2-80 平和な日々
「きさま!
王に向かって、なんという態度だ」
その俺の言い草を耳にして、ついに激高した王様の隣にいた将軍が真っ赤になって進み出ようとしたが、王様は手でそれを制した。
「よかろう。
宰相よ、光金貨二十枚を持て」
後ろに控えていた、その頭が剥げて概ね白くなった口髭も少し蓄えただけの爺さんは、その金額に思わずたたらを踏んでいた。
「し、しかし、王よ」
「そうだ、あの魔虫の甲殻も譲ってはもらえないだろうか。
あれはよい武具になるじゃろう」
「いくら払う」
「光金貨を追加で十枚分、それだけ分の素材をもらいたい」
「いいだろう」
俺はドサっと値段相応と思える大量の甲殻を下ろしたが、王に促されたおっさん勇者が収納しようとしたのを鋭く制止した。
「まだだ、そいつは金と引き換えだぜ」
エリクサーはまだ俺の手元にある。
それを聞いてその勇者も王様の顔を見たが、王様が頷いたので、運搬を任されたおっさん勇者は首を竦めた。
そして、そのまま三十分くらい待たされて、顔中に顰めっ面を十人前くらい張り付けた宰相が金を持ってきた。
地上に降りて立ったまま待っていた俺は、笑顔でそれを受け取ると枚数を確認し、鑑定で一枚残らず本物である事を確認してからわざと下品な口笛を吹き、金を収納してエリクサーを宰相に手渡した。
宰相からエリクサーを受取った王様も自ら鑑定し、満足そうにそれを御付きの者に渡した。
王様も甲殻の量に特に不満は無いようだった。
俺もそっちの分はそれなりにサービスしておいたのでね。
自分が使う分は、甲殻なら後でいくらでも増やせるからな。
増やせない疑似魔核が欲しいとか言われなくてよかった。
あっちはまだ万倍化を試していないが、ミール魔核から引き出した情報では駄目っぽいようなのだ。
「ふむ、まこと不思議な事ながら、紛れも無く本物のエリクサーじゃの」
「くくく、こちとら日本にいた頃から誠心誠意の商売を心がけていたんだからね。
取り扱い商品の品質には自信ありさ」
もっといろいろと恨み言も含めて、王様本人に言ってやりたい事は山のようにあったが、俺もいい歳こいた大人だ。
あまり王様に喧嘩を売りまくっても、この国に居場所がなくなりそうだし、王様の部下である俺の関係者である泉やカイザに迷惑をかけたくはない。
それに、この王様はハズレ勇者の俺を蔑んだりはしなかった。
ただ憐れんで言葉をかけてくれただけなので、王様個人にたいした恨みはない。
召喚を決めたのも王様本人が決めたのではないのだろう。
王国、ひいては王国連合の意思で、王様はただ当代の王としての責務を果たしたに過ぎない。
そして何よりも、この度は目出度く彼から慰謝料を、将軍だの宰相だのが目を剝くほどたっぷりと取り立てたのだからな。
ヒャッハー!
勇者カズホはついに光金貨を獲得した。
テッテレー!
「痛い、痛いな。
そう突くなよ、泉」
泉は「あんた、わかっているよね」みたいな顔でこっちを睨んでいる。
まあこの、将軍だの宰相が凄く嫌な顔をするくらい高価な光金貨を偽造したら、そりゃあとびっきりヤバイよな。
それでも一枚は使わずに【サンプル】として取っておくとするかな、ワハハハハ。
そんな俺の心の内を見透かしたように、泉がでこに手を当てて頭を左右に振っていた。
そして、そんな俺達の様子を無言で眺めていた王様がポツリと訊いてきた。
「お主はこれからどうするのじゃ」
俺はズカズカと王様に近寄っていくと、一目でわかるほど煌びやかで特別な、オリハルコンの色を模した煌めく山吹色の装丁を施された『SSSランクの冒険者証』を取り出した。
そして、にっこりと素晴らしい営業スマイルと共にそいつを見せつけると、わざと傲慢に言い放った。
「どうもこうもない、せっかく異世界で大金持ちになったんだから、この異世界を思いっきり楽しむさ。
そうしていいと、あんたも言っただろう?
