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2-69 勇者の心情

「さあ、行くわよー」


 打ち合わせ通りに、闇に紛れて部外者の俺が王城に侵入しようというドキドキな計画だ。

 師匠や他の女子軍団も待っていて、見張りをやってくれている。


 女子の中で俺を見下していたような人も一人二人はいたのだが、今はそういう気持ちは持ち合わせていないようだし、もう俺も彼女達に対してそう蟠りは持っていない。


 まあ別にお城に悪さしにいくわけじゃありませんのでね。

 俺だって一応は、ここの大将に召喚された人間の一人なんだぜ。


「おう。

 あーこれ、なんだかちょっと楽しくなって来ているぜ」


「そうねー。あたしもよ」


 そして、仲間勇者達のハンドサインに導かれて俺と泉はさっと城内に侵入した。


 泉は別に家に帰ってきただけで侵入しているわけではないが、いざという時に俺について説明できるように一緒にいるのだ。


 女性勇者様の「男と逢引き」にそうそうケチをつける奴もいない。

 まあ、ケチがついたその時には師匠に出番が回るだけなので。


 そして見事にこそこそしながら、泉の部屋へ無事に辿り着いた。


「へえ、お城って案外と狭い感じがするな。

 特に天井が低いから、フォミオやゲンダスだと頭が閊えそうだし」


「うん、そういう構造になっているのは大型魔物の侵入を防げるからみたいよ。

 まあ宮殿とかじゃないしね」


「ああ、そういうものなのか」


 もっと豪奢な様子を想像していたのだが、思わぬ王城の様子に、やはり今は戦の時なのだと痛感した。


 俺は彼女の部屋を見回して呟いた。


「石の壁のお部屋かあ。

 なんか日本人には馴染めないな。

 冬とか寒くないか?」


「そいつはわからないわね。

 何か暖房の魔道具とか、頼めばもらえるんじゃない?」


「ふふ、そういう物が支給されたら貸して!

 今、新しく小屋を建てさせているところでさ」


「あっはっは、そういう手もあったわね」


「街で見かけたら買うんだけどな」


「じゃ、今度暇だったらお店で訊いてみるわ」


「別荘みたいに薪の暖炉とかを据えるのもいいかなと思ってるんだけど、どう?」


「あら、悪くないわねー」


 そして、イチャイチャと会話しながら待つ間に、彼らがやってきた。

 少し気弱そうなノックの音がする。


「どうぞー」

「失礼します」


 少し硬い声の勇者陽彩が、その高い身長の頂上をぶつけぬよう巡らせて、そっと中に入ってくるなり猛然と俺達のところへダッシュしてきた。


 いきなり、なんだ⁉


「麦穂さん、どうもすいませんでしたー!」


 あははは、スライディング土下座だった。


 こいつの場合、洒落とか狙っているとかじゃなくって、こういうのを素でやっているから面白いんだよな。


 泉と国護師匠も思わず笑ってしまっている。

 これはまた生真面目な奴だな。

 まあ見かけからもそう見えるタイプなのだが。

 魔王相手にそれじゃ持たないぞ。


 見るだけで王様や師匠の気苦労が伝わってきそうなスライディング土下座だ。


「おいおい、何をやってるんだ、お前は」


「いやだって、僕」


「いやいいからさ、頭を上げろよ。

 お前が勝手にこの世界の連中から狙いを付けられて俺達全員に巻き添えを食わせたからって、別にそれは何一つお前のせいじゃないんだから。


 それによ、大体お前みたいに頼りにならないへっぽこ勇者が一人でこっちにきてたりしたらなあ、今頃この世界は超大変だぜ、はっはっは」


 俺にそのような言い様で笑われてしまい、目を白黒している勇者陽彩。


「は、はあ。麦野さんは僕を恨んでいないんですか」


 彼は何故か縋るような目で俺を見上げていたが、俺は困って頭をかいた。


「ああ、まあ恨むっていえば恨んでいたかもしれない。

 だがその恨みは主にあの王様と、俺の事を蔑んでいた三分の一くらいのいけ好かない他の勇者連中をかなあ。


 まあ、蟠りみたいな物は全員に対してっていう感じで。

 それは恨むというのもまた少し違うような、あの場に見捨てられた絶望の行き場のない想いっていうか。

 そして王様自身も別に悪い人間じゃなかったしなあ。


 そのう、済まん。

 これは黙っておこうと思ったのだが、お前はそのように思っていてくれていたのだから俺も白状しておこう。


 その、お前ってこう、本命勇者のくせに存在感が薄過ぎてな。

 俺はお前の事はあまり思い出してなかった。


 というかな、他の人からお前の話を聞く度に、むしろこう憐れんでいたところさえあるな。

 本来は、お前だって無理やり召喚された被害者なのに、今はそんな風に心を痛めている」


 それを耳にして思わず沈黙してしまった勇者陽彩。


「えーっ、それじゃ僕が馬鹿みたいじゃないですかー。

 それになんだか無茶苦茶言われてますし、酷いですよー」


「まあまあ、だから言ったじゃないの。

 あなたのせいなんかじゃないって。

 この人って、こういう人なんだしさ」


「はっはっは、ようやくわかったか小僧。

 世の中なんか、こんなもんだ」


「そうだぞ、今日も『お母さん』は、お前のための新メニュー作りに余念がないんだからな」


「おい、その呼び方はやめろ、このハズレ勇者」


「いやだって、師匠は人一倍子煩悩じゃないですか」


「その師匠ってなんなんですか」


「ああ、うどんスープ作りの師匠に、その他もろもろの精神的な師匠かな」


「よ、よくわからないです」


「いいから、お前は師匠達と一緒に勇者稼業を頑張れよ」


「麦野さんはこれからどうされるのです?」


 俺はSSSランクの冒険者証を見せてやり、一言の元に言い切った。


「秋祭りの準備だ!」


「え、冒険者なのに?」


「あはは、あの神殿付近を見張るための村があるのよ。

 お祭りは、そこで日本風の屋台を出すの。

 正確には、今年はその隣村でやるそうだけど。

 もう綿菓子の屋台も作ったよね」


「おう、わらび餅もあるし、唐揚げ粉も作ったんだぜ。

 あ、結局今日は唐揚げを作るの忘れたぜ」


「しょうがないよ、あのうどんスープが凄すぎたんだから」


「じゃあ、飯にするか。

 うどんの続きを作ろうぜ。

 陽彩、お前も食ってけ」


 そう言って俺は王都の店で買い込んだ、カセットコンロのような魔導コンロを人数分引っ張り出して、皆で神スープうどんに舌鼓を打ったのであった。


 少し心の蟠りを減らせたものか、今宵の勇者様は珍しく食欲旺盛で、うどんを三玉も平らげましたとさ。


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