3-6 王女の逆鱗
「王女様は、何か戦闘力とかは?」
「特にないわよ。
何故王女たる者が、そのような物を持っていないといけないのですか。
どうせ政略結婚の末に生まれた第七王女に過ぎませんので。
政治の流れにまかせて、そのうちにどこかへ嫁に出されるだけの身なのですから」
あ、そういうのもあって、こんなにやさぐれてらっしゃるのかしら、この王女。
確かにこの美貌は政略結婚には最適といってもいい美少女なのかもしれないが。
「それに、あの勇者ときたら!」
それはもしかして、あの陽彩の事なのかな。
あのちょっと背が高いだけが取り柄のチキンな少年勇者が、この美少女に一体どのような無礼を働いたものか。
俺はどうにも想像しあぐねて首を捻ったのだが、彼女は不貞腐れたような声で話を続けた。
「あのチンピラ勇者めは、この私を辱めました。
父上が勇者の男共に女性を宛がった時に、父は私に彼の世話をするようにと申し付けました。
勇者への報酬として、なんと王女たる私を無造作に与えようとしたのです!
その屈辱があなたにわかる?
それなのに、それなのに」
王女様は目に涙を称え、それが人前で零れたりしないよう必死で我慢しながら、体を屈辱に震わせていた。
「うわーっはっはっはっは。
いやあ、無理無理無理無理~。
あの童貞小僧には、あんたみたいな気の強いお姫様の相手は無理だわー‼
ぶわっはっはっは」
笑っちゃいかん笑っちゃいかんと思いつつも、その時にあいつがどんな顔をしてビビッてそれを辞退したのか想像して、俺はまるでギャグマンガの主人公のような下品な顔で笑いまくってしまった。
へん、俺だって勇者様の一人なんだぜ。
たかが第七王女なんかどうってこたねえや。
だが向こうはそうではなかったらしい。
俺のその態度に、顔を真っ赤にして怒り出した彼女は激高して腰の細剣を抜き、白銀に煌めく麗刃の上品で麗らな光が俺の目を射た。
ほお、ミスリルのレイピアか。
しかし、こいつはどちらかといえば儀礼的なものだな。
武器としてみればそうたいしたものじゃない。
だが、その後に彼女は驚愕の行動に出た。
「契約せし光の精霊よ、盟約に従い我に力を。
星の瞬き太陽の恵み月の双子の光の雫、聖天の力我が剣に宿らん。
聖光アルティミット、そこの蛮族たる大ハズレ勇者を叩き斬れ!」
おっとう、何か呪文を唱えだしたな。
俺への罵倒の称号もランクアップしているし。
こいつは魔法剣の使い手なのか。
それで魔法を通しやすい性質を持つミスリル剣なのだな。
戦闘力は無いとか言っていたが、これくらいは王家の一員として当然の嗜みなのかね。
このヤバそうな魔法は、どれくらい切れる?
というわけで、見知らぬ魔法を纏わせた剣の切れ味をいきなり自分の体で試すのもなんなので、俺は盾を召喚した。
目を焼くような光魔法っぽい激しい衝撃が、ギルマスの事務的な執務室を光撃で満たした。
そして、それを優雅に微動だにもせずに個性的な造形の脳天で受け止めた奴といえば。
「ああっ、お前は」
いわずもがな、平然と腕組みをしてそれを蟷螂頭で受け止めたザムザ1だった。
「お前は、ザ、ザムザ!
な、何故ここに」
息を飲み、全身を硬直させたお姫様。
凄いスキルを持っていても、魔人と相対したのは初めてなのだろう。
足が小刻みに震えていた。
むしろ、『漏らしていない事』を高く評価したい。
だって俺達はこいつをダンジョンへ連れていき、お守りをしないといけないんだぜ。
この程度でチビっているような小娘は連れていきたくない。
俺のお守りのスキルは主に幼稚園児クラスまでなんだがなあ。
ここは専門家のフォミオを連れていくべきか。
いや、フォミオママを俺が連れていってしまうと、またチビ達が泣き喚きそうだし、今ベンリ村で職業研修中の子供が数人いるのに足が無くなっちまう。
もうすぐ冬が来るとベンリ村へは行けなくなっちまうからな。
そもそもフォミオは、そのような場所では足手纏いになっちまいそうだ。
普段は、あれほど使える奴もそうそういないのだが。
今までの凄い能力を持った魔人や魔獣で、常日頃フォミオほど役に立つ奴は他に一人もいないという。
「おい、お姫様。
あんまり人を驚かせるなよ。
かなり凄そうな魔法を剣に纏っていたから絶対防御が破られるんじゃないかと思って、思わず代打を引っ張り出しちまったじゃねえか。
その程度で究極、恐れ多くもアルティミットを名乗るんじゃねえ」
だが姫は驚愕の視線を俺とザムザの間で往復させた。
「お、お前は魔人を使役するの⁉」
「え、俺は王都であれだけ暴れてきたのに、何故お前はそれを知らないんだ」
「そんなもの。
私は王女ですから、真っ先に避難させられていましたが、それが何か」
その、あまりにももっともすぎる返答に思わず納得した。
いくら捨て駒同然の第七王女でも、俺のように無残に置いていかれたりはしないよな。
「でもよく考えたら、あんただって危険なダンジョンに放り込まれるんだからアレな立場だね」
「あ、あなた方と一緒にしないでください!
上の姉様達は同盟国や、対魔王王国連合を維持するため交渉が必要な国とかへお嫁に行ってしまいましたので、次に話が出たら私が行くのです。
別に私に使い道がない訳でもありません!
それなのに、あの、あの勇者と来たら。
私は、すべての王侯貴族や国外の貴族などからも完全に笑い物になってしまいました。
今後の国際政略結婚や、あるいは国内での有力貴族との婚姻にも激しく影響が出てしまいそうです」
あー、涙目になってる。
陽彩の奴め、なかなか女泣かせじゃないか。
せっかく、こんな可愛いお姫様と初めての経験ができたかもしれないものを。
あいつめ、もしかして二次元の嫁がいい口だろうか。