1-14 狼さんよ、赤ずきんちゃんにはご用心
そして、今日も歩いた、歩いた、歩いた。
道程の道々では鑑定と採集に励み、疲れたら転がるのに良さそうな場所に襤褸切れを広げ、荒野の荒れた草の絨毯にバタンっと寝転がって適度に休み、そしてまた歩くといった感じだ。
今日もまた幾つかの新食材をゲットし、なるべく量は確保しておいた。
またスキルで増やせる機会まで残しておけるようにだ。
あの一日一回しか使えない制約みたいなものは、なんとかならないものだろうか。
それなりに有用なスキルだと思うのだが、あまりにも使い勝手が悪すぎる。
まあランクレスの屑スキルなんだそうだから、そいつは仕方がないな。
ないも同然だったはずのスキルが有用に使えるだけ、実にありがたいというものだ。
もしかすると「一粒万倍日」という言葉が、この世界に相当する物が存在しない地球独特の概念だから、スキルの判定がうまくできないし、また自分でもよくわからないものなのかもしれない。
増やした物なんかは収納に入れておけるから困りはしないし、売ればお金になるし、そもそもお金自体も増やせるのだ。
しかし、勝手に金を増やしていて捕まらないか心配だよ。
地球だったら完全にアウトの大犯罪者だ。
地球では基本的にテロリスト国家以外はやらないような種類の、非常に性質の悪い犯罪なのだから。
本来なら個人がやたらと手を出していいようなものではない。
お札じゃないから番号が振られているわけではないので、そういう感じにはバレないかもだが、何かの加減でバレないとも限らないからな。
物価や貴金属の流通量などの、経済の数字を揺るがすような規模で貴金属の供給量があれば、国の調査が入るかもしれないな。
多分、この世界でも官僚は優秀だ。
あの王様も無能じゃなさそうだったし。
おそらく、国家が調べれば大量に貨幣を使った不審な人間なんかすぐに割り出せるだろう。
特に俺のような余所者なんかが怪しい動きをしていればな。
地球の国家情報局のように、闇商売の人間なんかを使われた日には、俺の情報などはこの異世界でも完全に丸裸だ。
まあ、今は慰謝料代わりにお金を偽造させていただくさ。
バレないように、こそこそと少しだけね。
これがいけない犯罪だという事くらいは俺にだってわかっているのさ。
だがバレて詰問されたら、逆に怒鳴り返して開き直ってやるぜ。
俺にはそれをやっていいだけの権利がある。
「お前らが俺を無法にここに連れてこなけりゃあ、何も問題など起こらなかったんだがな!」ってなあ。
そのうちに、普通に真っ当な金を稼ぐ方法を考えよう。
幸いにして俺のスキルなら、それは難しい事ではないと思う。
ただ、商売に必要な伝手とか信用を作るのが一番難しい事だな。
もう当分は偽金作りに専念するとしようか。
まあ本物と何も変わらないので特に見分けはつかないし、鑑定しても普通に銀貨だとしかわからない。
そして、その日も夕方早めに森の入り口に着いたので、ここで野宿するしかないようだ。
俺は手慣れた様子で野営の準備を整えた。
何、野営用に組んだ施設をそのまま収納に仕舞ってあるので、ほんの一瞬で準備完了だな。
火種というか、燃えている薪まで仕舞ってあるのだから火を起こす手間すら不要だ。
薪を追加するだけの簡単なお仕事だった。
灰はウッドストーブのように勝手に下に落ちる構造になっている。
生憎と業腹な事に、追手の目を眩ますため灰を地面に埋めるなどといった映画で定番のような真似はする必要がない。
この荒野に、俺は今日も独りぼっちなのだ。
早く、街でも村でもいいから、人のいる場所へ辿りつこう。
人並みに暖かくて美味しい食事をして、宿の屋根の下できちんとベッドで眠るのだ。
こんな異境の地で、哀れなワンダラー(放浪者)となり果てた、この心が死ぬ前に。
お湯も大量に沸かしてきたので、風呂さえも一瞬で用意できるのだ。
そして、歩き疲れていたので風呂にでも浸かるかなと思った、まさにその時だ。
「誰かあ、誰か助けてえ」
少し離れた場所から小さな女の子の声、いや悲鳴がした。
声がする方を見ると、森の中で大きな狼の群れに囲まれているようで、低い犬系動物特有の唸り声がいくつも届いた。
狼なんて無闇に人間を襲うような生き物じゃあなかったはずだが、少なくともそいつらは彼女達を狙っていた。
用心しながら近づいて様子を伺ったら、声の主は、怯えているだろう、おそらくは彼女の妹だろう年下の女の子を気丈に庇っていた。
自分だって物凄く怖いだろうに。
勇気ある者。
それは必ずしも、勇者のように強大な力を持つ者とは限らない。
「あっち、あっちへ行けえ、この悪い狼め」
悪い狼か。
狩りが上手くいかなくて腹が減って堪らないのか、小さな子供だけだから与しやすいと思ったものか。
だが狼よ。
とても賢く、本来なら滅多な事で人間のような危険な存在を襲う事などしない生き物よ。
もしも今日を生き残ったのであるならば、やはり人間はたとえ子供であろうとも、決して手を出すべきではない強大な相手なのだったと知るべきだ。
野獣は、絶対に人間の子供なんて襲うべきではない。
何故ならば、時に人間の大人という奴は野生動物とは異なり、自分の子供でもないのにも関わらず、リスクを背負って凶悪な獣に戦いを挑んでくる事があるからだ。
そして、そういう時に戦いを挑んでくるような者は大概の場合、圧倒的にそいつよりも強大な力を持っている人間の雄なのだから。
少なくとも、そいつらの肉体程度では俺の手持ち武器を前に、おそらく耐え切れまい。
俺は無残にすべての者から見捨てられた者。
だがこの俺が誰かを見捨てると、どこの神が決めた!
