1-12 スキル覚醒
一日中、城の近所を採集も兼ねて歩いていたら、だいぶ足もブーツに慣れてきたみたいだ。
これなら街までなんとかなるかもしれない。
大変嬉しい事に、食べられる野草や草の根なんかが結構見つかった。
ありがとう、雑魚な俺でも持てる鑑定のスキルよ。
数種類の野草を用いた、贅沢な野草の塩サラダに野草の塩スープ、草の根の焼き物などが食卓に並んで非常に嬉しかった。
人は焼き締めパンのみに生きるにあらず。
あのままじゃあ栄養失調になって、そのうちに荒野の真ん中で倒れそうだったし。
ああ、肉が喰いてえ。
でもさすがに城内の先住民であられるネズミ様の肉だけはご勘弁さ。
ミミズ様やオケラ様も、お庭でたっぷりと見つけたがな。
残念ながら水場がないのでウォータースライダー様はいなかった。
ええいっ、食えるか、そんな物が!
ああ、王様に連れていかれたあいつらは、今頃美味い物をたらふく食ってやがるのかなあ。
いいなあ、くっそー。
彼女達、宗篤姉妹は今どうしているんだろうか。
非常な最前線送りが決定した上に、俺という、このような異世界では大変貴重で心の支えになりそうな日本での知り合いも失ってしまったからなあ。
俺は、うちの課で仕事をして貰う時には、彼女にとっては直属の上司のようなものだった。
まだ十代の彼女にとっては、こんな見知らぬ異世界では保護者にも等しいような立ち位置にいる成人だったのだ。
いや、我が身の至らなさに頭を掻きむしりながら身悶えしそうだ。
ごめんよ、宗篤ちゃん達。
こんな情けない実情だけは、元の職場の連中にだけは知られたくない。
どれだけ罵倒されるものか想像もつかんわ。
言い訳の一つも思いつかないレベルの失態だし。
彼女達姉妹の事は本当に可哀想だけど、何しろこっちの方がもっと可哀想な事になっているので、もうどうしてあげようもない。
ああ無情、イーチアザー。
「そういえば、うっかりと忘れていたのだが、ランクレスといえども俺にもスキルという物があったんだよなあ。
【本日一粒万倍日】か。
一体何に使うものなんだ?
まったく訳がわからねえ。
自分で使い道も理解できない屑スキルだっていう話なのだが、スキルというからには何かには使えるはずなんだがな」
俺はふとスキルを唱えてみた、というか歌ってみた。
退屈しのぎくらいにはなるさ。
もうスマホの電池はとっくに切れちまった。
ケチらないで太陽電池充電式の携帯モバイルバッテリーを買っておけばよかったなあ。
あれはネットで四~五千円くらいだったかなあ。
重さもそうたいしたことがないのだ。
そうすればゲームくらいできたのだが。
後悔先に立たず。
「今日は一粒万倍日、楽しい楽しい一粒万倍日。
本日ならポイントもスタンプも万倍だよー。
あー、この水が満タンの樽が万倍になったらなあ。
ざぶんっと水風呂にでも入ってやるのだが、この城って深井戸すら枯れちまっているからな。
多分、それで廃城になったのだろう。
なんでこんな他に水場もないようなところに城なんて建てやがったんだろうな」
歌は最初だけで、中盤から後半は完全なボヤキになっていた。
だが、突然に水の樽が光り出したので、俺は慌てて距離を取って身構えた。
「なんだあ!?