魔王なんぞ、俺の知ったことか。
もう仕事も決めたんだし、可愛い彼女もできた。
じゃあ泉、もうデートに行こうぜ。
今日はこの先、俺達がいたって仕方がない。
後は役人や現場の片付けをする人間の仕事さ。
勇者と冒険者は仕事終了、オフの時間なのだから」
俺はあえて勇者と冒険者という表現をしっかりとしておき、自分が勇者として今回来たのではなく、次回もそうしない意思をはっきりと伝えた。
もしかしたら王都のギルドは、王国とずぶずぶなのかもしれないが、俺はビトーの冒険者だ。
一応は同じ組織なのだが、各都市の冒険者ギルドは独立独歩なので、王都のギルドがビトーのギルドに無理やり命令できるわけではない。
「王様、俺に仕事を頼むのならビトーの冒険者ギルドを通してくれ。SSSランクの冒険者を雇うのは高くつくぜ」という意思表示だけは、きっちりとさせていただいたというわけだ。
泉も、今あれこれと追及されたくないので、あっさりと俺の助け舟に乗った。
「で、では国王陛下。
そういう事でありますので、本日は私もこれで仕事を上がらせていただきますね~。
それでは失礼しますー!」
そう言って泉は王様の返事も聞かずにビュウンと舞い上がった。
俺も間髪入れずに飛び上がり、空中でランデブーした。
二人で仲良く空中で手を繋いでクルクルとダンスのように回る様を、全王国軍と勇者達に見せつけた。
飛行スキルを持つ宗篤ちゃんが脱走中なので、他にこのような真似ができる勇者はこの王国にはいない。
おっとそういや、うっかり報告を忘れていたな。
俺は空中で通信の魔道具を取り出して、カイザの奴に『電話』をした。
「よお、王都の騒動は片付いたぜ」
「そ、そうか。
王都の被害はどうだ?」
「なんかいきなり魔王軍の大魔獣が狙ってきたんで、野郎が強烈なブレスを吐いたせいで王都の中枢地区とやらが粉々だな」
ぐうむと、半ば絶句したカイザの呻き声に俺は失笑を禁じ得ない。
だが、後ろで何か喚いている声が聞こえ、マーシャが宝珠を父親から奪い取ったらしく、幼女様のヒステリックな声が魔道具の中から響いてきた。
「ね、ねえ。
王都は無事?
あたしの行きたい素敵なお店とかは守ってくれたんでしょうね!」
「あたしも、お話する~」
下の子は単に電話したいだけのようだった。
どうして女の子ってこう、電話が好きなのか。
村に帰ったら子機を持っていかれそうな勢いだぜ。
残りの宝珠はもう三つと少ないんだからな。
そのうち一つは、あの姉妹にやる分なのだ。
どこかにもうワンセットないものだろうか。
この魔道具はミールの疑似魔核同様にかなり特殊な物らしく、残念ながら俺の万倍化能力を受け付けなかった。
今度、ゴヨータシ商会にどこかの王国から横流しで入手できないか訊いてみるか。
今なら光金貨での支払いも可能だ。
いや、こういうデリケートな案件はショウに任せるに限る。
「大丈夫さ、魔王軍の魔獣さんはそんなもんに用はないとよ」
「そうですか、それは一安心。
それで王都の御土産の件なのですが」
「わかっているよ」
「いいや、カズホは全然わかっていません。
えーと、私が欲しいのはですね」
「あーん、アリシャもカズホとお話するう」
「あ、アリシャ。
ちょっとよすのです。
今はお姉ちゃんが大切なお話をしている最中なのですよ~」
だが今度はマーシャが宝珠をアリシャに強奪されたようだ。
「もしもしー、カズホー。
きゃあー、お姉ちゃんはさっき話していたじゃないのー。
今度はあたしの番なの~」
「アリシャ、それをお姉ちゃんにお返し。
それは子供が持つものじゃないのですよ」
「お姉ちゃんだってまだ子供じゃん。
あのね、あのね、カズホ。
フォミオがね」
王都は魔王軍の大幹部襲来で大惨事だったのだが、焼き締めパン村は今日もいつもの如くに平和なようだった。