2-65 貴重品が次々と
「この木の実のような物は?」
「そっちはベイン・ナッツだ。
これも大変に貴重な木の実でな、魔法のナッツと呼ばれているそうだ。
こいつを入れるとな、凄いコクや風味が出てどんな料理でも凄くなる。
もうこいつは一種の天然XO醤みたいなものなのだが、なかなか手に入らんのだ。
陽彩の奴がまた食が細いのだが、これを使った料理は大好きで、よく食べてくれる。
王もシャカリキになって手に入れようとしてくれているのだが、王侯貴族が好むため入手はかなり困難で手持ちがもうそれしかない。
やっと食欲の減退する夏が終わって、食欲の秋が来てくれてホッとしているところだ」
それを聞いて俺は思わず噴き出した。
「なんだ、麦野。
何を笑っているんだ、これは真面目な話なのだぞ」
「だって師匠、まるであいつのお母さんみたいじゃないですか。
女子軍団をさしおいて御飯まで作ってあげているみたいだし」
「ぶふっ」
おっさん師匠が噴いたが、女子会メンバーには大受けで大爆笑だった。
「そうなのよ~、もう師匠ったら本当に子煩悩なんだから」
泉まで師匠呼ばわりで彼を弄りだす。
「ば、ばかもん。
俺は独身だっ」
「勇者陽彩も、もうプライベートでも師匠にべったりだよね」
「ママっ!」
「お母さあん」
「おいっ!」
女子高生軍団も参戦して、おっさん弄りを始めた。
「いや冗談抜きの話でね、うちら年長女子も王様からは『勇者の親兄弟のように面倒をみてやってほしい』と言われておるのですがねえ」
そう感慨深く、国護師匠を眺める坪根濔様が更に追加の一言を。
「どう見ても、うちらではなくて、このおっさんが勇者の母のようにしか見えないと王様も言ってましたね。
まあ私は、お姉さんというには少し歳が離れているし、お母さん役はまだちょっと」
「なんだと~! あの王様は本当にもう」
いや、憤慨するおっさんが笑えるなあ、おい。
くそう、俺もあの時無理やりにでも一緒に王都へ行って、このコント集団に混ざるのも有りだったかもしれんな。
別に今からでも遅くはないのだが。
「あははは、王都の勇者も楽しくやっているようで何よりさ。
それよりも、この油は何ですか。
ここに出したという事は、これもただの油じゃないんでしょう?」
「うむ、それも魔法の油と言われるものでな」
「またですか。この世界って魔法の調味料しかないのかいな」
「いや、そいつはまた半端な物じゃないぞ」
そう言って師相は、その小瓶を手に取り光に透かした。
あれ?
何か黄色いような、まるでエリクサーのような光を放っている。
まさか、こいつも。
「これはな、マージオイルと言って、油というよりも限りなく魔法薬に近い錬金薬なのだ。
これがまた美容と健康によくてな、アメリアのためにも是非余分に欲しい」
美容にいいと聞いて、お局勇者の両目が怪しく光った。
もちろん他の女の子も興味津々の様子だった。
また配給品が増えそうだなあ。
「やっぱりですかー。
まさかエリクサーのような、とんでもない代物なのです!?」
「はは、そんな大層な物ではないが、その代わり馬鹿高いので、なかなか回ってこんのだ」
「勇者のお母さんとしては気になるわけですな」
「貴様、いい加減にその話題から離れろ!」
そして俺はまず鍋を自力で素材を袋状にまでしたビニール素材で密封した。
それから鞄に詰めて、他の素材やうどんと一緒に、今回の万倍パックを作り出した。
それらを収納し、俺は出かける事にした。
「あれ、ここでやらないの?」
「ああ、増やす物の中にお鍋があるから、広いところへ行ってやろうと思ってさ」
「なるほど。
確かにここでやったら、中身をぶちゃけてしまいそうだよね。
この間も鞄が積み重なっていたし。
それで密封していたのか」
「ああ、すぐ戻るから待っていてくれ」
そして俺は泉のように窓から飛び出して、王都付近の比較的平らな荒れ地へと向かった。
そこへ大量のビニールシートをぶち広げて、その上でスキルを行使した。
こんな荒野でスキルの光が輝いたが、見ている者は透き通るかのような蒼穹の蒼空と、そこの岩場の上にいた小さな蜥蜴だけだった。
奴さんは特に俺のスキルなんかに興味はないらしくして、小さな体に似合わない大欠伸をかまして、いそいそと御飯だか連れ合いだかを捜しに行ってしまったようだ。
俺はもう小学生ではないので、そのような蜥蜴を追いかけたりはしない。
生物学があまり発展していないような世界なので、おそらくは地球も含めて未発見の新種なのだろうが、特に学会に発表する必要もない俺なのだし、この手の生き物なら村の方が豊富なくらいなので子供達への御土産にも不要だしな。
それらの万倍化した信じがたいほど貴重な品々を持って、あっという間に「キチネット付き」どころか、完全な魔法竈付きの宿へ帰還した。
地球でキチネットっていうと、本当に簡易なキッチンがついただけのちょっと便利なモーテルといった感じなのだが、ここは違う。
ここで、今から最高のうどんを作るのだ。
その舞台には十分相応しい設備であった。
「おお、早かったな」
「ええ、どうぞ」
俺が貴重で高価な品々を大量に並べ立てると、他の女子連中も殺到してきて、かなりの分を皆に配ってしまった。
俺はもちろんまた増やせるので別に困りはしないのだが。
「よし、じゃあ今からうどんスープを作るぞ」
「え、あの鍋に入っていた奴では駄目なのですか?」
「あれはな、さっきの木の実やオイルも足りないから、勇者に飲ませるように作った、ただのそのまま飲ませるスープだ。
あの子の具合が悪くなった時用に仕舞ってあったものなのだ」
そこで、おっさんは皆がニヤニヤと笑いながら見ているのに気がついて押し黙った。
そして軽い咳払いを一つ入れて、収納から取り出したエプロンを、パシっと音を立てるかの如くに広げてから装着した。
もう立ち居振る舞いからしてプロのお母さんだね!