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2-52 ハズレの王

 俺は城までの、街道というよりも、林道あるいは山道といった方が適切のような感じになっている道の荒れ具合を確認しながら、道に沿って低空飛行していった。


「うん、やっぱり改めて整備の観点から確認すると、案の定路面はこっちの方面が駄目駄目だ。

 数十年だか数百年もの間、誰も通らないしな。


 また暇を見て整備するとしよう。

 今なら飛行できるから俺が自力で整備できる。

 ビトー側はあちこちの村で許可を取って回るのが面倒過ぎるから、街道整備はこっちを優先だな」


 俺はゆるりっと懐かしの我が城へと到達した。


「ただいま、麦野城。

 またここへ、この俺自ら進んで帰ってこようと思える日が来るとはなあ」


 俺は感慨深げにそう言って、石で城壁に刻みつけただけの表札を愛おしそうに撫でた。

 あれは初夏の出来事であったから、今は初秋なので丁度季節が四分の一回転したところだ。


 あの時は体の芯から、へたをすると俺の体中の細胞内に共生しているミトコンドリア一つ一つさえもが、そのすべてが我が身が置かれた惨状を嘆きかねないほどに絶望していたが、今はそれも遠い感覚に思える。


「あれは酷い騒ぎだったよな」


 城の中をあちこち見て回ったが、まったくもって酷い有様だ。

 華やかな王都を見てきた今ならこそ思う事なのだが。


 元々酷かったのだが、俺があれこれとなけなしの装飾品を剥ぎ取ってしまったので、見た目の酷さにさらに拍車がかかっていた。


 収納で剥がすのは簡単なのだが、逆にその部分だけを元通りに張り付ける事はできない。

 これがスマホのバッテリーなんかだと、ピタっと収めてやる事も出来るのだが、壁に取りつけてあるような物だとうまくない。


 建築物の場合は、街道工事のように土を削ったり逆に積み上げたり、大岩で路面を叩き均したりなどという風にはいかないのだし。


 石畳の補修でさえ、フォミオに仕上げてもらわないと覚束ないくらいなのだから。


「さーてと、まずはお掃除からだな」


 俺は昔の西部劇に登場する強盗風に布でマスクをし、ザムザ魔核の風魔法スキルで各所に積もった埃を薙ぎ払った。


 一回吹いたところにも、吹き上げられてからまた漂っていた埃が積もるので、順番にすべての場所を十回くらい繰り返し吹きまくったので、それだけでも随分と綺麗になった気がする。


「さて、次は水拭きといきますか」


 俺は、今度はゲンダス魔核の水魔法スキルで、城全体を上から水を流し込んで洗った。


 こういう時に石でできた城砦は便利だ。

 これが木の建築物だとフォミオに掃除させないといけなくなるからな。


 気をつけないと、地盤に一気に大量の水が染み込んで城が崩れる可能性もあるから、水を流し込んだら今度は下へ手早く周り収納で水を回収していく。


 外側も、古い城の外壁を削ってしまわないように、勢いを抑えた水流を吹き付けて洗浄した。


「こうやってお掃除に使うと、魔人のスキルってマジで便利だ」


 その次はまた風魔法スキルで、水滴を吹き飛ばしつつ乾燥させる。


「いやあ、これだけでも結構ピカピカになったわ。

 今ここにウンコを踏んだ足で我が麦野城に踏み入る馬鹿者がいたとしたなら、たとえそれが王様とかでも、俺は確実に全力で討滅できる自信があるぜ!」


 そして俺はゆっくりと三階建ての城を登って行った。

 この城の構造自体はさほど高層ではない。


 ここは敵から籠城するための守りの城ではなく、山頂から湧き上がる異世界の敵を攻め、敵と交戦するためだけに作られた、最初から使い捨て構造の城であったのだ。


「敵が城に攻めてきたのなら好都合、侵略者は一匹残らずぶち殺せ」の精神が、この城の構造そのものに見える。


 守るくらいなら城を捨てて一旦逃げて、まったく守る構造になっていない城を取り返しにまた攻めるのだ。


 そういう戦い方が功を奏したのか、どうやら戦いには勝ったらしい。

 おそらく神官が次元侵攻通路を封印して補給を絶ったのだろう。


 兵站がなければ敵は降伏するしかないのだから。


 俺は以前に見た、壁に怨念のように刻み込まれていた、まるでここで戦い果てた兵士の血と怨念のようだった陰相な染みも見事に洗い流されているのを見て、満足そうに呟いた。


「皆の衆、敵も味方も皆お疲れ様だった。

 このハズレ勇者の城主が、今お前達の魂を戦いの任から解き放とう。


 数百年ここに残っていたお前達の想いは、すべてこの俺、ハズレの王たる麦野一穂が受け取ったぞ。

 良く戦った戦士達よ、怨念から解き放たれて、もう全員安らかに眠るがいい」



 そしてゆっくりと石造りの階段を踏みしめながら屋上へ登った。

 昔はきっと鎧に身を固めた戦士なども、ここを同じように登って行ったものなのでないだろうか。


 そんな思いと共に、ここへ取り残されたあの頃とはまったく異なる感慨を御伴に階段を上る。


 この屋上は、山頂の今は神殿となった地を見張るものなのだろう。

 石の土台の上に、(やぐら)を組んでいた跡のような物があった。


 やぐら自体はおそらく木製で、今はもう遥かな遠い悠久の時の中、まるで大河が流れるような水筋の中で、塵芥の如くに朽ちてしまったのだろう。


 今度、観光展望台という形で新しい櫓を作ってみてもいいか。

 村内の『子供会』ツアーとしてイベントでも開催するのも面白い。


 地平線として見える距離が高さによって変わる話でもしてやろうかね。

 それを実際に体験できるので、うちのチビ達もきっと大喜びすることだろう。


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