2-43 交渉成立
俺は黙って、ある物をテーブルに並べていった。
それは今まで戦って手に入れた幾多の魔核だった。
熊、魔物穴で発掘した多数の魔核、カラス蜂の魔核などエトセトラエトセトラ。
「そ、それは」
「何かね、これは」
二人はすぐに王様のところから離脱してしまったため、この手の物は見る機会がなかっただろうな。
「これが強力な魔物と戦った時に得られる魔核というものです。
これらの魔核一つ一つが俺の撃墜マークとなります。
机の上に置ききれないから、これで全部じゃないですけど」
二人は息を飲んだ。
魔物と戦ってこれを得るための修羅場が、彼らにはよくわかっていないはずだ。
自分がやらかす大爆発から逃れるために命からがら走っているような、あの爆裂な戦闘を。
「皮肉な事に、辺境に置き去りにされたハズレ勇者の私が一番多く魔物を倒しているんじゃないですか。
そして、これを」
そう言って二人に見せたのは、ザムザ1とゲンダス1の魔核だ。
その血赤と水色の禍々しいコントラストが、この平和な街中では異様に映る。
それを見ていた二人の顔に汗が一筋滲み、やがて机の上に垂れた。
「いや、そいつは本当にとんでもない物なのだろうね」
「見ただけで恐怖に体が硬直しそうだ」
確かにこれはそのような物なのだ。
この魔核からさえあの魔人達は、あるいは強力で凶悪な魔物は再生する事もあるのだから、そこに込められた邪なる意思は見る物を畏怖させるだろう。
これでもあの二体が俺の眷属となったので、本来の邪悪さは相当薄まったはずなのだが。
「これは魔王軍の大幹部の魔核です。
とんでもない奴らですよ。
たった一人で王国軍を蹴散らす事さえできる、魔人と呼ばれる者達です。
魔王の部下にこいつらがいるからこそ、俺達が勇者召喚で呼ばれたんですから。
ちなみに魔王は、こいつらよりさえ強いそうです」
「し、しかし、こんなチャチな拳銃がそのような相手に通用するとは思わないのだが」
「いえ、その威力をブーストする方法がありますし、近距離での戦闘で有用な場合があります。
剣や槍には習熟していない現代人の俺が身を守るのに必要だったので、ずっと銃が欲しかったんですよ。
皮肉な事に王から武器も装備も何一つ与えられないこの俺が、一番魔物や魔人と戦ってきたのですから」
そう、俺には自分のスキル以外に、この拳銃の威力をブーストできる当てがあるのだ。
俺は言い終えると、静かに彼らを見つめて回答を待った。
彼らはしばらく、いやかなりの間沈黙していたが、やがて口を開いた。
「わかった、これは君に渡そう。
数えきれないほどの魔物や魔人と戦ってきた君には、確かにこれが必要なようだ。
そして、もう二度と返さなくていい。
私達はそれを使っていないのだし」
「え、でも」
「いいんだ。
魔物と戦う事も多い君にはそれが必要なのだろう。
だが我々は、もうこの世界でそれは使うまいと固く心に決めているのだ。
私達は市中の警備しかしておらず、君はそのような大変な相手と戦っているのだから。
できれば、君がこの世界でそれをばら撒くなどという暴挙には出ない事を祈っているよ」
俺は頷いて、差し出された二人のベルトごと渡された拳銃を恭しく受け取った。
「使い方はわかるのかね。
銃は暴発が一番恐ろしいぞ」
「はい、観光で行ったアメリカの射撃場で何度か使った事がありますし、モデルガンではよく遊びました。
このメジャーな銃種は実射を経験した事があります。
安全装置はしっかりしていますよね。
整備も収納をうまく使えばやれますし、私の場合はやろうと思えば使い捨てにさえできますので」
「そうか。
ではくれぐれも気を付けて使ってくれたまえ。
君の大切な人を傷つけて後悔したりしないようにな。
我々警官も本当に気を付けのだが、ともすれば新聞に載ってしまうような暴発事故は起きてしまうものなのだ。
車の運転と同じようなものだよ。
車と違うのは、それが最初から人を傷つけるために作られた、更に危険な道具だという事だ。
本来であれば、この世界には無い方がよいものなのだからな」
「できれば、向こうの世界にもなあ」
「そうですね、私もそれには同感です。
だから黒色火薬も自分だけで使っています。
でもそれは、ここで我々が言っていても仕方がない事ですから」
「まったくだ」
「そうだねえ」
治安を預かる仕事をしている彼らにしてみれば、まさしく率直な感想なのだが、ここ異世界で何か議論したところで、地球の銃の丁数やそれによる死者の数が減るなんて事がある訳はないので。
俺はまた魔物だのなんだのに出会うのだろうし、地球では今日も多くの銃が鉛弾と紫煙を吐き出し、多かれ少なかれ死をばら撒いているのだ。
「本日は私の無理難題を聞いていただき、本当にありがとうございました」
「ああ、気をつけたまえ」
「それではなあ、辺境の勇者君」
そして彼らは、彼らの信じる正義に従い、市中の見回りに戻っていった。
ここは奢ろうと思っていたのだが、二人は律儀に自分の料金を置いていった。
ペットボトルのお茶も持っていかなかったし、その他の物も渡せなかった。
危険な仕事をしているので、ポーションとかを分けようと思っていたのだが渡せなかった。
それに、もしも無理に渡そうとしたら、彼らの誇りと矜持を傷つけてしまうだろう。
俺は黙って深々と頭を下げ、彼らを見送った。
地球でも似たようなシチュエーションで度々やっていたシーンだ。
俺の傍らで、泉も一緒になって頭を下げてくれていた。