2-70 嵐の季節
俺は勇者陽彩とベンリ村での合同秋祭りの開催と再会を約束し、翌朝もう一度マルータ号(もう名前はこれにしてしまった)の飛行試験を行いながら帰村した。
チビ達への王都の御土産は、夕べのお城侵入作戦の前に仕入れてあるので抜かりはない。
俺が思うに、あんな侵入劇はすぐに見つかって上に報告されているのだろう。
別に隠密していたわけでもないしな。
勇者の戯言というか、気まぐれなお遊びとして放置されているのだと思う。
そもそも俺の事は王様も知っているはずだ。
カイザは俺の事を王様に報告していると言っていたので、今の俺の能力とかあれこれ知っているのだろうから、俺が王国に敵対する気はない事もすべて承知だろう。
敵対どころか、王国への脅威を取り除きまくりの大活躍だ。
この黒髪黒目がある限り、俺はこの王国側の存在であり、魔王軍とは敵対せざるを得ない。
もう先んじて魔王に喧嘩は売っちまった事だしな。
そもそも、魔王なんて奴は全ての人間と対立しているだろうから論外の存在だ。
だが魔王の事は気にかかる。
正直に言えば、まだ会ってみたいという気持ちは心の奥底に持っているのだ。
「ただいまー」
「お帰り~」
「御土産ー」
「王都のお話をしてー」
「マルータ号はどうだった?」
「にゃあん」
最近は俺が出かけると、カイザの家のウッドデッキの手摺りに鈴なりに生る頭が随分と増えた。
俺も子煩悩な師匠の事をあまり言えないな。
もはや子供会の主幹事も同然なのだ。
お母様方は、主に畑の方に御出勤でございますのでね。
ただ、ずっとそこにいさせるのもなんなので、子供達が自主的に勉強できるようにフォミオに黒板を作らせた。
あちこちの素材から俺が材料を集めて、フォミオの調合スキルでチョークを作らせた。
黒板の方は、王都から仕入れてきた塗料や錬金的な素材で何とか作ってみた。
日本なら普通に買って来ればいいような物なのかもしれないが、むしろ日本では昔の黒板の方が手に入れにくいかもしれない。
今はホワイトボードや電子黒板、もっと進んでいればタブレットやノートパソコン上で画面共有だ。
その類の電子機器も安くなったから、三人くらいしか生徒がいない離島なんかでもそこまでやっているかもなあ。
ここで教師として活躍するのは主にマーシャだ。
寺子屋ならぬ騎士小屋、しかも丸太小屋だ。
とりあえずは字や簡単な綴りを覚えるための教室なので、マーシャが教師役なのだ。
宿題用に、俺の仕事用の手帳とボールペンを万倍化した物を書き取りノートにしてある。
手帳は丁度新品で、革張り表紙のなかなかいい奴であった。
タブレットではなく、最近はこういうアイテムが結構新鮮に映ったりもする。
なんというか、出来る男に見えたりするのだ。
取引先の前でも使うので、五桁行く高級な物を少し見栄を張って奢ってあるのだ。
そんな俺の見栄っ張りで浅ましい根性が、この世界の子供達への福音になってしまった。
基本の文字などを書き込んだ、強引に素材を寄せ集めて作成したプラスチック製の下敷きを作ってやったので、わからない時はそれを見ればいい。
たまに時間が空いていると、カイザが見てくれたりもするので、そういう時は難しいところをやってくれる。
あと、いろいろな手仕事をフォミオが教えてやったりするので、必要な道具やなんかは俺が用意しておくのだ。
教材として、ショウの紹介で貴族の教育絵本を買ってきたりもしている。
今、ショウは自分が昔いた孤児院の子の中から商人として向いていてやりたがっている子を、行商人としてやっていけるように指導している。
冬が来る前に子供達をあちこちの村に顔繋ぎしておかないと、また春もショウが子供達にかかりきりになってしまうので、今二人まとめて教えているのだ。
ショウに頼みたい仕事や仕入れてもらいたい物、あるいはあるかどうかもよくわからないのだが俺の我儘で探して欲しい物のリストも溜まっている。
幸いな事に、今のところショウに頼んでやらせる危急の仕事はないし、俺も飛行能力はあるので王都へいつでも行ける。
そして毎日秋祭りの準備に余念のない、秋晴れのように爽やかな村の生活を楽しんでいた。
今年は畑の方も豊作で村の収穫も多いから、村中が浮き立つ心を抑えきれない。
まさにそのような時だった。
そんなある日の晩、ガタガタと丸木小屋は激しく揺れたのだ。
部屋は二階というかロフトにあるので、揺れは一階よりも激しい。
「地震か!」
俺は日本での習慣が抜けずに、すぐにベッドから飛び起きた。
ベッドの前に揃えておいた靴をさっと履き、ロフトの階段を挟んでお向かいの部屋にいるチビ達のところへ駆けつけた。
「こわーい」
「ゆれるー」
「大丈夫だ、こんな物すぐに……って、長いな、この地震」
「地震?」
「ああ、地面が激しく揺れる奴さ」
「違うよ、これ秋の嵐だよ。
でもこんなに激しいなんて初めて」
「嵐、怖いよー」
まだ小さなアリシャが俺にしがみつく。
「うお、すげえな、異世界の嵐」
「いつもはこんなにひどくないの」
そこへカイザがロフトへ駆けあがってきた。
「大丈夫か、マーシャ、アリシャ」
「大丈夫だ、カイザ。
俺がついている」
なんだったら、絶対防御で家ごと守るぜ。
「そうか、いやマズイな。
これは凄まじい大嵐だ。
こんな嵐はおそらく何十年ぶりではないのか。
俺がこちらへ来てから、これほどの嵐はなかった。
おそらく嵐は明日中には止むのだろうが、これは……」
カイザは何か心配事があるようで、またあれこれと具合を見に行った。
俺は二人を抱き締めて寝かしつけていたが、チビ達は嵐が小屋を揺らす度に俺にしがみついた。