2-44 非常に居づらい空間
「よかったね、拳銃が貰えて。
じゃあ次のところへ行こうか」
「ああ、ありがたいよ、本当に」
これで近接戦闘での安全度が増すはずだ。
できれば人間は撃ちたくないのだが、人間が敵に回った時が一番厄介なのだ。
特に血迷ったような召喚勇者が相手の時は、手加減するとこっちがやられてしまいかねないので、仕方がないからぶっ殺すしかない。
一番揉めて俺に突っかかってきそうなのがあのヤンキーどもなので、不幸にも奴らと遭遇して殺しにかかってきた場合は撃つしかない。
なるべく顔を合わせたくないものだ。
だが、そんな時に限ってそいつらと出くわすのが世の中の定石というものなのだ。
世の中って言うのは不思議なもので、さっそく連中と出くわしてしまった。
王都のブラインドになった角を曲がった途端、見事に遭遇しちまった。
「あ」
四人組のヤンキーどもだ。
ヤンキーみたいな連中はあと三人組と四人組がいたな。
こいつらが一番性質の悪そうなグループだった。
恐喝強姦くらい平気でやるだろう。
へたすると殺しでもやりかねん悪質なタイプだ。
特に今はスキルを持って気が大きくなっているだろうし、王国もチヤホヤしているだろうからな。
「お前は!」
「おい、こいつってあのハズレ勇者じゃねえか」
「け、まだ生きてやがったのか。
とっくに野垂れ死にしたと思っていたのによ」
「おいおい、青山さーん。
俺達には靡かないくせに、そんなハズレ野郎とはデートなんですかあ?
このビッチ、一発やらせろよ」
だが、怒髪天を突きそうな殺気を放つ泉が爆発して武器を取り出す前に、俺はにっこりと笑顔で、泉を怒らせたそいつに一気に詰め寄ると、その無駄口を叩くしかないような口に素早く銃口をねじ込んだ。
「こっちの一発はどうだい、小僧」
「もぐぐぐ」
「じゅ、銃だ!」
「そうか、御巡りの拳銃を奪ったんだな」
この手の奴らにとって、銃は警官から奪うものらしい。
しかも銃に関する知識がないので、ハンマーを起こしていないし薬室にも弾丸を送り込んでいない状態で、今この銃が発射出来ない状態にあるのもよく理解できていないようだ。
「今度、俺の彼女を侮辱したら絶対にぶち殺してやる、いいな」
そいつが涙目でガクガク頷くのを見て、俺は銃を放したが残りの三人が喚いた。
「くそ、覚えてやがれ」
「ちくしょう、銃さえ持ってなかったら、あんな奴」
このスキルに物を言わせるような世界でも、知識として染みついた銃への恐れは消えないものらしい。
だが終始無言だったもう一人は、立ち去ろうとした俺達に向かって背後からこう言ったのだ。
「スキル『魔弾の嵐』 くたばりやがれ、はずれ野郎」
やれやれ、街中でスキルなんか使うんじゃねえよ。
これは御仕置コースだな。
そして、そいつの放った魔弾はどこにも着弾する事無く、虚空に掻き消えた。
それらは行使された風魔法のスキルで、ことごとく刻まれたのだ。
奴らの目の前で。
「あ、あ、あ、あー」
「ザ、ザムザ!?」
「ひいいー、魔人だあ」
だが、次の瞬間にザムザ1は光の軌跡を描いて俺の手の中へと戻ってきた。
街行く他の人達は誰も、この瞬間に起きた刹那の騒動に気付かなかったようだ。
後には呆然とした連中だけが取り残された。
「何だったんだ、今のは」
「もしかして、あいつのスキル?」
「幻だったのか?
