2-40 伝説の魔道具
さっそく回復魔法を習得した泉は、大はしゃぎでハリーにかけまくって練習していた。
あの人の場合、回復しても呼ばれるとお酒を飲んでしまい、ほぼ永久機関だから練習相手には最適だな。
いるんだよなあ、下戸のくせにお酒が好きな人。
営業の頃も、お取引先の相手の方がそういう体質や性格だと仕事が楽でしょうがない。
それからも泉は厨房に戻って日本の料理なんかを作ってくれたり、宴会に戻って盛り上げてくれたりしたので、美人で気さくな性格なのも相まって、すぐに彼らの人気者になった。
「姐さん、一杯どうぞ」
「いや、この姐さんが作った異世界の料理は美味いっすねえ」
「姐さん」
「泉の姐御」
もはや魔人と戦って勝ち、同じ冒険者の仲間にもなった俺の名を呼ぶ奴など、どこにもいない有様だった。
「はっはっは、君の彼女は大人気じゃないか」
「ああ、ギルマス。
彼女、なかなかいいだろ」
「ところで、仕事の時に君を呼び出す方法なのだが」
そう言って、ギルマスは木製の上等そうな外装を施された箱に入っている魔道具を持ち出してきた。
「なんだい、これは」
すると彼は楽しそうな顔で、そいつの留め金を外して蓋を開けてくれた。
「おおーっ」
「これはまさか伝説の」
「うむ、まさしく伝魔の宝珠だ。
こいつは羨ましいな」
なんだあ、冒険者達が集まってきて興奮気味で話し始めた。
「これは何か凄い魔導具なのか?」
「何を言っているんだ。
これは通信の魔道具で、昔の勇者が作ったものだ。
王家では同じ物を使っているが、数が少ないので大都市間でしか使っていない。
この街の領主館にもあるが、それは子機で王都の親機から各都市にある子機と連絡が取れるというものなのだぞ。
貴族で持っているものもいるが、そういう物は勇者と縁があった先祖伝来の家宝のような物だろう。
まあ伝説のアイテムだな。
まさかここのギルドにもあったとは」
冒険者といえども滅多に見られないような貴重なブツを拝めたので、興奮気味に説明してくれるパウル。
「へえ、俺も自分の世界で使っていた、そういう道具は持っているがここでは使えないな」
そう言ってスマホを取り出して見せてやった。
「ほお、これはまた変な形をしているな」
「ああ、なんていうかな、こうやって持つのさ。
こう見えても、なかなか使い勝手はいいんだぜ。
昔はもっとでかかったし、その前は線で繋がっていて動かせなかった。
更にその前は会話すらできなくて、指で叩いて信号として送っていたな」
すると泉が自分のスマホとタブレットを取り出した。
「じゃあん。
あたしのもここでは使えないけど、まだバッテリーは満タンなのよー」
「うわ、泉。
それ後で貸してくれー」
「あ、そうか。
でもスマホは個人情報あるから駄目よー。
タブレットはいいわ」
「あ、大丈夫。
それはメジャーな機種なんで俺のスマホと同じ物だから、バッテリーだけ貸してくれれば」
「なるほど。
それなら、あたしも助かるな~」
「おう。本体も写真や動画の保存用に使えるぜ」
俺の個人用の物には、大容量のメモリーカードを奢ってある。
問題はバッテリーなのだから。
バッテリーのみ収容してまた戻すという器用な芸当が出来るのだ。
そしてギルマスは『子機』の方を一つ自分で取って、残りを箱ごと俺に差し出した。
「え、いいのかい」
「うちでは元々使っていなかった代物だから、こいつはお前が使え。
それを作った冒険者でもあった勇者からギルドが譲り受けた時に条件があってな。
『再び魔王との戦いが起こったのなら、なるべく有用そうな勇者にそれを使わせるが良い』とね。
これは魔人討伐に実績があって、うちの冒険者にもなってくれた君に託すとしよう。
自由に使ってくれ。
君はあの飛行魔人ザムザを従者にしたのだから、一人でならすぐにやって来られるのだろう?」
「うわ、いいのかよ。
助かるぜ、こういう離れている場合に通信が一番不自由していてなあ。
ありがたく頂戴しておく」
そして俺はその場で残り九個あった子機の一つを泉に渡した。
これで残りは八個で、宿に帰ったらショウとフォミオにも渡しておこう。
残りのうち一つはカイザで、もう一つはマーリン師にやっておくと、いい物があった時なんかに俺に回ってくるかもしれない。
ああ、あのゴヨータシ商会のサーイコ・ゴヨータシさんにも持たせておくと、こちらもまた何か便宜を図ってもらえるかもしれない。
後の三個は王都で伝手ができたらそこへ渡すという事で残しておくとするか。
そこで、ふと時計を見て驚いた。
「うお、宴会を始めてからもう五時間以上も経っているのかあ。
時が経つのは早いなあ」
「じゃ、まだ買いたい物があるなら、そろそろ行く?
通信の魔道具を貰ったから、いつでも連絡がつくんだしさ」
「そうだな。
じゃあギルマス、俺達はこれで」
「そうか、ではこのギルドカードを渡しておこう。
お前には特別にSSSランクをくれてやろう。
これは特別な階級で、魔王の軍勢と戦う召喚勇者、その中でも実績のある者にしか与えられん。
お前さんは複数の魔人討伐実績があるからそいつに相当する。
並みの召喚勇者ならやってもSまでだな。
それでは次はまた仕事の時に会おう。
他に何かあったら君を呼ぶとしよう」
「あ、ギルマス。
もし脱走した勇者の宗篤姉妹についての情報が何か入ったら教えてくれ」
「わかった、それも気に留めておこう」
だが冒険者どもが、泉を取り囲んでまだ騒いでいる。
「姐さん、もう行っちまうんで?」
「名残惜しいっすねえ」
「いや、また遊びに来てくださいよ」
「「「勇者イズミ・アオヤマばんざーい」」」
えーと、俺はあ?
なんと、ここでもハズレ勇者扱いなのか?
そんな俺の背中を遠慮なく力いっぱいどつく奴がいた。
俺は咳込みながら、その超筋肉野郎の事を睨みつけた。
「はっはっは、お前の彼女は大人気だな。
お前も頑張れよ」
「うっせえ、この筋肉馬鹿ども。
じゃ、次はまた仕事の時に会おうな」
俺達はむさくるしい野郎どもに建物の外までも見送られて、商店街へ向かった。
こうして俺は『無職の勇者』から脱却し、見事に冒険者というジョブを手に入れた。
「あー、やっぱり職業を持っていないと落ち着かないぜ」
「あっはっは、確かにね。
あたしなんか民間企業の受付嬢から国家公務員へ転職よ」
「ぶふっ、そういや勇者って王様や王国に雇われて金を貰っているんだから、国家公務員なんだ。
俺だけ民間企業に雇用だわ。
しかもPMCみたいなもんなんだからなあ」
「よっ、傭兵冒険者」
「ようし、今日から俺も外人部隊のメンバーだぜー」