2-33 意気や良し
その質実剛健な中にも豪奢と言えなくもない、品が良いというか質の良い選択肢の塊のような、若干横に広めのロビーが広がっていた。
一般的な冒険者ギルドのイメージとは異なって、ビルっぽいタイプの建物の中なので、さほど広くはない。
対面式の、まるで銀行のカウンターのような席に何人かの女性が座っており、下を向いて書類仕事をしていた。
そのせいで彼女達は異形の訪問者に気がつかなかったようであった。
うちの眷属共は、その異様を受け止める周囲の大気さえも、微風のように受け流すかのように自然体で佇んでおり、妙な殺気なんか放っていないからなあ。
まるで日本の銀行のような風景だが、これが冒険者ギルドという奴なのか。
服装も心なしか銀行の受付っぽい雰囲気があり、世界が変われども職種が似ていれば同じような雰囲気になるものかと妙な感心をしていた。
ここが冒険者ギルドだと聞いていなければ、そうである事にすら気が付かなかったかもしれない。
そして奥の机から顔を上げて、自分の上司の顔を見咎めて立ち上がりやってきた女性と、ロビーで接客係をしていたものであったのか、そこに立っていたこれまた事務職っぽい感じの、ギルマスと同じようなスタイルをした少し歳のいった感じの男性がこちらへ視線を向けた。
「あれ、ギルマス。
どこにいってらっしゃったんですか、先程からずっとお客様がお待ちですよ。
もうさっきから秘書のラミアがカンカンになっていますから。
またどこかでサボってらっしゃ……は?
蟷螂頭⁇
え、あわわわわ、まさか魔将軍ザムザアー⁉」
そしてラミアと呼ばれた女性が叫んだ。
「ぐはあ、そっちの蜥蜴っぽいでかい奴は、もしや水龍のゲンダス!
ギルマス、危ない!
早くそいつらから離れて」
どうやらギルマスの秘書嬢であるらしい女性と、職員なのか眼鏡のおじさんは、それぞれ小さなマジックステッキとミスリルらしき小剣を持ち出した。
最強の魔人を前にして、絶望を顔にトッピングして、それでもなお戦おうとする心意気やよし。
他の受付嬢達も皆、机の下から武器を取り出して飛び出してきて、女性達の救援の叫び声を聞いたものか奥から戦闘装備をした男達が、でかい剣や槍などを持ち出してきた。
これが地球の銀行ならば、銀行強盗などは警察がやってくる前に片付けてしまっていただろう。
そもそも銀行強盗は、外人部隊の入隊オフィスに殴り込みには来ないだろうな。
特に金も置いていないような場所だし。
それほど広くはない受付ロビーは、一瞬にして武装冒険者で埋め尽くされ、戦場としての化粧と殺伐とした空気を纏った。
「いやー気に入ったね、その根性。
さすがは冒険者ギルドだ」
俺は惜しみない拍手で彼らを称えた。
ついでに付き合って仕方なく一緒に拍手してくれる、隣に立つ俺の彼女。
まあいい見ものではあったし。
そして我が眷属達もそれに倣って、やや人のそれとは異なる音色も混ぜ込みつつ、惜しみない拍手を送ってくれた。
「あなた、誰!?」
「あの、ギルマス?
その方々は一体」
彼らも先ほどから魔人の前にいた自分達の上司が、笑顔を浮かべたまま一緒に拍手をしていて、何一つ慌てていない事にようやく気がついた。
「ああ、彼は勇者カズホ。
今度うちの冒険者ギルドに、ギルマス推薦枠で入会させる事になったので、みんなよろしくな」
俺はデート用に買ったばかりのお洒落な帽子を脱いで、ウインクしておいた。
「うお、よく見たらその方は黒髪黒目だった。
しかし、勇者様はいいとして。
ギルマス、あんたという人は!」
「そうよー、その後ろにいる奴らは一体何ですかっ!
またそういう悪ふざけをしてー」
「見てわからんか?
魔王軍の大幹部どもだ。
ああ、細かい事情はよくわからんのだが、そいつらは戦って敗れたので勇者カズホの眷属となったそうだ」
「へ?」
「はあ?」
あれ、こういうのって珍しいの?
だって戦って倒した魔物に名前を付けたら、仲間になってくれるんじゃあないのかい。
「なあ泉」
「なあに?」
「もしかしたら、こんな風に魔人を使役するのって、結構珍しい能力かなんかだったりするのかな」
「あー、たぶん。
でもゴメン、よくわからないや。
多分、うちの連中でそんな事をやっている人はいないっていうかさ、魔人を倒したのって、あんたとあの姉妹だけだから」
「え、魔王軍と王国軍は戦ったんじゃないの」
「向こうは魔人抜きで」
「勝った?」
「うーん、互角くらいかなあ。
概ね戦っていたのは勇者の力を受けた王国の兵士達だし。
魔人がいなかったら、あの人達でもいけるんじゃないのかしら」
「それヤバくないか?
王都の勇者どもも、早めに魔人と戦っておいた方がいいぞ。
あいつら、半端ない強さなんだぜー。
後で対魔王戦の時に経験不足が思いっきり祟るかも。
気を付けないと、全員死ぬな」
「いやいやいや、そう気楽に言わないように。
座学では一通り聞いているんだけどさ。
とんでもない怪物ばっかりで、もうみんな話だけでうんざりしているわよ」
「あれ?
もしかして、この俺が魔王軍の幹部クラス相手に一番戦闘経験豊富なの⁉」
「まさしくその通りよ。
空からの偵察任務がメインのあたしだって幹部はまだ座学の資料でしか見た事がなかったというのに。
まあ眷属化した奴とはいえ、そこに二体もいたりするのですが」
「もしかして、まさか、みんな戦闘経験自体があんまりないとか」
「イエース」
傍で会話を聞いていた、さっきの秘書さんらしき女性と眼鏡をした職員のおじさんが、召喚された勇者の実態を耳にして頭を抱えている。
「だってさー、みんな普通に日本で平和に暮らしていた人達ばっかりなんだよ。
そうそう自分から怪物相手に戦いたい人がいるわけがないじゃないの。
しかも肝心な勇者の子が一番へたれなんだもの」
「うわあ、皮肉だなー。
俺や宗篤姉妹みたいに、はぐれた奴の方が却って対魔王軍幹部の最前線にいるだなんて」
だが泉は、にこにこしながらこんな事を言い出した。
「群れから離れたシマウマの子供は……」
「あのなー、そういう言い方はよせって」
でも俺、こいつのこういう性格がマジで好きなんだよな。