いきなり何が起きているんだ?」
茫然とする俺を尻目に樽は光り続け、そして爆発的な光の奔流に飲まれていき、俺は目を開けられていられなくなり、思わず目を瞑った。
やがて瞼の裏の太陽が沈んだのを見計らって、俺はおそるおそる目を開けて驚愕した。
「一面の水樽、一面の水樽、一面の水樽、ああ嬉しいなあ。
って、なんじゃこれは~」
俺は叫び、そのままポカンと口を開けたまま突っ立っていたが、どうやら俺を中心にして城中に樽が広がっていっているようなので驚いた。
幾つかの樽から水を汲んでみたが、どれもちゃんと飲める水だった。
もちろん、鑑定のチェックでも問題はなかった。
俺はあちこちを回って水樽を全て回収し、そして収納にしまうと不思議とその数もわかる。
容量が約二百五十リットルはありそうな本格ビヤ樽にして一万個の量があったから、一生飲み水には困らないくらいある勘定だ。
「ひゅう、こいつはすげえ。
もしかして他の物も同じように増やせるとか?」
そしてまず、お金を試してみた。
俺は手の平に例の銀貨を載せて叫んだ。
「さあ、スキル本日一粒万倍日、再び発動だあ。
金よ増えろ。
大判小判、いや銀貨様がザックザクだあ」
だが静まり返ったまま何も起こらない。
手の平の上の銀貨がもし生きていたとしたのなら、晒し者になっているので羞恥にプルプル震えるか、俺の浅ましい愚かさに笑いを堪えて、やはり身を震わせる事だろう。
「あれ? 何も起こらなかったなあ。
なんだこりゃあ、一体どうなっているのだろうか。
まあ水が大量に手に入ったのは好ましいのだけれども」
これで、おかずが野草だけでいいのなら、ずっと生きていける。
ああ、でも塩はもっと欲しいけどなあ。
今日から俺はベジタリアンさ。
いやずっと小麦から出来たパンしか食っていないから、とっくにベジタリアンなのだった。
鼠以外の小動物も、鳥なんかもまったく見かけないし、蛋白質は植物由来のものしかない。
失敗に終わった遠征中に発見したマメ科の植物なら、ないではないのだが。
「うーん、よくわからんな。
とりあえず、スキルの全容が判明するまで、もう少しここにいようかな」
そしてその夜は、何に使っていたのかはよくわからないが一見するとバスタブに見えるような、木で設えた頑丈な容器を贅沢に水で満たし、水風呂を堪能したのだった。
旅の途中でも使えるから、そいつも収納しておいた。
そして翌朝になって、優しく投げかけられた朝日のキスで目が覚めた。
鳥の声すら聞こえない、すべての者から見捨てられた今の俺には似合いの城だった。
残念ながらこれは悪夢ではなく現実だったらしく、俺は荒城に置かれたベッドの上で起き上がって座り込むと、髪の毛を掴んでくしゃくしゃとかき回した。
直接床の上よりは寝床がランクアップしたのは幸いだったが、布団は襤褸切れのままだ。
本日は、もう一度銀貨を使ってスキルを試してみた。
この作業一つに、先の命運がすべてかかっているかもしれないので、今度は真剣に命令調で唱えた。
「スキル本日一粒万倍日、発動。
銀貨を万倍に増やせ」
すると、昨日とはうって変わって煌めく銀色のシャワーに、あたり一面が包まれた。
煌めく朝日の反射と銀貨が石の床を打ち鳴らす音が、打ちのめされていた俺の心を軽い感動で包み込んだ。
この世界って魔王だけじゃあなくって、慈悲深い神様もいらっしゃるんじゃないの?
昨日はスキルの行使に失敗していたから、さっきも俺はまったく期待していなかったので目を丸くした。
「こ、こりゃあまた。
まるで昔のコインが出てくる時代のスロットマシンが、まとめてコインを吐き出したかのような有様だねえ」
しばらく呆けていたが、それらの福音の煌めきを収納ですべて回収した。
ちゃんと数を数えて、元の銀貨プラス一万枚になるまで拾い集めた。
それから、何故今日はまたスキルが使えるようになったのか考え込んでいたが、もう一度試してみる事にした。
「スキル一粒万倍日、発動。
この焼き締めパンを万倍に増やせ」
手に下げた、焼き締めパンの入った革袋を掲げて唱えたが、スキルは発動しない。
「これはもしかしたら」
俺はもう一日辺りを散歩して採集物の収拾に努め、それから明日に備えて早めに寝た。
翌朝、朝一番にまたスキルを使ってみたが、今度は見事にパンが袋ごと大量に増えていた。
どうやら、このスキルは一日一回しか使えないらしい。
それでわざわざ『本日』という文言がスキル名に入っているのか。
一年三百六十五日、毎日一粒万倍日ってわけなんだな。
それにしても、堅い、かたーい焼き締めパンがなんと約百二十万個だ。
これだけあれば絶対に残りの一生分あるよな。
考えたらなんだか胸が悪くなってきたぜ。