2-67 和の心
そしてスープの方にも、たっぷりと希少素材を溶かし込み、出来上がったそれは黄金のような輝きを放っているかのようだ。
うっとりとしてそいつの出来栄えを眺めていたのだが、何か少し鼻につくような匂いがする。
「はて、なんだ?」
だが、泉が俺を突いてから更に指差したところには、ぐつぐつと色濃く煮込まれた何かの怪しい鍋があった。
「お前達、一体何をやってるの⁉」
そこには西部劇の覆面のように顔に布を巻いた、怪しい女子高生三人組がいた。
「うどんスープ作りに決まっているじゃない」
「どう見ても、魔女が怪しげな闇鍋の如くの材料を煮込んでいる、あの壺のような大鍋みたいにしか見えんのだが」
「しっつれいな、やっぱり所詮はハズレ君ね。
この個性的な感性がわからないなんて」
「ねーっ」
「あの、一応私的には看護学校の生徒でありますので、止めてはみたのですが」
勇者回復専門の薬師丸聖名嬢のか細い言い訳が、その明後日の方向へ向かっていく文句に続いた。
でも結局残りの奴らの意見に押し切られたのね。
専攻柄、ちょっと薬っぽい方向に興味があったのかもしれないけど。
だが、これは医薬品でも薬膳でもなく、ただのうどんスープなのである。
「あんただって似たようなもんじゃないの。
スープにもまたそんな物を入れちゃって」
泉は俺が持っていたエリクサーの小瓶を指差して呆れたような声を出す。
「大丈夫さ。
俺はちゃんと半分はまともなスープは残しているんだから。
そいつらみたいに明後日の方向へ全力ダッシュしてはいかないぞ」
だが師匠もやってきて、じっくりとそれを検分していた。
「ふむ、まあそういうものがあっても悪くないかもしれん。
それで、さっきお前が寄越したアルファ米の米で粥でも作ってやれば面白いかもなあ」
オエーっ。
俺ならそんな物は絶対に食わねえぞ。
でも、このおっさんなら力業で、お母さんのように叱り飛ばしながら勇者陽彩に食わせてしまうのかもしれん。
まあ薬だと思えばいいのかもしれないのだが、一応は料理なのだから出来れば味にも気をつかってほしいもんだぜ。
この師匠の場合は、半分ほど厳しい父の愛が入っているのだろう。
「いろいろと作ってみたわけなのですが、これうどんと合うんでしょうか。
最初に試食してみた方がよかったのでは」
最初に見せてくれたあの鍋は、普通にスープとしては悪くないどころか相当美味いんだがな。
「よし、じゃあ作ってみるか」
師匠はあれこれと収納から出して並べていった。
「おー、これはでっけえネギ、見事な白ネギだあ」
「お鍋にピッタリだよね。
冬が来るまでに魚介類が欲しいわあ」
「よし、ショウに発破をかけてみるか。
そいつは頭から抜けていたぜ」
「あたし、海老」
「あたし、蟹」
「私はイカがよいです」
女子高生達が何か贅沢な事を言ってやがるな。
「雲丹に鮑に本鮪がよろしおますな」
もっと贅沢な事を言っているお局様がいた!
「あたしは昆布やワカメが欲しいです。
あと海苔も。
ああ、豆腐とワカメのお味噌汁が食べたい。
御飯はアルファ米でも許すわ。
あたし、断然和食派なの。
日本の食卓が懐かしいよう」
魔法使いの法衣さんの趣味は渋かった。
和食党か、この人の場合は焼き締めパンじゃ人一倍厳しかっただろうなあ。
「豆腐ならあるぜ」
「マジ!」
「まあ、あれはそう難しいものではないが、なかなか自家製は難しい」
「へん!
もちろん俺なんかには作れやしないさ。
だが、うちの従者の持つ調合スキルを舐めるなよ!」
それを聞いて微妙な顔をする女子軍団。
「豆腐って、あれは調合するものだったの?」
「まあ、ニガリによる化学反応の一種だと思えば?」
そして、皆でうどんと豆腐の試食会と相成った。
「いただきまーす」
「あ、出来立て風味の本格豆腐が美味しい。
これで醤油があればなあ」
「うおー、久しぶりの豆腐と御飯だー」
だが、師匠は俺の顔をじっと見ていた。
「なんです?」
むろん、俺はすっとぼけるのだが、この人に通用するはずがない。
「とぼけるな。
あれはまだなのか。
豆腐を作っているという事は」
「ええ、まだです。
あれはなかなか難しくて」
だが耳聡く和食党のお姉さんが聞き咎めた。
「それって、なんのお話なのかなっ!?」
「いい勘してはるね。
味噌と溜まりの話さ。
あと並行して、やはり醤油も別で作らせているよ。
日本酒もやらせているが、あれもまた難しい。
だが彼は必ずや、やってのけるだろう。
この俺が、自ら調合という意味の英語から取ったフォミオという名を持つネームドモンスターの従者ならば!」
それを聞いた、泉を除く全員が思わず飯を噴いた。
「お前、勇者のくせに魔物を使役してやがるのか」
「まあ、ティムという考え方はありますよね」
「な、なにを言うか。
ネームドと化した魔物は絶対に主を裏切らない。
人間なんかよりもよっぽど信用できるんだからな。
あ、それで思い出した。
師匠、王国に魔王軍のスパイがいるぞ。
魔王軍諜報部のトップにいたザムザが言っていたんだから間違いない。
勇者の情報はすべて筒抜けさ。
奴らはハズレ勇者たる俺の情報まで、きっちりと持っていやがった」