吸い込まれた先は
顔面から床にダイブした。
はっ
なかなかのトラウマになりそうな出来事だったな。
まさかトイレに食われるとは。
人生なにがあるかわからんな。
とりあえず唇を右袖で拭う。ごっしごっし拭う。
少々袖が汚れようが構うものか!
「お客様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです」
頭の上から声をかけられたのでとっさにそう返した。
ん、さっきまで格闘していたトイレがない。
しかも顔面ダイブできるだけの広い空間になっている。
個室じゃない。
うわーお。何処じゃね、ここ。
「お客様、立てますか?」
「あ、大丈夫です。立ちます」
聞き覚えが無いようである感じの声。すごーく嫌な予感。今まで生きてきた中で勘とか当たった事ない俺だけど、声の主見ると色々終わる予感がする。
でも立ち上がったら、声の感じ的に正面あたりにいる。
ゆーっくりと床を見ながら立ち上がる。
まず見えたのは、ヒールの低い靴。
次いで肌色のストッキング。足の感じからして女性。足細いな。
膝辺りから紺のスカートが始まり、茶色の細いベルト。
航空会社の制服っぽいベストでウエストとかはわからないけど細そう。
次いで胸元。臙脂色のネクタイが胸の上に乗ってる。
胸を強調するように両手を組んでいる。おかげで胸が大きくみえる。
「意識ははっきりされていますか?私の顔は見えますか?」
「・・・・・・トイレっすね」
うん。
顔がね。
洋式トイレ便座なんだ。
さっきまで戦ってた相手。
「はっきりされているようで安心いたしました」
うん。
俺の目がおかしい訳じゃないっぽいな。
「なぜトイレがしゃべってる・・・・・・」
便座カバーがカパカパ開くと吸い込み音が声に聞こえる不思議体験。
「あ、申し遅れました。私、DWTLのBAでエコノミーエリアを担当しております、トイレ妖精ティレットと申します」
トイレなのに丁寧にしゃべる。これがギャップか。いや、それよりもだ。
トイレ妖精ってなに?
自己紹介されてもそこが一番の疑問になるんだが。
「私、当エリアの担当としまして、案内役を仰せつかっております。分かる範囲でご案内させていただきます」
「はぁ。それではえーと・・・・・・、トイレ妖精ってなに?」
「トイレの妖精でごさいます」
「はぁ。トイレの」
「妖精です」
答えになってるのか?
俺の理解力がないことが原因か?
まぁ、うん。トイレの妖精ね。理解は出来んが、そういう存在なんだろう。
次の質問だ。
「さっきトイレに吸い込まれたのは何故?」
「お客様があまりにも大きいものを口に入れてしまったので、飲み込めず力を入れすぎました」
「・・・・・・ごめんなさい」
俺の自業自得か!
いや、待て。
飲み込めず力を入れすぎた。だと?
一番気になったのはそれだ。
「もしかして、ですが、先ほどの便器は、あなただったので?」
「ファーストキスでございます」
思わず両足から力が抜けた。膝から落ちた。
まさかトイレのファーストキスをとか、衛生大丈夫かとか、ここ何処よとか、妖精ってなにさとか、脳内暴走。
まずい。叫びたい。何をって何を言いたいのかわからんけど。
落ち着け。パニックの時こそ落ち着け。
俺流仕事中の心の落ち着け方。目をつむって3数える。少しだけ冷静になる。
なるわけねぇよ!
「なぜなにどうしてどうやってここはだれで俺はくるってるのッ!?うーーーーーにゃーーーーーーッ」
「一遍に質問されても困ります。お客様」
「うぅぅぅだゃゃゃぁぁぁっぁぁぁぁ!!」
はぁはぁはぁ
少し落ち着いてきたか。
落ち着いてないけど。
落ち着いた。オチ着いた。
多分な。
こんな時どうすれば良かったっけ?ウチの営業の水瀬が理不尽クレーマーユーザーになんて対応してた?
そうだ。アレだ。5W1Hだ。
「え、えーと、妖精さん?わからんというか脳が理解を拒むんだが。とりあえずだ。客観的に5W1Hで俺の今の状況を説明して欲しいんだが?」
「お客様は30分ほど前、お手洗いにてトイレにキスをされました。驚いた私は、お客様の魂を複写して吸い込んでしまい、慌てた私はとっさにこちらの担当エリアにて介抱させていただきました」
5W1Hでも意味わからん。
「つまり、どういうこと?」
「つまりお客様の意識はあちらとこちらに分かれてしまったということです」
・・・・・・。
全然わからん。
・・・・・・・・・・・・。
困った。日本語なのに理解不能だ。学力不足がここで問題になるとは。
とりあえずはだ。
「えっと、だ。あんまり理解できないんだが、俺が二人になった?」
「厳密に言えば違いますが、それに近い存在ですね」
「それでここはトイレの中?」
「それも厳密にいえば違いますが、その認識でも良いです」
うん。
わけわからん。
「えーっと、俺って飛行機に帰れるの?」
「帰れません」
oh jesus