2-53 弐号機登場
「おーい、カズホ」
俺とフォミオが、おチビさん達の要望で三輪車の座面の改良をしていると、村長の息子のゲイルさんがやってきた。
もう村の他の小さい子達も集まってきているので、麦野三輪車商会は大繁盛だ。
誰も金は払ってくれないのが難点なのだが、まあ俺も金には不自由していないので。
子供達も、気のいいボランティアの次期村長に群がっていって、彼もその頭を撫でている。
「おや、ゲイルさん。
今日はどうしました?」
「いや、もう祭りが近いので、隣村へ行って打ち合わせをしたいんだ。
ちょっと送迎してもらいたいんだが、いいかね」
「ええ、大丈夫ですよ。
そして」
俺はニヤリとしながらフォミオを目線で促した。
「はい、カズホ様」
主と同じく、にっこりと笑ったフォミオがそいつを収納から出した。
「わあああ」
子供達から素晴らしい歓声が上がり、村長代理様も思わず目を見開いた。
「ほお、これはまた」
そう、そこにあったものは、新型荷馬車の韋駄天弐号だ。
しかも超豪華版!
「どうです。
こいつは王都で買ってきた、大型の頑丈で重厚な荷馬車なんです。
他に馬車もありますし、フォミオもそいつを引けますが、まあこっちの方がおチビさん達のお楽しみ仕様なんでね」
カイザの家にあった安物の中古荷馬車を改良したものではなく、本式の『年貢回収用』の長距離用の重荷馬車を用意したのだ。
しかも、こいつはれっきとした新車なのだ。
この王国め、とんでもない物を開発していやがる。
見上げた年貢取り立て根性だぜ。
たかが荷馬車の分際で、へたをすると普通の安物馬車が買えてしまうくらいの値段がするという、荷馬車にあるまじき恐ろしい代物なのだ。
その代わり、荷馬車のくせに生意気にもバネのサスペンションを備えており、その上タイヤも鉄輪を嵌めた木の板ではなく、なんと鉄のスポークタイプのホイールを奢っているので、バネ下重量は却って木製よりも軽いという最新型の化け物だ。
要は四ナンバーのバンみたいな貨物車のくせに、こやつは贅沢にも上物のアルミホイール相当の、ありえないほど上等な足を履いていやがるのだ。
日本の営業車では、まず有り得ない仕様なのではないのだろうか。
軸受けも鉄製で、強度も段違いだ。
鉄は錆びるので、少し手入れが面倒なのが玉に瑕だ。
今度ステンレス製で、材料持ち込みにてパーツを注文しておいてそれに交換するか。
俺は既に各種ステンレスを所有している。
鞄の金具やら、時計その他の小物やらで使われていた上に、拳銃の素材であるクロムモリブデン鋼などもあり、五十円玉にもニッケルが使われているので、各タイプのステンレス地金を所有しているのだ。
鉄も日本製のいろんな良い鉄の素材を、各種持ち合わせているし。
他の勇者も金属に関する知識やサンプルは持っているが、俺のようにそれを増やす事はできないからな。
資源としての元素の発見及びその精錬、そして冶金なんて専門技能を一般人が持っているはずがねえ。
他の奴らも元素選別収納とかやれるのかね。
まあやっても、増やせないのではあまり意味がないと思うが。
物品の万倍化などは、この広い異世界で唯一この俺だけが持つ特権なのだから。
いっそバネ下重量の更なる軽量化という事で、今度本物のアルミホイールでも作れないかね。
金属のアルミ自体は既にいろいろな形にしたものを持っているので、元の素材さえ強くて軽いという物を作ればよいだけであるならば、俺がスキルで削り、フォミオに仕上げさせれば贅沢な削り出しのアルミホイールは作れない事もない。
ただ、アルミホイールの場合は、悪路なんかだと大きな石などにぶつかれば強度的に曲がってしまいかねないのが難点なのだ。
石畳舗装路限定の高級ホイールになるだろう。
更にアルミホイールよりも上等なマグネシウムホイールも欲しいのだが、肝心のマグネシウムがまだ手に入らない。
海なら海水中から元素を回収できるかもしれないから、今度は海を捜しに行こう。
いっそ、自分の家用にアルミサッシでも造ろうかな。
日本からこちらへ一緒に来てしまった、いろんな物品に使われているプラスチックやガラスなんかを持っているので、日本で作られた素材のサッシ用のガラスだって作れない事はない。
ただ、あれは割れた時に危険でない形に割れるようになっているなど、製造にも相当気が使われているので日本同等の品質には簡単にはできないかもしれないな。
特にガラス製品は気をつけないと、粗悪品は自然に爆発する事があるので要注意だ。
さて件の韋駄天弐号なのであるが、フォミオに荷台を改造してもらってあり、アタッチメント式の座席も用意されている。
この前、うちの下のお姫様が大人しくしていなかったので、いっそシートに縛り付けてしまおうという魂胆だったのだ。
いわば、この世界初と思われるチャイルドシートだ。
大人はまずシートベルトなんかいらないからな。
はっきり言って荷馬車では、基本的に自転車レベルの速度しか出せないのだから。
いや、嘘。
本来の荷馬車は人間並み、へたすると徒歩の人間に追い越されるほどトロイ。
普通の変速機無しの自転車だって、時速十キロ以上は軽く出るのだから。
フォミオが引くから荷物を載せただけの台車なら、石畳の整備を終えた区間限定ならばかなりの速度が出せるのだが、韋駄天号は人間を乗せて走るわけだから、この世界の粗悪なバネサスの性能では未舗装路などでは自ずと限界がある。
「えー、隣村まで行くのー。
いーなー」
「おー、これは立派なお馬車様だねー」
うちのお姫様方は、どうやらすでにベンリ村まで行く気満々なご様子だ。
他の子達も行きたそうに韋駄天弐号を眺めていた。
こいつは三列シートで、一列目と二列目で子供が計八人乗れる。
俺とゲイルさんが最後列だ。
そして子供が九人いたので、子供達が一様に難しい顔をしていた。
誰か一人だけ置いていくなんて嫌だったらしい。
なんて可愛いんだろうなあ。
だから俺はアリシャを抱き上げると皆に言ってやった。
「アリシャは俺のお膝の上ね。
他の子達は、隣の村まで行く事を親に言ってくるなら連れていってあげる。
帰りは晩御飯前までには帰れるかな」
それを聞いた村の子供達が一斉に元気よく、自分の家を目指して駈け出していった。