3-10 出発
「ところで、現場のダンジョンはどこにあって、どうやっていくんだい」
「ここから北部方面へ徒歩五日の辺鄙な場所にある。
王家が大型馬車を出してくれるから一台で行ける。
道は街道筋からはずれるし、馬車が入れないような地形になったら途中から歩きだな。
あまりにも場所が辺鄙なんでな、もう最近は長い事誰も行かなくなってしまったので、おそらくはもはや道の痕跡すらないぞ。
元々荒野のど真ん中でダンジョンへ行く奴しか通らない道だったしな。
至便な場所のダンジョンは他にもある」
「マジかよ!
となると村落がない場合は馬車内で泊まるのか?」
昔のヨーロッパなんかでも、旅行用の馬車は車中泊仕様だったような。
「王女様はな。
俺達は交代で見張りをしながら、後は簡易な天幕だ」
「なんで、そんなところにダンジョンがあるんだよ。
後で行く気があるのだったら、ちゃんと道くらい作っておけよ」
「元々そのダンジョンは、王国の宝物庫を守るために大精霊が作ったギミックなのだ。
わざと辺鄙なところに作ったんだよ。
とりあえずダンジョンの場所がわかるのかどうかが第一関門だな」
「なんだ、そりゃあ」
ひでえな、まず仕事場を発掘するところから始めるのか。
きっと草ぼうぼうで、へたをすると土砂の山に埋もれているぞ。
そして俺は気がついた。
「そこに辿り着くまでに往復十日で、その上ダンジョンの発掘から仕事を始めて、さらに中で一か月だと!
認められるか、そんなものが。
俺がそんなに留守にしたら、うちの幼女達が泣き叫んで暴動を起こすわ。
ダンジョン想定地までは我が栄光のマルータ号で行くぞ」
「マルータ号ってなんだ」
「今から見せるよ。
ついてこい」
そう言って階下に降りて、見送ってくれるギルマスにサブマスのジョナサンさんと、ギルマスの秘書のラミア嬢が手を振ってくれている。
そして格調高そうな服装をした御者が立っており、王家の立派な馬車が待ってくれていた。
いけねえ、俺が遅刻したんでかなり御者を待たせてしまっていたのか。
今からその馬車を使いませんとは非常に言い辛いな。
だが、その馬車でチンタラ行くのは絶対に嫌だし、途中の歩哨や荒野での野宿も嫌だ。
というわけで、俺はマルータ号を取り出して馬車の隣に置いた。
こいつは馬車三台分のボディ部分を繋げた長さだから、こうやって大型とはいえ、通常の馬車と並べて大きさを比べてみるとかなりの迫力がある。
「な、なんですの、これは。
丸太で作った小屋?
いや車輪がついているわね。
元はもしかして馬車か何かなのかしら!?」
「御名答、こいつは馬車を繋いで改造して作った飛空馬車みたいなものさ」
「な、そんな物があるという話は聞いた事がございませんわ」
「あるものは仕方があるまい。
それザムザ101、浮かび上がってみせろ」
そいつは、すうっと浮かび上がり静かに宙にホバーリングした。
これは魔核の力ではなく、電車を模した運転席ならぬ操縦席にいる本物のザムザ・ナンバーズが動かしているのだ。
メンバーは俺にお姫様、パウルにフランク、そしてハリーともう一人は俺が知らない赤毛の魔道士の女の子の計六名だ。
女の子はお姫様の御世話で呼ばれたらしい。
俺よりもかなり若そうだが、おそらくはSランクの実力を持った冒険者だろう。
そうでなければここには呼ばれまい。
ビトーは辺境を受け持つ冒険者ギルドなのだから、なんでもありの実力を要求されるので、ここの冒険者なら十分な能力を持っているはずだ。
俺は高度を調節して、本物のエアカーやホバークラフトのように地面ギリギリに浮かせておいた。
まるで低床バスか、ステップが可動式の大型バンみたいだ。
「さあ、こいつで行こうぜ。
元々馬車で、今回のような道なき道を行くなんて無理なんだ。
必ずどこかで行き詰まる。
それに、お姫様も一緒に行くんだからさ」
「いや、せっかく馬車を用意したんだけど、これに乗って行かないの」
なんか嫌がっているが、お姫様は多分王国の紋章の入った馬車で行きたいんだろう。
陽彩の奴に袖にされたので、ちょっとハズレ第七王女扱いされているみたいだからな。
地味に王家の一員としての自尊心を回復させたいのだ。
なので、ここは強引にでもうちのエア馬車に乗っていく事にする。
「ご乗車になられる方は、お足元にご注意の上、前の方を押さないようにお願いいたします」
「えーっ」
ぐずる姫様だったが、お世話係の女の子はぐいぐいと姫を促して、乗り込み際に俺へ向かってにっこりと笑いかけた。
さすがは一流の冒険者だ。
クライアントの都合よりも自分の利を取ったようだった。
先ほどパウロから荒れ地を行く行程の説明を聞いて、かなり嫌そうな顔をしていたからな。
なんたって女の子だもんね!
男の俺だって、そんな荒野の野宿旅は絶対に嫌なんだからよ。
「他の皆さまも、御乗り遅れのないよう、お早くお乗りくださーい」
アナウンスと手振りで促して残りのメンバーを乗せると、そして両側に長椅子のように配置した椅子に腰かけてもらった。
俺は最後に「済まないね」という感じに王家の馬車の御車へ向かってお愛想の挙手をしたが、向こうも恭しく優雅に一礼をしてくれた。
まあ彼は無事に姫を送り出せればいいので、相手が王都を救った勇者ならお任せといったところだろう。
どの道、彼も途中のどこかで馬車では進めなくなって引き返すしかないのだ。
姫に彼の迎えが要るのであれば、姫も通信の宝珠くらい持っているだろうし、俺がギルマスに連絡すればいいだけだ。
そして中からお姫様の悲鳴が高らかに響き渡った。
「ああ、いけねえ。
中に運転手に起用したザムザ101がいるんだった。
その説明が抜けていたな」
御世話係の女の子が必死で姫を庇っていたが、パウル達が奴さんに向かって親し気に声をかけた。
「よお、ザムザ。今日は運転手を頼むな」とやって、ザムザ101も「任せておくがいい。ちなみに我はザムザではなくザムザ101だ」などと答えている。
事情をよく知らない魔道士の彼女も始めは困惑しているようだったが、すぐにパウルから説明を受けて爆笑していた。
今日は楽しいダンジョン行になりそうだ。