でも確かに俺の魔弾は」
奴らの気の抜けたような会話が微かに風に乗り、呆れたような具合で泉が俺と腕を組んだ。
「もう、あんな連中相手に街中でザムザを出すなんて。
大騒ぎになるとマズイじゃないの」
「だって、あいつら泉にさ」
「わかっているわよ、ありがとう」
その次に泉が連れていってくれたのは、なんと『女子会』の会場だった。
俺は部屋を借りた後でそこに待たされて、泉が女の子達を連れてやってきたのだ。
宿屋の広い部屋を借りてのおやつ会を兼ねるらしい。
可愛い子が総勢十二人もいるから、なかなか壮観だった。
殆どの子は可愛いのだが、約一名頭から覆面とやらを被っている方がいた。
泉が言っていた例の人だな。
だが、それは覆面というよりも手提げ袋のような物を被っている感じで、見る人をギョっとさせる破壊力を持っていた。
俺も事前の知識がなければ、思わず後ずさったかもしれない。
「何故、女子会なの⁉」
「化粧品」
「あ、ああ。
その話はあったね」
それで釣って、いっぱい集めてきてくれたのね。
「あと、例のバッテリーは持っている子がいるかもしれないし、持っている人を知っている子がいるかもしれないので」
「なるほど、それは全部君にお任せだ」
このような部屋を用意してくれたのは、俺のスキルを見せる事も前提なのだろう。
「こんにちはー。
法衣魔夜です」
この人は魔法使いだったな。
確かSSランクの強力な攻撃魔法の持ち主だ。
勇者に近づく者を粉砕する、勇者砦に備えられた砲台だ。
勇者という王を取られたら全軍が一瞬にして詰むからな。
本来なら攻撃に回したいはずの強力な駒を用いて、王様ではなく勇者という名の王玉を守っているのだ。
こういうやり方って、将棋では穴熊って言うんだっけ。
俺は将棋にはあまり詳しくない。
「おお、ハズレ君だ、おっす。
あたし、楯山姶良」
うわ、それが女の子達の間で通じる俺の仇名なのー、ショック。
顔は凄く可愛い女子高生なのに、そのような事を言われて俺は大ショックなのだが、泉はクスクスと笑っているだけだ。
今日は可愛いセーラー服を着ているその子は、どうやら制服が一張羅らしい。
あるいは、この異世界でも律儀に校則を守っているものか。
俺がやっていた書類仕事のように、元の世界を引きずっているのかもしれないが、「制服の方が可愛いから」というアレな理由である可能性も考えられる。
特にこの子の場合は性格的に、そういうタイプだ。
同じく女子高生らしい、もう一人の子は少し変わった制服だった。
「こんにちは、えーとお名前はなんでしたっけ」
「あー、麦野一穂です」
「あたしは看護師見習いで、薬師丸聖名です」
この子はたしか、勇者の回復係をやっている子か。
名前からしてよく効きそうだな。
さっきの遠慮のない子の方は、勇者パーティの防御係の子だったか。
そうか、変わった制服だなと思ったら看護師学校の制服なんだな。
なんか、ブレザーみたいな物じゃあなくてスーツみたいな大人っぽい感じなんだが。
「あー、この制服は女子高生らしくないですよねー。
看護師学校でも、可愛い普通の制服のところもあるんですよ。
結構女の子は制服で学校選んだりしますからね。
でも専門技能の学校ですから、そればっかりで選べないものですから」
俺は気になった事があったので、ちょっと彼女に訊いてみた。
「ねえ、凄い回復魔法を使うって何かコツあるの?
俺も少し回復魔法を覚えたんだけど、ちょっと専門家に訊いてみたいなと」
「あー、なんというか私はその、プロの看護師になろうとしていた人間なので、そのあたりが影響しているんだと。
すいません、それくらいしか違いがわからなくて。
こんな世界へやってきてしまって叶わなかった看護師になる夢、その代わりに勇者パーティの回復役として頑張っていこうと思って」
「なるほど、それは俺には無理だなあ。
まあなんていうの、俺はほらゲーム的な感覚でさ」
「ああ、そういうのもいいかもしれないですね。
アレは使いやすいですよね」
だが、俺の背後をピタっと追尾している奴がいる。
気配を感じて振り向いたらギョっとした。
例の『袋ちゃん』が俺をマークしていたのだ。
視線のいじましさが何とも言えないような空気を醸し出していて、彼女はポツリと言った。
「化粧品」
何かこう呪われそうな声を出していたので、俺は慌てて泉に話を振った。
「さ、さあ会合を始めようか。
さ、おやつおやつ」
俺が広げたチョコにキャラメルなんかに歓声が上がった。
「うおー、久しぶりの日本のお菓子だあ。
いやハズレ君、君を見直したよ!」
「もう姶良ちゃんったら、その呼び方やめなよ。
本人を前にして失礼だよお」
「何を言ってるの。
瀬名だってその話題になると、いつもそう呼んでるじゃん」
「あうう」
やれやれ、まあ女子高生なんてこんなもんだよな。
文句を言ったって始まらない。
それに話を早く進めないと、そこで袋を被って、猛烈で真っ黒な、視覚にさえ捉える事が可能なのではないかというレベルの瘴気を放っているお方が約一名いるしな。