それは、この俺自身が決める。
ここでの俺の生き方は自分で決める。
それが、この哀れで無様で惨めな、このハズレ勇者たる俺の最後の誇りだ。
俺はまるで職場の朝礼で、大声で挨拶をさせられて朝礼諸報を読み上げる時に出すような大きな声で叫んだ。
「子供達、そこで伏せていなさいっ」
子供達も狼達も、突然響いた俺の声に驚いたようだったが、俺は構わず駆けた。
疲れているなんて言っている場合じゃないわ、これ。
油断していたな、狼どもよ。
その鼻はただの飾り物だったのか?
それとも、非力で確実に狩れるような獲物を狩る事に夢中になり過ぎたか?
そして俺は駆けながら例の物をプレゼントしてやった。
そう、スキルで増やしたあの槍の膨大な群れを。
このアイテムボックスともいうべき収納の能力は、アイデア次第で面白い使い方もできる。
目視で出したいところに物を出せるのだ。
そう、空中高くに槍を出現させて槍の雨でも降らしてやるとかな。
一応、使い方はちゃんと練習してきたのだ。
狼は追い詰めた小さな獲物達よりも、突如として現れた脅威である敵に反応していた。
そして、あっという間に次々と槍衾の餌食になっていった。
どんなに奴らが素早く動こうとも、密度の高い槍の雨は、まるで発射速度が一分間に六千発を誇るバルカン砲の精密射撃のように狼どもを急襲し、穴だらけというかハリネズミのようにしていった。
そして比較的木々の密集する森の中で、そいつらの仲間の磔死体や、あたりに張り巡らされた多数の槍が構成する林は、連中の足を止める事が可能なのだ。
俺も槍を、強力な威力を持たせるだけの高さから降らせられる場所は限られているが、そのあたりをうまく計算するだけの心の余裕があった。
いや嘘だ。
やらなければ子供達が死んでしまうから、強引に無理押ししただけなのだ。
人間、やればいきなりでもこのような難しい事ができるものだなと、この騒動の中で妙に感心した。
狼どもが、こっちに全部向かってきてくれれば、まだ楽勝なんだがなあ。
俺は周囲が全方位開けた場所に立っていて、そこで奴らを誘っているので。
狼達よ、俺の方が肉も多くて食いでがあるぞ。
ここのところの食事は焼き締めパンがメインで、あまり美味い物を食っていないから肉の味には自信がないけどな。
そのあまりにも甚大な、予期せぬ群れへの被害を被った事に対して、思わずたたらを踏んだ狼ども。
しかし、それは自らの武器である電光のフットワーク、回避能力を奪った悪手。
足を止めた奴らは、次々と天からの裁きを食らっていった。
たとえ、この夜毎に月が二個上る世界だろうが、引力の発見者アイザック・ニュートンの教えを知る異世界から来た人間が、引力というか、惑星上の強力な重力の悪魔を纏わせた槍は、奴らをくまなく蹂躙した。
【人間はすべての生き物の中で一番恐ろしい者。一番強き者。人間をやたらと襲ってはならない】という野生の掟を守らなかった、駄目駄目な人喰い狼どもを次々と屠っていった。
あの超巨獣マンモスだろうが大鯨だろうが、人間の食欲と生存本能が欲する戦闘行動の前には、何者も敵わなかったのだから。
たとえティラノザウルスと同じ時代に人が生きようが、同じ結果になっただろう。
大絶滅だ。
人とはこの世に誕生して以来、そういう大自然に対する飽くなき脅威を提供してきた存在なのだから。
何しろこっちは赤ずきんちゃんを、しかも二名も人質に取られているのだ。
生憎と、この猟師のおじさんは鉄砲を持っていませんので、槍衾だけで頑張るしかないのだしね。
遠慮なんかしていたら手遅れになってしまう。
俊敏で、フットワークと鋭い牙を武器に喉を食いちぎりに来る四足獣の群れを相手の白兵戦はまったく自信がない。
一応手にも槍を一本持ってはいるが。
城にあった古い弓なんか撃ったって、走り回る狼相手に当たりゃあしないし、そもそも俺にはまともに戦用の重い弓なんて引けやしない。
剣では奴らの牙に対し、間合いが近すぎる。
こいつらは何故か異様に図体がでかい。
槍が一番まともに戦えそうな武器なのだが、やっぱり銃が欲しいぜ。
だが今日のところは幸いにして俺の完勝で終わったようだった。
狼の群れは一匹残らず全滅したようだ。
狼は絶滅しやすい生き物だ。
群れで生きるから、何かあればこのように一網打尽になってしまうので。
なまじ頭が良くて愛情深い生き物なのが、またそれに輪をかけて災いする。
狼が絶滅する最大の理由は人間に滅ぼされるものだ。
狼こそ絶対に人に関わってはいけない生き物なのだが、今日の彼らにはそれがよく理解できていなかったようだ。
俺は槍と狼の死体を全て収納し、蹲ってこちらを見ながらビックリしているらしい子供達に笑顔で手を振った。
残念な召喚勇者であるこの俺も、今日はちょっとだけヒーロー出来たかな。