの地の大精霊ノームが、たかが数百年やそこらで居場所を変えるわけがないじゃないのさ。
まあ魔王でも攻めてきたのなら別だろうけどさ。
でも、そんなところにノームが引き籠っていたなんてねえ。
そりゃあ居場所が知れないわけだわ」
「パウル、どうやらノームはそこにいるらしい」
それを聞いて彼もようやく窓から顔を離し、どっしりと足を組んで座り直していた。
他の同様にしていた連中もそれに倣う。
そのポジションへ戻ってきていた姫も、その作戦会議のような空気に押され、渋々と長椅子から降りてきた。
「何故それがわかる」
「そこの、さっきから姫様の前であかんべえをしたり、お尻ペンペンをしていたりしている、うちの精霊がそう言ったからだ。
以前から大精霊の居場所を知らないと言っていたから、そのノームとかいう大精霊も、まだ他へは行かずにずっとそこに引きこもったまんまなのだろう」
それを聞いて、お姫様は目の前の何もない場所を必死に両手でかいていたが、エレの奴は小馬鹿にしたように彼女の頭の上で寝そべっていた。
こいつ、精霊との契約がどうのとか呪文を唱えていたが、全然加護とかないぞ。
さては、そういう内容の文言の呪文だっただけなのかよ。
だから言ってやった。
「ああ、精霊は今もう姫の頭の上だぞ」
そして今エレは、両手でパンっと自分の頭を叩いている間抜けな姫を、空中で見ながら腹を抱えて笑っていた。
「よしておけよ。
精霊は悪戯者だから、精霊を見えない奴が何をしようがどうにもならんぞ。
加護持ちの人間でもなければ特に触れもせんのだしな。
つまり大精霊とは、更にその上をいく手強い奴なのだと覚悟しておく事だ。
いくら約定通りに王家の姫君がダンジョンへ行ったからって、事は素直には運びそうにないな」
そうだったのだ。
多分、大精霊という存在はそういう奴なのだ。
エレも、うんうんと頷いているので、それなら俺にはエレと同じように手なづけられるはずだと、俺は作戦の成功を確信していた。
問題はどれだけ時間がかかるかという事だ。
行き帰りの時間は無しに等しいし、後はダンジョン内の探索がどれだけかかるかだけだろう。
などと思っていたのだが。
「変ねえ」
「どうしたい、姫さん」
そろそろ着く頃合いだと、またザムザ101の隣へ行って目的地を捜していたお姫様が怪訝そうな顔をしていた。
俺もそっちに行って一緒に地図を覗き込んだ。
そこには確かに大きめの湖が描かれている。
少なくとも三連山とやらよりは大きそうなのだが。
まあ手書きの地図なんて縮尺は当てにならないけどね。
「目印である山らしき物は見えるんだけど、その麓にあるはずの湖が見当たらないわ。
ここじゃないのかしら。
方角を間違えたのかな」
俺も首を傾げる。
もしかして違う山を目指してしまったのかもしれない。
だが、そこへザムザ1から詳細な解説が入った。
「人間の姫よ、我はそなたの示す羅針盤通りに飛んだ。
我は人間とは違い、一度定めた方角など決して違わぬ。
太陽や月、星の位置などからも正確に判定できる。
知っておるか、姫よ。
今、この星の見えぬ空にも星は明確に存在しており、我はそれを見る事もできる。
敵が去った方角を正確に見分け、行先を断定する事も可能よ。
目的地は、この方角で絶対に間違いはない。
言われた距離からも、その地図に示されている三連山はそこの山であるに相違ない。
おそらく湖は時が経ち枯れ、他の地形も変わり、目印は山だけとなった。
姫に問うが、その地図は幾年前のものぞ」
だはあ!
今更ながらに、このザムザに追跡された恐ろしさに身が震える。
こ、こいつ!
なんて能力を持っていやがるのだ。
それは宗篤姉妹も心胆を寒からしめられたものだろうよ。
よし、俺もそのスキルを使いこなそう。
だが、そうなると。
皆の視線が姫に一斉に集中した。
「う。
ど、どうしようかしら。
ダンジョンは湖の畔にあったのだけれど、これではどこにあったのかわからないわ。
入り口は洞窟状になっているはずなのだけれど、それが長い年月の果てに塞がってしまっていたとしたら!」
「なんてこった」
パウルもちょっと難しい顔をしている。
俺達は冒険者であって、ダンジョンへ入ってからが仕事なのだ。
このような事態となれば、そこまでの作業は違う専門家の仕事となるのだ。
おそらく土木技術者や発掘を専門とする学者なんかの。
俺がここまでそいつらを運んでやったとしても、その特定をする作業にはかなりの時間を要するだろう。
もうすぐ雪深い冬が来るし、主街道よりも外れた位置、そこから二百キロは北方に位置するダンジョン入り口の探索は困難を極める。
へたをすると何年もかかる作業になるのかもしれないのだ。
事態を瞬時に把握したパウルも、遅滞なく姫に決断を迫った。
「ビジョー王女、いかがいたしますか。
これでは契約の履行は無理だ。
我々はダンジョンへの同行を依頼されたのであって、ダンジョン自体の捜索は契約には含まれない。
その場合でも契約上、前金の返金はできない。
しかし、それでは我々としても心苦しいので、もう少しなんとかしたいと思うのだが、どうする。
すべてはあなた次第だが」
パウルのもっともすぎる意見に、さすがの我儘姫も答えに窮した。
自分でもどうしたらいいのかよくわからないのだろう。