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1-16 辺境の勇者

 そして屈強そうな体躯を見せる精悍な顔付きをした彼は、娘を抱き上げながら立ち上がって、俺の方に近づいてきた。


「あんたが俺の娘達を助けてくれたのか?

 礼を言うぞ。


 狼魔物を倒したのかね。

 あんたは立派な勇者だ。


 あれは集団でかかってくるから手強いのだが。

 そんな物がこの村の森にやってくるとはな。

 君は冒険者なのかね」


 勇者ねえ。

 そいつは笑えると言ったらかいいのか、笑えない冗談だと言ったらいいのか。


 今、この世界でただ一人、この俺にとってだけは感想返しにやや困る評価だな。


「いや、ただの旅の者だ。

 間抜けにも、あの狼の支配する森で今晩野宿しようとしていた大馬鹿者さ。

 あのままだったら俺が狼に喰われていたかもしれん。

 俺の方こそ、あなたの娘さん達に助けられたのかもしれない」


 俺は冗談抜きでそう言い、彼らに笑いかけた。


 父親の胸から飛び降りて駆け寄ってきた四歳のアリシャは、無邪気に俺にむしゃぶりついてきてくれ、俺を称えてくれた。


「勇者カズホ、バンザーイ」


「はは、この俺が勇者様なのかい?」


「うん、だってカズホは冒険者じゃないんでしょう。

 王様が呼ぼうとしていた勇者様なんじゃないの?」


「へえ、あの王様ったら、勇者を呼ぶ前からもう国中に喧伝しているのか」


 父親はそれを聞いて、少し俺の事をじっと見ていた。


 おっといけねえ。

 なにか余分な事を言っちまったかな。


 だが、彼は次の瞬間に軽く人好きのする笑みを浮かべながら言ってくれた。


「あんたは娘達の命の恩人だ。

 俺はカイザ・アイクル。

 カイザと呼んでくれ。

 よかったら今夜はうちに泊まっていってくれ。


 魔物が湧いて出たというのなら、狼を倒したとはいえ森で野宿は危ないかもしれん。

 ああいう物は一旦湧くと、継続的に湧いてきたりするのだ。


 何かこの辺りに魔物を沸かせる要因があるのかもしれん。

 実のところを言えば、そういう心当たりもないではないのでな。

 一度村長に相談してみる必要がありそうだ」


 うっ。


 それって、あの王様が儀式をやったからその余韻のようなもの、魔物を呼んだり湧かせたりもする何かが放たれていたのでは。


 王様、妙な真似をする時には周辺を兵士に巡回させようぜ。


 まあもしかしたら、このような儀式をやる事自体が久しぶり過ぎて、王様も周りの連中も気が回っていないのかもしれないな。

 あと、今はそれどころじゃないのだろう。


 魔王ねえ。

 一体どんな化け物なのか想像もつかないが、さっきの狼のようにいかない事だけは確かだ。


 俺の出る幕なんかどこにもない。

 それよりも今晩の寝床の心配をしよう。


「いや、いいのかい?

 俺は素性も知れない余所者なんだ。

 まあ、ありがたいんだけどさ。

 もう森とかじゃ怖くて野宿なんてできないよ」


「ははは、ここは辺境の村だからな。

 この先の奥は古くからある廃砦と伝説の神殿しかない」


 彼は少し俺を値踏みするような感じに見ていたが、俺もはっきりと言ってやった。


 どこから来たのかわからないのでは彼も不安だろうからな。

 それでお泊まりが駄目なら駄目で別にかまわないさ。


「俺は【そっち方面】から来て、王様のいる街まで行く予定だ」


 俺が、わざわざ【そっち方面】という言葉と王様という単語を使ったので、彼もなんとなく俺の境遇を察してくれたようだ。


 俺が、召喚儀式を行う伝説の神殿や王様に関係ある人物らしいという事を。

 そもそも、並みの旅人が涼しい顔をして、子供を救うために狼魔物と戦えるはずもない。


「そうか、この先からは一日もあれば、余裕で次の村まで行けたりするだろう。

 その次の村も半日かからず着く距離だ。

 客が来な過ぎて潰れていなければこの先に宿もある、はずだ」


「うわあ、そいつばかりは笑えない冗談だな」


 この世界も辺境は思いっきり過疎ってる!?


「ははは、大丈夫さ。

 冗談だよ。

 宿屋は酒場や雑貨屋も兼ねていて、そう簡単に潰れたりはしないさ。


 行商人も定期的にはやってくるからな。

 そうしてくれんと村も困るから、潰れんように村長達が取り計らうさ。

 うちみたいに最初からなければ知らんがね。


 おかげで、この村には行商人もやってこんから買い物はまとめて隣村の商店で買うのだが、品揃えが薄くて困る。

 行商人が来る頃合いを見計らって行くのだが、これがなかなか上手くいかないので困りものだ」


 うわあ、これは大変な買い物難民と化しているなあ。

 というか、ここは大昔からこうなんだろうな。


 おそらく、あの砦が廃棄されて見捨てられた村のようになって以来。


 俺は、平屋のロフトくらいしかなさそうな丸太小屋である彼らの家へと誘われて、歩きながらカイザに訊いてみる。


「なあ、カイザ。

 あの砦は何のために作られたんだい。

 城内に水場もなくて閉口したよ」


「ん? ああ、それは違う世界からやってきた軍勢と戦うためさ。

 あの神殿はその出現ポイントだったのだ。


 当時の王が神殿を立てて、そこで儀式を行い、侵入ゲートを封じたのだ。

 お蔭でそれ以来、異世界の軍勢はやってこない。


 その頃はこの辺りは前線地帯で、同盟国の軍勢までやってきて大変な騒ぎだったという事だ。

 まあ、かれこれ数百年は昔の話だがなあ。


 この村は当時、王国連合軍を支援するために砦付近に作られた村なのさ。

 向こうは戦場だから、それで城よりはかなり距離を置いているのだ。


 だから、今でもここは産業に乏しくてな。

 だが今も見張りのお役目があるので村は残しておかないといけない。

 まったくもって面倒な事さ」


 なんと。

 それは地球からの軍勢なのか?

 それともそうではない、また別の世界から?


 世界の狭間というか、どこかと繋がっているポイントというか、そういう地点に神殿が立てられたのか。


 もしかしたら、神殿自体にも異世界からの入り口を封じる機能があるのかもしれない。

 だから、その封印を解くような感じにあそこが召喚の儀式に使われているのか。


 うまく狙って勇者を引き込むための術式があの魔法陣という事なのだろうか。


 その攻めてきたという軍勢はどうなってしまったのだろう。

 元の世界へ帰れた奴がいたのかが気になるな。


 まあ、何にしろ今回は王様が直々に呼び出した勇者なんだから何も問題はないさ。

 昔みたいに向こうから攻めてきたわけじゃあないからな。


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