2-63 加護を受けし者
「そうか、うどんか。
あれもまた難しい。
本格的な日本式はまた材料の面から難しくてなあ。
そこで俺は代用品を考えた。
俺は日本にいた頃から食道楽でな、あれこれ手料理には勤しんだものよ。
この世界の飯もそう悪くはない物だが、俺は生粋の日本人だから日本飯が食いたくてな」
おおう、このお方って豪剣というか、悪たれのヤンキー勇者どもを拳骨でどつきまわすような豪拳なタイプにみえて、そのような異世界では不可欠なスキルの持ち主であったとは。
国護守、実に奥の深いおっさんだなあ。
「国護師匠、お願いいたします」
「うむ、うどん自体は小麦粉と塩があれば、なんとかなるのでな。
水にも拘ってみたぞ。
比較的にたやすく入手できる物を陽彩経由で国王に頼んで数十種類の品種や種類をかき集めてみたのだ。
おかげでなんとか美味いうどんは作ってみせた」
このおっさん、本当に何者なんだよ。
食に対する拘りが、俺なんかとはまったく異なる異世界の住人だぜ。
「師匠、どうかその美味しいうどんのサンプルをわたくしめに!」
「ははは、そいつは構わんのだが、あくまでサンプルであって量はないぞ?」
「ああ、国さん。
そのハズレ君は、そういう物があれば自分で増やせる特技があるから大丈夫だよ。
おかげで、うちらもホクホクさあ。
ねえ、おっさんにもいろいろ分けてあげなよ」
俺は頷いて、テーブルにあれこれと並べ立て、大量に物品を師匠に差し出した。
「こいつは!」
チョコやキャラメルなどの、俺が持ち込んだ日本の食い物やお茶にジュース、そしてフォミオが作った菓子。
ティッシュペーパー、そして日本製の化粧品の数々。
皆、おっさんが大事にしている女性に差し上げるのに良さ気な物ばかりだ。
「そうか、本日一粒万倍日とはそういうスキルだったか。
うむ、字面から推察するべきだったな。
そうすれば、お前だけ荒れ城に置いていかれずに済んだものを。
あの時はそれどころではなかったのだが」
お、嬉しいね。
おっさんは、俺のあまり聞き慣れないようなスキル名を間違える事無くすらすらと言ってくれた。
おっさんは俺の事を本当に気にかけてくれていたのだろう。
ちょっとばかりジーンときたよ。
「いや、いいんだ。
辺境に残ったお蔭で今の俺があるのさ。
一緒に行っていたら、ただの便利な大道具係、日陰者として終了していたさ。
なあ、これを見てくれよ」
そいつを見たおっさんは無邪気といってもいいような微笑を披露してくれた。
そう、それは山吹色に輝く表紙のSSSランクの冒険者証だった。
このおっさんってば、人一倍厳つい顔しているくせに、こういういい顔ができるんだなあ。
これは女達が群がるわけだわ。
無自覚の女殺しだ。
「はっはっは、ハズレ勇者改めSSSランクの冒険者か、やるな。
そこまで行くのには相当苦労したろう」
「ああ、でもまあ、お蔭で楽しくやらせてもらっているよ。
あとなあ、あの城の近くで宗篤姉妹と会った。
彼女達はザムザに追われていたよ」
俺が声のトーンを落として話題を変えると、途端に国護のおっさんの顔が曇る。
このはずれ勇者たる俺の事さえ随分と気にしてくれていたおっさんが、あの子達の事を気にかけてくれていないなどありえないのだ。
「あの子達には本当に可哀想な事をした。
王国の馬鹿どもめ、無理やりに日本から連れてきておいて、あんな少女達に無理な事ばかり言いおって。
あれでは失踪してしまったのは無理もないのだが、世間の奴らめ、酷い噂ばかりを立ておって。
王国も王国だ。
あの子達を悪者に仕立て上げて王国の非は隠蔽されておる。
あれには国王も心を痛められておるのだ。
少なくとも、あの姉妹の失踪に関しては王に非はない。
陽彩の小僧も、その事に関しては非常に気にしておるのだ。
『お前はそれどころではない立場なのだから、勇者の務めをしっかりと果たせ』と言ってやっておるのだが、まあ無理もない。
わしら、いい歳をした大人だって苦になるような出来事だったのだからな。
それで彼女達はどんな様子だった?」
そうか、みんな案外とあの子達の事を気遣ってくれているんだな。
ふと泉を見ると、彼女も優しく微笑んでくれていた。
俺は少し心が温かくなるのを感じながら、力強く言い切った。
「あの子達は物凄く日本に帰りたがっていた。
だから俺の知る限りの帰還のための情報や希望と、あの時に持たせられるだけの金や物品を与えておいた。
それと精霊の加護をね」
「精霊とはなんだ」
だが、おっさんは不思議な事に精霊について知らないようだった。
あれ?
「あのう、国護師匠にも精霊の加護はいっぱいついているじゃないか」
「なんだと!」
驚いて自分の体を見回す国護師匠。
まさか加護に気がついていなかったとは。
泉も驚いている。
「やだ、気づいてなかったんだ。
よく国護さんの周りを連中が飛び回っていますよ。
見えてますよね、あれ」
そしてエレも、もそもそと俺の髪から這い出てきて、おっさんの目の前に現れた。
「やあ、あなたも精霊から好かれるタイプだね。
あたしの加護もあげておこうか」
「おお!
なんだ、いつもの羽虫か。
もしかして、これが精霊とやらなのか?」
俺達はエレも含めて全員がズッコケた。
一応、視えてはいたようなのだが、気づいていなかったというか、特に精霊という認識がなかっただけらしい。
まあ俺だって最初は羽虫だと思っていたのだがな。
「いるんだよね、こういう人って。
まあこれくらいの性格の方が加護はもらいやすい場合もあるんだけど」